表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/52

11 もう一人のヒロイン


入学式から数日後。

エミリエンヌは、とても厄介な状況になっていた。


それはエミリエンヌと同じ髪色の女子生徒に、度々絡まれているのだ。



彼女の名前は、ジュリア・ボスマン。エミリエンヌと同じ男爵家の娘だ。


彼女も髪はピンク色。瞳も同じ紫色。

しかし、彼女の瞳の紫は薄くて見ようによっては、灰色にも見える。

その彼女が、入学式の次の日から、訳のわからない事でエミリエンヌに突っ掛かってくるのだ。

例えば、入学式の翌日は、「あなたが私の出番をとったのね!! 折角の入学式を返してよ!!」と言って エミリエンヌを困らせた。


また次の日は、『ルーカスとのイベントなのに、 あなたがいるせいでルーカスが休んでいるのよ』とエミリエンヌには全く理解できない理由で、突っ掛かってくるのだ。


実はこの男爵令嬢のジュリアは、前世の記憶が幼い頃に戻り、その容姿から間違いなく自分がヒロインだと思い込んで生きてきた。


これから学校生活が始まり、シナリオがスタートし、自分の願いを叶える事が出きるのだと信じていた。


しかし、実際には自分とよく似た女子生徒がシナリオを潰した上で、全部持ってくのだ。

このままでは、折角の異世界転生を偽者に奪われてしまう。


ずっと夢見てきたルーカスとのやり取りや、王子様とのあんなこと、こんなことが消えかかっている。

それもこれも、全部偽ヒロインが現れたせいなのだ。

そこで、ジュリアは偽者を徹底的に排除する方法を考える。


そして、安易な方法を実行に移した。

それは彼女を泥棒に仕立て上げること。

先ずはクラスメートの教科書を手に入れる。

出きれば気が強く、しかも高位のお嬢様のが良い。

選ばれたのは、ゾエ・テーニセン侯爵令嬢だ。

高位でクラスでも幅を利かせているし、何より下位の爵位には厳しい令嬢で、この役には打ってつけ。


その彼女の教科書を手に入れたジュリアは、エミリエンヌの机に入れる。


そうたったこれだけ。

これだけで、始めのグループ分けから彼女は除外されるのだ。

しかも、最初の躓きは取り返される事なくずーっと続く。


さぁ、後はゾエ・テーニセン侯爵令嬢が騒ぐのを待つだけ。


生物の移動教室から帰って来たゾエ嬢が、次の歴史の用意をし始める。


首を傾け、『おかしいな?』と呟くのをジュリアは見逃さなかった。

もし、彼女が騒ぎ出さない場合、ジュリアが彼女の変わりに騒ぎ出さないといけないからだ。

でも、彼女であればすぐに大声で騒ぐだろう。


案の定、彼女は目を吊り上げて叫んだ。


「ねえ!! 誰か机に入れていた歴史の教科書をご存じないかしら?!!」


ゾエ嬢の取り巻きが、一斉に動き出す。

「ゾエ様の歴史の教科書を、誰かお持ちになっていませんこと?」


現在同じクラスのレべッカ・バルケネンテ公爵令嬢が、学校を休んでいるので、今いる中ではゾエ嬢が一番の高位だ。


それが、教科書がないと騒ぎたてているのである。

苛立ったゾエ嬢が、「他の生徒の持ち物を調べなさい」と取り巻きに命令した。


これでゾエ嬢の取り巻きが、勝手に他の生徒の持ち物を調べても、誰も文句を言えない。


ざわつく教室の中、一人の生徒が誇らしげに手を上げた。

「ゾエ様!! ありましたわ。ほらここに」

手には歴史の教科書がある。


出てきたのはエミリエンヌの机の中からだ。


「あの・・、私・・知らないです。今朝見た時には・・入っていませんでした・・」


何故自分の机から、他の人の教科書が出てきたのか分からず、エミリエンヌは立ち尽くしている。


エミリエンヌの釈明は、聞き入れられなかった。


ゾエ嬢の怒りの言葉は、エミリエンヌにも、クラスメートにも突き刺さる。

「男爵の娘が、私の物を盗むとは・・、先生に厳しい懲罰をしてもらわねば、怒りが収まりませんわ」


「私じゃない・・」

消え入るようなエミリエンヌの声も、取り巻き連中には届かない。

そのまま、彼女たちによって職員室に連れて行かれてしまった。


この様子を遠巻きに見ていたジュリアは、その結果に満足していた。


まだ、友人関係が成立していないこの時期に、あの失態は致命傷よね。きっとこの先、エミリエンヌの学校生活は卒業までぼっち確定だわ。

ジュリアは、偽者ヒロインが呆気なく舞台から退場していき、ほっとした。


これで、次回からのイベントは円滑に行われるはず。

そして、願いも叶うだろう。


それにしても気がかりなのは、悪役令嬢のレベッカ・バルケネンテ嬢が、学校を入学式の次の日から欠席している事だ。


それと、攻略対象のルーカスも学校を休んでいるのだ。


ルーカスのイベントをこなしてから、王子様イベントに繋がるために、なにも始まらない。


この世界はイレギュラーな事ばかり起こるが、今日のエミリエンヌの事で分かった事がある。

それは予想外の事が起きても、自力で排除したり、イベントを強制的に発生させればいいって事を。


「なんだ、簡単じゃない。自分の知識をフル活用すれば、逆ハーも可能なのね。偽物には悪いけど、私が本物なのよ。絶対に逆ハーをさせてもらうわ」

ジュリアは、この一件で自信を取り戻した。



職員室に犯人扱いをされて、連れていかれたエミリエンヌ。

先生にも、同じように知らない間に教科書が入っていたと説明したが、事無かれ主義の教師達に、訴えは聞いてももらえなかった。


それから、「これからはこのような事がないように」と説教をされただけで教室に戻るように言われる。


既に授業が始まっている廊下は、とても静かでガランとしていた。


教室は歴史の授業中で、先生の話す声とチョークのカツカツという音が聞こえる。

今からこの中に入る勇気が出ないエミリエンヌは、扉の前に立ったまま項垂れて、結局その授業は受けることができなかった。


エミリエンヌは休み時間の喧騒を利用して、教室にそっと戻ったが、やはり今まで通りとはいかなかった。


「あらぁ? 泥棒男爵さんが帰ってきたわ。よくもこのクラスに入れたものね?」

ゾエが目敏く見つけ早速攻撃を仕掛ける。


「本当ですわ。よくこの教室に戻ってこられたわよね?」

取り巻きもここぞとばかりに、「そうよね」と囃し立てた。


エミリエンヌは何も言い返せずに、そっと自分の席に座る。


回りの生徒のヒソヒソ声が、エミリエンヌの耳に、容赦なく聞こえるが、黙って耐えるしかなかった。



それは次の日も続いた。

騒がしい教室に、エミリエンヌが登校すると、急にピタリと会話が止んで誰も彼もヒソヒソと話しだす。


こんな時に限って、二人一組になって隣国の言葉を練習するという授業になった。


先生の「余った生徒は三人一組になって下さい」とあからさまにエミリエンヌを指す言葉に、クラスの音は、悪意のあるクスクスと笑う声に変わる。


居たたまれない中、エミリエンヌは一人で外国語を呟いていた。


この一週間、何度も学校を休もうかと考えたが、この学校に入るために懸命に努力してくれたレベッカを思うと、逃げ出せなかった。


それと、同時にレベッカがきてこの状況をみて、あちら側にいってしまったらどうしよう・・、とそればかり思う。




そう肝心のレベッカが何故欠席をしているかと言うと・・・。

入学式の次の日、ルーカスが熱を出してしまう。


勿論、レベッカは元気だ。

だが、ルーカスの病気に一番動揺したのはレベッカである。


この世の終わりのような悲壮感漂う顔で、寝ているルーカスのベッドサイドで「おにーさま!!死なないで!!」と泣きじゃくったのだ。


お医者様からは、『ただの風邪だから、安静にしていればすぐに治ります』と言われていたのだが・・・。


昼夜問わず、看病につきっきりになったのだ。


見兼ねた母シャーロットが、ルーカスのベッドからレベッカを引き離す。

「レベッカ、あなた全然寝てないでしょ。ルーカスはだいじょうぶだから寝なさい。それから、学校はどうするの?」


「私が寝ている間にお兄様に何かあったらどうするの? お兄様の熱は下がったけれど、体調は全然よくならないのよ。こんな時に学校なんていけないわ」


ルーカスの熱は1日で下がり快方に向かった。これはレベッカの無自覚の光属性の賜物だ。


しかし、昼夜を問わずに看病と言ってお世話をするレベッカに、ルーカスは完全な寝不足が続いていたのだ。

これもレベッカの無自覚な、推しへの愛が怨念のように向けられた結果だった。


三日で治るところ、レベッカの献身過ぎる看病のお陰で、一週間もかかってしまったのだ。


大事なもう一人の推しのピンチも知らずに、レベッカは呑気にルーカスの回復を喜び、明日ようやく登校する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ