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10 王太子殿下の憂鬱


生まれてから、誰も彼も自分には丁寧に接する。

それはそうだ。彼はこの王国の王子にして、王太子殿下なのだから。


しかし、幼い頃のアルナウトはそれを不満に思っていた。

皆が王宮の庭園で遊んでいる。

アルナウトがいない時は、大騒ぎで遊んでいるが、自分が顔を出すと突然動きが止まるのだ。


そして、恭しく頭を下げ堅苦しい挨拶が始まる。


たまに突っ掛かってくる奴はいるが、それは王家の王太子を嫉妬と欲に絡んで敵対視しているのだ。

気安い感じで声をかける子供はいなかった。


そして10歳を過ぎると、男も女もヘラヘラとすり寄ってくる者ばかりが回りについてくるようになる。


会話らしい会話が出来ない。

例えば、『今日は天気が良いな』と言ったら、『本当に今日の空は素晴らしい晴天です。殿下の行く先の幸運を表しているのでしょう』等・・・。


男は側近になりたいのだろう。必死さが滑稽で笑えてくる。

女は婚約者候補に残りたいのだ。そして、行く行くは王太子妃となり、王妃へと望んでいるのだ。

あざとい笑顔を向けてくる姿には、本当にうんざりしていた。


アルナウトは自身の12歳の誕生日のパーティーも、いつもにも増してつまらないものになるだろうと覚悟していた。


しかし、今年は父であるファース・フォンダン・クノフローク王が、バルケネンテ公爵の娘が出席すると喜んでいたのが不思議だった。


そういえば、公爵家で自分とよく似た年齢の女子がいるにも拘わらず、一回もパーティーはおろか、他のお茶会でも見たことがない。


でも、その話はそれで終わり、アルナウトもそれっきり忘れていた。


パーティー当日。

やはり、いつも通りの展開になっていた。

女の子がアルナウトの回りにひしめき合い、ベタベタと触ってくる。

それに男子も男子で、自分の自慢話を永遠にずっと聞かされる羽目になるのだ。いかに自分が優秀であるかなど、3分聞けばうんざりだ。


嫌気が差して、招待客から逃れるように植物の影に隠れて移動した。


すると、どうだろう。

皆がアルナウトを探して右往左往している。

それが面白くて、物影からみていると、同じように植え込みを利用して隠れている者を発見した。


しかも女の子だ。

その女の子は今日、一度も挨拶に来ていない子であった。


何をそんな熱心にみているのだろう。

気になったアルナウトは、側に近付く。


そして、何をしているのか尋ねるといきなり、腕を引っ張られた。

そして乱暴にも、口を掌で押さえられる。


これは由々しき事態。

なのだが、自分の唇に女の子の柔らかい手が触れている状況に、ドキドキしてしまった。


自分が落ち着くと女の子は、口を押さえていた手を放す。


これはもう喋っても良いのだろうと声を出すと、露骨に嫌な顔をされた挙げ句に、『ちっ』と舌打ちをされた。


これまでここまで酷い扱いを受けた事がなかったので、少々傷ついた。


でも、この女の子に自分の正体を明かした時にどんなに驚くのか、みたくなった。

それはすぐにやってきた。

彼女がアルナウトをまっすぐに見たのだ。


さあ、盛大に驚いてくれ!!

と思ったがその子の態度は、全く変わらなかった。

そればかりか、自分は忙しいからさっさと元の会場に帰れと言わんばかりの態度を示す。


こんなにもあっさりとした態度をされると、悔しくて・・寂しい。


しかし彼女は、あれだけ王子になんて興味のない顔をしていたのに、別れ際にハンカチをプレゼントだと、渡してくれた。


気に入らなかったら捨ててもいいといわれたが、これは絶対に捨てない。


だって、向かい合う二頭の天馬の刺繍がしてあるのだ。

しかもこの芸術品のような刺繍は彼女自身が一針一針刺したものというから驚きだ。

名前も言わない奥ゆかしい彼女からの、プレゼントなのだから、絶対に大切にしよう。


この、刺繍は間違いなくバルケネンテ公爵家の紋章だ。


社交の会に全く参加しないと噂されていたレベッカ嬢か?


彼女は同じ年代の女の子達とは違う、異質なものを感じる。

神々しいまでの美しさと、気高さを感じさせるものがある。


しかし、気安く接してくれる優しさもある。


そうアルナウトは一目ぼれだった。

その後、国王に頼んで諜報部員を一人貸して貰った。

クノフローク国王曰く、この諜報部員は優秀だから、絶対にお前が知りたい情報を持って帰ってくるだろうと・・・。


確かに幾つかの報告は受けた。

そのなかには驚くべき事もあった。

レベッカはまだ10歳だというのに、幾つかのブランド商品を作り、彼女の父であるイーサン・バルケネンテと共同で色々な事業を展開しているというもの。


そして、夜に屋敷を抜け出して、どこかに消えるらしいのだ。

絶対に行方を突き止めろと命令したが・・・。

結果は惨敗だ。


優秀な諜報部員の彼は、レベッカを追跡しようとしたが、すぐに巻かれたというのだ。


「彼は本当に一流なのですか? 普通の令嬢に巻かれるなんて、三流なのでは?」

あまりの不出来な結果に納得がいかず、国王に文句を言ってしまう。

国王陛下に、もっと任務を遂行できる者を要望したが、あっさり断られた。


「アルナウトよ、よく聞け。普通の令嬢は夜に屋敷を抜け出し、追手を易々と巻くなんてしない。今度バルケネンテ公爵と会う機会がある故、その時にレベッカの事は私から聞いておこう」


そう言っていたが、陛下から1ヶ月経っても返事がなかった。


アルナウトは待った。

陛下の忙しさを知っているからだ。

更に数週間待った。


だが、何の返事もない。

これは忙しすぎて、忘れられているのでは?

そう結論を出したアルナウトは、直接陛下が執務している時間に、押し掛けた。


普段なら、きちんと手順を踏んで会いに行くのだが、今回は何故か突撃の方が埒が開くと思った。


ノックをする。

「アルナウトです」

名乗ったすぐに、陛下の執務室の中が慌ただしくなった。


何が起こっているかわからないまま、ドアの前で待たされること数分。


漸く「入れ」の言葉を頂いた。


アルナウトが来たことで、部屋の雰囲気が少しピリッとしている。


「やあ、アルナウト。何の用事だ?」

陛下はいたって平静を装っているが、あまりにも演技が下手過ぎた。


レベッカの件は忘れていたのではなく、故意に報告を遅らせていたのだと悟る。


「以前にお願いしていた、レベッカ・バルケネンテ公爵令嬢の事です」


陛下の顔は、笑顔を保っているが、僅かに奥歯を噛み締めたのが、見て取れた。


「ああ。そうだったな・・・。はぁああーー」

そう言ったきり、今度は可哀想な幼子を見る目に変わり、深いため息をつく。


「アルナウト。はっきり言おう!! レベッカは諦めろ」


いきなり言われても、何をどう諦めるのかわからない。

仄かに芽生えた恋心というには、まだ淡すぎる想い。

この時期に諦めろと言われても何の事かわからないだろう。


息子の期待に満ちた、若くまっすぐな瞳を向けられた父としては、とっても・・言いにくい。


先日バルケネンテ公爵から、レベッカの奇行の洗いざらいを聞いたところだ。


まず、レベッカは恐ろしいまでに、実の兄を溺愛している。

しかも、兄を神を崇め奉るが如くの崇拝ぶり。


レベッカの部屋には、壁が見えなくなるくらいに、兄のルーカスの絵姿が張り巡らされているのだ。


腕っぷしは強く、目の前の息子では敵わない。


夜な夜な出掛けては兄、又はバルケネンテ公爵に仇をなそうと考える不心得者を排除しているというから、驚きだ。


これだけ聞いても、国王はレベッカの事を好意的に考えていた。貴族の令嬢で、自分自身を守れるなんていいではないかと思ったのだ。


これまで、貴族の女子を見ても無反応だった息子が、せっかく興味を示したのだ。

だが、娘を表に出したくないバルケネンテ公爵から、断わられてしまったのだ。

しかも、断り方が尋常ではないくらいに頑なな態度なのである。


さて、これを息子に何をどう言えばいいだろう。

悩むファース・フォンダン・クノフローク国王。


「どうやら・・レベッカ嬢の興味は兄のルーカスにあって、その他の事には全くと言っていい程・・執着していないそうだ」


アルナウトが誕生日のパーティーでの出来事とリンクさせた。


あの時も、兄のルーカスを覗き見るのに、忙しかったのか。と妙に納得してしまった。


「それとだな・・。彼女は剣術にも優れ・・・騎士団長の息子のハンネスの腕前をもってしても、勝負にもならなかったと聞く」


さすがにこれにはアルナウトも驚いた。

一度彼の訓練を見たが、同じ年頃の男子なら、瞬殺していた彼でも勝負にならないほど強いなんて驚きだった。


黙っている息子を見て、淡い初恋を壊してしまったと焦った陛下は、ここで、アルナウトが決めかねていた側近候補の話に話題を変えた。


「レベッカの兄なのだが、彼も相当に優秀なのだそうだ。だから、どうだ?レベッカの兄ではあるが、ルーカスを側近候補として側においてはどうだ?」


確かに、ルーカスは誕生日のパーティーで見せた正義感、しかも、回りの状況をよく見て落ち着いていた。

騒がしいだけの貴族のバカ息子達とは違った。


「それでは、私の学園での側近はルーカスとしましょう。レベッカに関しては・・・今は保留にします」


この時は一旦保留にして、ルーカスが学校生活での側近となり、側にいることが多くなると、自然とレベッカとの距離が近くなるのではと期待したのだ。


距離は縮まらなかったが、ルーカスから聞かされるレベッカ情報は、この貴族社会に存在する令嬢とは別の生き物に感じる。

だが、否定する気はない。

むしろ、その生き生きとした行動力にもっともっと、惹かれる自分がいるのだ。



二年後、レベッカが学校にくることを待ちわびながら、アルナウトはレベッカの興味が自分に向くように試行錯誤を始める。


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