13 『ヒロイン』と名乗るには、私の商標登録が必要です(2)
エミリエンヌが、ゾエ嬢の教科書を盗ったと言うからには、証拠はあったのかと、レベッカが教室を見渡した。
ブリザード級の冷たい瞳と目が合わないように、クラスメート達はひたすら顔を逸らす。
ここで、レベッカの冷圧に負けないゾエ様の取り巻きCが、ズイッと前に出た。
「バルケネンテ公爵令嬢は、欠席をなされていたから、その時の様子を知らず分からないと思いますが、そのエミリエンヌはゾエ様の教科書を自分の机に隠し持っていたのですわ!!」
取り巻きC嬢は、『どうだ!これが証拠だ』と言わんばかりに腰に手をやり、ふんぞり返る。
「エミリエンヌさん、この件で申し開きたいことはありますか?」
レベッカに話をふられたエミリエンヌは、思い出したくないのか、顔を顰める。
しかし、レベッカという世話好きな優しい友を失望させたくなかった。
噛み締めていた唇を開き、はっきり否定した。
「教科書は確かに、私の机の中に入っていましたが、でも!! 私は盗っていません」
「おーほほほ、よくシラを切ること・・・」
エミリエンヌの言葉に被せて、ゾエ嬢の笑い声が響く。
そのゾエ嬢の笑い声を真似するように、レベッカが笑う。
「おーっほっほほほ。ではこのクラスの皆さんも盗人よ。だって私の教科書やノートは皆さんの机に入っているもの」
一人の生徒が急ぎ、自分の机を確認して、自身のものではない教科書が入っている事に気が付いた。
「あら、アーベ・クライフ子爵令息ともあろう方の机に、何故私の教科書が?」
言われたアーベ・クライフは公爵令嬢の教科書を持ち、何も言えない。
「エルマ・キッケルト伯爵令嬢も、入っているけれどどういうこと?」
呼ばれたエルマ嬢は首を横に振るので精一杯だ。
「ふふ、さっき机の中に入っていたのが証拠だと仰っていたペトラ・レールス子爵令嬢も私の教科書があなたの机に入っているのね?私、教科書がなくて困っていたの・・・どういうこと?」
取り巻き令嬢Cは、さっきの言葉をそのまま言われ、返事すら思い付かない。
「ゾエ嬢の机はどうかしら?」
勿論、ゾエ・テーニセン侯爵令嬢の机には筆箱が入っていた。
「それは貴女の筆箱かしら?」
分かりきっているが、レベッカは無垢で善良そうな顔で質問をする。
ゾエ嬢は怒りの顔で、レベッカを非難し始めた。
「貴女が自分で皆の机に入れたのでしょう? 私はこんなの盗ったりしませんわ!!」
「私はたった今、この教室に入って来たばかりで、どうやって皆様の机に、私の私物を入れることが出来ましょうか?」
ゾエ嬢が言葉を詰まらせる。
「でも、私は貴女の物を盗ったりしていませんわ!!」
ゾエ嬢よりも高い爵位のレベッカの、筆箱が自分の机に入っていたとなれば、大事になってしまう。
ゾエの焦りを見透かしたレベッカは、優しく微笑む。
「つまり、悪意のある者によって、誰にでも犯人に仕立て上げられてしまう可能性があるのよ」
『そうでしょう?』と、ここで、ピンク頭のジュリア・ボスマン男爵令嬢を振り返って、意味ありげに視線を送る。
「このクラスは、これから二度と、何の根拠もなく、無実の人を犯人に貶める事のないようにしてね? 許すのは今回だけよ」
トドメを刺すように、低く冷たい声を響かせた。
言い終わると、面倒くさそうにクラスの自分の席に着いた。
「あ、忘れていたわ。各自、私の荷物をここに持ってきて頂戴」
クラス一人一人が列をなして、レベッカの荷物を返却していく。
その中に偽ヒロイン、ジュリアもいた。
ジュリアがレベッカのノートを机に置こうと手を伸ばした瞬間、レベッカがその手首を握る。
レベッカはふんぞり返っていた体を起こし、ジュリアの手を引き囁いた。
「許すのは今回だけよ」
ジュリアは息が止まり、暫くレベッカを凝視するが、ノートを机に置くとあたふたと去っていった。
その後ろ姿を見て思う。
「許すわけないじゃない。ヒロインに、あのような顔をさせた貴女の罪は、重いわよ~」
最後に、先程教室に入る前、廊下で色々と教えてくれた男子生徒が、本の栞を返しにやってきた。
「あんた、俺の話を聞いてこの仕掛けを考えたんだろう? 一瞬にして全員の机に自分の物を入れるって、どんな魔法を使ったんだ?」
「あなたは、確か・・・ベンヤミン・ブローツ伯爵令息ね。どうやったかなんて、手品師は種明かしはしないものよ」
レベッカは、彼の指からお気に入りの栞を抜き取る。
「でも、見直したぜ。公爵家のご令嬢が、男爵の娘を助けるために動くなんて・・・俺ちょっと感動したよ」
レベッカは鬱陶しいものを見る目付きで適当にあしらう。
「このクラスが、簡単に真犯人に操られるお馬鹿さんばかりで、腹が立っただけよ。意味はないわ」
「だけど・・・」
ベンヤミンがさらに何かを言いたげだったが、丁度先生が入室し、その話は終わった。
レベッカは本当に怒っていた。
この日せっかく登校したのには、訳がある。
それは大切なイベントがあるからだ。
なのに、学校に来てみれば、エミリエンヌはキラキラ笑顔が全く消え失せ、光のない瞳はレベッカを見ようともしない。
こんな状況で、イベントに参加させられないじゃない!!と大急ぎでエミリエンヌを取り巻く状況の改善を図ったのだ。
間に合ったわ。
このイベントはルーカスが病み上がりのこの状況でしか、発動しないのよ。
ギリギリセーフね。
胸を撫で下ろすレベッカ。
このイベントはまたも
ハンカチが重要アイテムだ・・。
「しまったわ!!」
シーンとしている授業中に、レベッカの声が響いた。
「レベッカ嬢、何か問題ですか?」
歴史演習の先生が、女性らしいふくよかな腰つきでこちらにやってくる。
年は30歳と聞いたが、それよりも、若く見える。
「先生、何もありません。授業を中断させてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
授業を止めたにも拘わらず、レベッカの丁寧で美しいお辞儀で、先生の機嫌が悪くなることはなかった。
寧ろ、公爵令嬢が頭を深く下げたことで、評価が上がったようだ。
座り直したレベッカは、偽ヒロインのジュリアが授業そっちのけで、何かを探している姿を見て、そっとほくそ笑む。
偽ヒロインが必死で探しているのは、今から始まるイベントに必要不可欠な風邪薬だ。
「偽者は偽者らしくしておいて頂戴。私の邪魔はさせなくてよ」
偽ヒロインが持っていた風邪の薬をそっと鞄に入れた。
偽ヒロインの薬がレベッカの鞄から見つかっても、今のこのクラスの雰囲気では『レベッカが盗った』とはならないだろう。
それに、偽者が自分の持ち物がなくなっているとは、とても言い出せない状況だ。
「うふふ、偽物が勝手に作った風邪薬を、ルーカスに使う事は許可できないのよ。ルーカスに近付けるのは本物のヒロインのエミリエンヌちゃんだけよ」
レベッカが、ジュリアからエミリエンヌに視線を移すと、彼女もレベッカを見ていた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
形の良い唇が弧を描き、細い首を僅かに傾ける。
ヒロインの可愛さマックスで、神々しさまで備えている。
「くっっ!! 眼福を得たり・・・。同じクラスにしといて良かったわ・・」
授業の半分も聞いちゃいなかったが、レベッカの態度だけは優等生そのものだった。
授業の終わりに、先生からお褒めの言葉をもらう程だった。
さあ、今日のメインイベントだ。
この十分の休憩時間に、しなければならないことがレベッカにはある。
エミリエンヌのところに素早く移動したレベッカは、彼女に自分が作った風邪薬を渡す。
「ごめんなさい、エミリエンヌさん。貴女にお願いがあるのだけれど、聞いてくださるかしら?」
「ええ、私に出来ることなら何なりと仰って」
今朝、レベッカが自分のために、あのようなことをしてくれたと分かってる。エミリエンヌは自分に出来ることなら、どんなことでもしたいと思っていた。
「えーと・・病み上がりのルーカスお兄様にお薬を渡すのを忘れていて。でも、私は今から先生に呼ばれたので持っていけないの・・・だから、お願いしてもいいかしら?」
「ええ、私がしっかりと渡して見せます」
「本当? 助かるわ」
レベッカがポケットから、アオミドロ色の怪しげな薬をエミリエンヌに渡す。
「今、お兄様は化学実験室にいらっしゃるはず。それから必ずちゃんと飲むか確かめてね」
「分かりました」とエミリエンヌがすぐに向かおうとするのをレベッカは止めた。
「あ、その前にエミリエンヌさんはハンカチを持っているかしら?」
「え? はい、持っています。このハンカチですが」
エミリエンヌはスカートのポケットから、小さな青い小花が刺繍されたハンカチを取り出した。
「うん、流石。完璧だわ」
イベントには持っていくハンカチで、好感度の上がり具合に差がでるのだ。
エミリエンヌの持っていたハンカチは、一番選ぶべき柄のハンカチだった。
遠くに座っている、偽ヒロインのジュリアが持っていたハンカチも、やはり青い小花の刺繍が入っている。
「残念だけど、そのハンカチはルーカスの肌に触れさせないわ」
ここはジュリアの邪魔が入らないうちに、エミリエンヌをルーカスの、元に送り込まないと・・・。
エミリエンヌが、ルーカスのいる化学実験室に行くのを見届け、レベッカも大急ぎで移動する。
この化学実験室の隣には準備室がある。
その部屋に忍び込み、これから起こるドラマを生でたっぷり見ようとスタンバる。
ルーカスが、化学の先生に言いつけられた1年生の授業に使う実験のテキストを作っているようだ。
几帳面に銅と酸化銅の重さを計測しながら、几帳面にノートに書き連ねて行く。
「ああ、素敵な横顔。真剣な眼差しだわ」
レベッカが推しへの愛を堪能しようとしているまさにその時、最大のお邪魔虫が現れた。
「お前のそのぶれないところが凄いな。ルーカスなど、家でいつでも見れるだろう?」
サラサラの金髪と緑の瞳が、レベッカの真横にある。
レベッカはため息しか出なかった。
「はー・・殿下・・どうして?」