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12 『ヒロイン』と名乗るには、私の商標登録が必要です(1) 


「お兄様、久しぶりの学校ですわね。体力も落ちているはずです。絶対にご無理はなさらないで下さいね」

レベッカは、最愛の兄の痩けた頬を心配げに見ている。


「ああ、私はもうすっかり大丈夫だよ。だから、レベッカは自分の事を一番に考えてね」

優しく微笑むルーカスの笑顔の裏には、妹に言えない本音がある。

一週間、レベッカの世界一強い愛を受け続けた、その重さからの解放に安堵しているのだ。


だが、自分の病気でどれ程この妹が、嘆き苦しんでいたのかを知っている。

だからこそ、この自由になり、ほっとした気分を隠し通さねばならない。


「でも、まだ少し顔色が悪いように思いますわ」


「ああ、これは・・すぐに治る」

寝不足だとは言えず、言葉を濁した。


「でも、久しぶりにエミリエンヌさんに会えるのは楽しみです。お兄様もそうでしょ?」


妹が何を考えてそうしているかは分からないが、エミリエンヌ・ラート男爵令嬢と自分をくっつけようとしているのは、分かっている。


余計な事に首を突っ込むのを止めて欲しいが、それは無理だろう。

何故ならば、レベッカが途中で何かを放り投げた事はないからだ。


「エミリエンヌ嬢か・・・」

人を見る目に長けてるレベッカの人選は、本来ならば信頼できる。だが、如何せんレベッカは自分を見る時もかの令嬢を見る時も、兄や友人を見る目付きではない。


敬虔な信者が神々を見るような顔なのだ。


彼女もレベッカにとっては特別な存在のようで、その興味が一心に彼女にも向けられている。


それなら、是非とも王太子のアルナウト殿下をそのように崇めて欲しい。

何度もアルナウトから、妹の興味を彼に向けるようにと言われているが、その依頼を成功させることは、もはや不可能ではないかと思っている。


他のご令嬢ならば、何もせずともアルナウト殿下に熱い視線を送るが、レベッカに至っては、そこに飛んでいる虫のような扱いをするのだ。


毎度ひやひやする、兄の身になって欲しい。




一週間ぶりの学校は、ルーカスにとっては、変わりないものだった。

しかし、レベッカにとっては、二度目の登校だ。


「レベッカ、暫く休んでの登校に不安はないか?もし何かあったら、私のクラスに来るといい」


強気な妹もそこは女の子だ。

初めにグループが出来てしまってからでは、途中からは入りにくいかも知れない。

友人が出来ずに、一人ぼっちになってしまうのではと案じたのだ。


「不安? ああ、勉学については遅れを取りませんわ」


「そうではなく・・友人関係とか・・」


「友人? この学校のどこかにお兄様がいらっしゃるだけで、満足ですもの。他に大事なことは・・」

イベントだけですと心の中で続けた。


レベッカの強心臓を、見誤ったルーカスだった。

ルーカスと廊下で分かれたレベッカは、久しぶりの教室へ向かう。


自分の前をエミリエンヌが歩いている。


声を掛けようとするが、項垂れて歩いている彼女が余りにも元気がなく、彼女から出る負のオーラで挨拶も出来ない。


すると、エミリエンヌを追い抜き様に体当たりをする女子生徒がいた。


その生徒はエミリエンヌに謝罪もなく、「邪魔なのよ」と嘲笑いながら教室に入っていく。


レベッカは目をカッと見開いて、その女生徒を射殺さんばかりに見る。


当たられたエミリエンヌは、ふらつきながら諦めたように、そっと教室に入っていった。


レベッカは教室には入らずに、廊下から中の様子を窺う。


次々に生徒が教室に入って朝の挨拶を交わしているが、誰もエミリエンヌに挨拶しない。


レベッカは、丁度教室に入ろうとしていた一人の男子生徒の襟首を摘まみ上げた。


「ぐえっ」

「ねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」


首が絞まった男子生徒は、レベッカの手を払い、睨み返す。

「苦しいだろ。放せよ」


男子の苦情など全くお構い無しに話を続けた。

「あそこの女子生徒が、一人でいる理由を知っているかしら?」


男子生徒は、レベッカが何を言っても無駄なタイプの女だと、諦める。

そして、素直にレベッカの指差した生徒を見て頷く。


「ああ、知っているよ。ゾエ嬢の歴史の教科書を盗んだって言われて、それからずっと、ああなのさ」


レベッカの片方の眉が、ピクリと

跳ね上がった。

「我が心の聖女を・・・盗人呼ばわりするとは!! 愚かな者共に天罰が必要ね」

呟き終わるとレベッカの顔は大魔神が如く恐ろしい表情に変わっていた。


「ねえ、もっと詳しく教えて頂戴」


詳しく教えてくれた男子生徒は、ベンヤミン・ブローツ伯爵令息。

彼はとても正確に覚えていて、その推察能力も卓越している。


彼のお陰で、レベッカが欠席していた一週間の出来事を全て把握することが出来た。


「あなたのお陰で、十分に理解出来たわ。これからもよろしくね」

レベッカは手を出して、ベンヤミンに握手を求めた。


ベンヤミンの勘が、この手に握手をすることは、悪魔と契約するよりヤバイと言っている。

しかし、レベッカの『早く手を出せ』という無言の圧に負け、握手をかわした。


ベンヤミンが教室に入り、レベッカは一人廊下で考え事をしていたら、後ろからピンクの頭の女子生徒にぶつかられた。


「ごめんなさ・・・!!あ!!悪役れい・・・」

女子生徒は言い掛けた言葉を止め、ハッと口を両手で押さえ、すぐに教室に入っていった。


「言ったわよね・・・あの子・・確かに私を見て言ったわ・・。『悪役令嬢』って・・」

くすんではいるが、ピンクの髪の毛に、薄い紫?灰色?の瞳。


レベッカは偽者登場人物に目を見開く。


「ふーん。・・・まがい物発見ね。でも、新しいシナリオは要らないのよね」

目を眇めて、彼女の行く先を追う。


そして、教室に入ったもう一人のピンクの髪の毛が同じクラスだと知った。


レベッカはエミリエンヌが厳しい状況に陥った切っ掛けは・・・と考える。


既知の事実から導き出された答えは・・・偽者が火種を起こし、適当に火をつけたのは間違いない。


「大事なヒロインと攻略対象のこれからのイベントを、全て書き換えられる所だったわ」

背筋を伸ばして、教室に入った。


一週間ぶりの登校に、生徒が会話を止めて、このクラスの本当の最高高位である、バルケネンテ公爵令嬢の行動を見守っていた。


レベッカが驚いたのは、友人であるエミリエンヌが、自分に目も合わせずに俯いている事だった。


レベッカは小さくフッと息を吐き、鞄を置くと、そのままエミリエンヌの座席まできて、隣に立つ。


それだけで、クラスがざわめく。

「ラート男爵の娘に何のようがあるのかな?」

大勢のクラスメートは、エミリエンヌが今度は王太子妃殿下に最も近い令嬢(本人は全く認知していないが)に、何かをしたのだろうと面白がって見ている。


そして、事の成り行きを興味本意で見ていた。


近付くバルケネンテ公爵令嬢が、いつ、エミリエンヌに罵声を浴びせるのかと待っている。


しかし、ほとんどのクラスメートの意に反しバルケネンテ公爵令嬢は、優しくエミリエンヌの肩をぽんぽんと叩いた。


びくっと体を震わせ、恐る恐る顔を上げるエミリエンヌに、レベッカは大袈裟に手を広げる。


「久しぶりに学校に来たのに、私には挨拶もして下さらないの?」


エミリエンヌの目尻が下がり、潤む瞳から涙が溢れそうになる。


慌ててレベッカが、その顔を他の生徒にみられないように抱き締めた。


「おはようございます、エミリエンヌさん」


「ふぐ・・・うううっおはよう・・・ご・ざい・・ます」


レベッカ・・・悶絶!!

可愛すぎーー!!

ピンクの髪の毛が、ふるふる震えて萌えすぎ。

子犬?リス?猫?ウサギ?

こんなに可愛いものは何?

そう!!ヒロインよ!!


すーはーすーはーすーはー


ああ、芳しい匂いが!!


もう少しで学校だという事を忘れて、しまうところだった。


我に返ったレベッカは、名残惜しくもエミリエンヌの体を少し、離す。


そして、小声で聞く。

「もう、大丈夫かしら?」


顔を上げたエミリエンヌは少し、落ち着いた表情で、小さく首を縦に振った。


もう一度抱き締めちゃおうかしら?と下心満載のレベッカに、ゾエ・テーニセン侯爵令嬢の取り巻き共が金切り声で叫ぶ。


「レベッカ様、エミリエンヌに騙されてはいけませんわ」


良いところに邪魔をされたレベッカは、取り巻きBを睨む。


だが、取り巻きBは臆さず続けた。

「そのエミリエンヌは、事もあろうにゾエ・テーニセン侯爵令嬢の、歴史の教科書を盗んだのですよ」


エミリエンヌが目を瞑り、下を向いてしまった。


エミリエンヌたまの、おかわゆい、ご尊顔がぁぁぁぁ!!

曇らせたのは誰?


レベッカの体から、冷気が漏れる。

「今、そこの一生徒B。エミリエンヌさんが教科書を盗んだと言いましたね? 証拠はあるのですか?」


このクラスだけ、氷河期が来た。


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