01 ガチャが大当たり!!!!
竹脇莉菜は乙女ゲームの『光る海をあなたと』、通称『ひか海』の攻略対象の一人である悪役令嬢の兄、ルーカス・バルケネンテをひたすら一途に愛していた。
幼い頃から学生時代まで、莉菜には辛いことばかりだった。
それは会社に入っても同じだった。だが、ルーカスに出会って人生が一変した。
社畜の唯一の楽しみはルーカス様の笑顔を見る事。
どんなに辛い事があっても、彼さえいれば耐えられた。
同僚の女子に仕事を押し付けられても、それはルーカスガチャの為の残業代。上司の失敗なのに顧客に謝りに行かされても、文句も言わない。その分ルーカスの人形をゲットする為に、その上司も巻き込んで抽選に参加させた。
3日寝ていなくても、ルーカスが見れれば毎日は薔薇色だった。
なんと、今回のガチャで、ルーカスのお宝スチルが当たるのだ!!
ここで全財産を課金しても構わない。
「ガチャを回すわよ・・・。王太子のアルナウトは要らない・・・ルーカスが当たりますように!!!」
スマホのガチャがいつもより、明るく輝く。
ガチャガチャ
莉菜の耳元でガチャがゆっくりと回る音が聞こえる。
「おお!!すごい臨場感!これは期待できるかも!!」
ごろん・・ごろん・・
ドクンドクン・・・心臓の音?
急に眩しくなり、ギュッと目を閉じ、そして恐る恐る開く。
『やった!!!当たった!!』
「うっきゃー!おきゃっきゃ!」
目の前にルーカスが!!しかもルーカスの幼い頃だわ!!
髪はシルバー、瞳は優しげな明るいライトブルー。
莉菜は欲望を抑えきれず、手を伸ばした。
「いたい・・おかあしゃま・・助けて!! 赤ちゃんが僕の顔を掴んで放さないよぉ!!」
『あれ? 目の前でショタルーカスが叫んでいる?』
「ばあぶ?」
莉菜はルーカスの頬を撫でる。
?????
再び撫でる・・・
!!!!!
『おおおおおおおお!!』
「ぶももももももも!!」
ほ・ん・も・の!!!
あまりの嬉しさに心臓が持たぬ。
ああ、そうか。それで・・・前世では心臓が持たなくて、異世界に来たのね?
莉菜はそう思ったが、そうではない。
・・・過労死だ。
「おかあしゃま、赤ちゃんって・・もっと可愛いんだと思っていたよ。でも・・違うんだね?」
『ヤバイ、ここでルーカスに嫌われたら、遊びに来てくれなくなる。それだけは避けなければ』
ルーカス、怖くないよ~と笑顔を向ける。
ここは赤ちゃんらしく・・
「ぶうう・・」
なぜだ?ルーカスの『ルー』と言いたいのに・・・。
「おかあしゃま、レベッカが僕の名前を言ってるよ。ほら、『ルー』って!!」
ああ、ルーカスが分かってくれたわ。
『・・・ほえ? 私レベッカなの?
ルーカスの妹の悪役令嬢のレベッカ? ヒロインを虐め倒して処刑まっしぐらの?・・・でも、全然OKです。こんなに近くでショタルーカスが見れるんだもの!!』
「ほら、レベッカ。僕がお兄ちゃんだよ~」
『くうう、なんて事!!写真、否、ビデオ・・・ああ、ここにはない!!悔やまれるぅぅぅ』
レベッカ悶絶。
『尊し・・』
「あれ? おかあしゃま、レベッカが寝ちゃったよ?」
いいえ、失神です。
レベッカが誕生して、五ヶ月が経った。
「おかあしゃま、レベッカが喋ったよ」
「ふふふ、ルーカスったら。赤ちゃんはまだまだお話出来ないわよ」
「でも・・・僕の事ルーカスって呼んだよ」
まさか、五ヶ月の娘が喋っていると誰が思うだろう。
母の、シャーロットも信じてはいない。
しかし、ルーカスと話をしたいレベッカは必死で口の筋肉を鍛え、辿々しくはあるが、話せるようになっていた。
オタ活は地道なのだ。
「ははは、じゃあ、ルーカス。レベッカにお兄ちゃんと呼ぶように教えてあげるといい」
勿論、父のイーサン・バルケネンテ公爵も信じたわけではない。
「うん、分かった。レベッカに僕の事、お兄ちゃんって呼ぶように言ってくる」
ルーカスは大好きな妹の部屋に走った。
「レベッカ。起きてる?」
『モチです!! ルーカスのためなら徹夜上等です!!』
「ルータフ!!」
「あのね、レベッカ。僕の事はルーカスじゃなくて、お兄ちゃんって呼んで欲しいんだ。呼べる?」
最推しのご要望ならば、血反吐が出るまで練習するわ。
レベッカが意気込む。
「にいー、こえれいい?」
「うん!! 上手だよ。レベッカ」
『褒められた!! 天にも上る気持ちですわ』
この調子でレベッカは普通よりも驚くほど早く喋れるようになった。
このまま、ルーカスをひたすら愛でる、有意義なオタ活スタートに成功!! ・・・と思っていたが、この生活に暗雲が立ち込め始めた。
レベッカ2歳、ルーカスが4歳。
レベッカは豊かな金髪を靡かせて、強い意思を思わせる黒い瞳を輝かせ深く思案中だ。
あれだけ練習したのに、上手く喋れない。
これじゃあ、悪役令嬢として機能しないのでは?
とレベッカは悩んでいる。
いや、今はそれどころではない!!
最近、ルーカスがレベッカのいる母の元に来ないのだ。
それは、母とルーカスの乳母であるアールバ・パリスの間に、ルーカスの教育に関する違いから、亀裂が生じたからである。
「うーん、こえまですっかりわしゅれてたけど・・・。こえはゆゆしきモンダイだわ」
シャーロットはルーカスが生まれた時、お乳の出が悪く乳母を雇った。
乳母はルーカスが可愛くて大事にするあまり、母の子育てに口出しし、衝突する事が多くなった。
そんな中、レベッカを身籠ったシャーロットはつわりが酷く動けない。
そうなるとルーカスの世話は、乳母のアールバが全面に引き受ける事になった。
ここから、ルーカスの教育についてますますアールバが前に出てきた。
そして、今ではルーカスにはアールバが付き、レベッカは母のシャーロットと言う図式が出来上がったのだ。
うーん・・。
これはいけない・・。
このままではルーカスは母に遠慮する大人しい性格になるのだ。
しかも、母の愛を失ったと勘違いしたルーカスは自信喪失し、公爵家の跡取りとしての重責に堪えきれず逃げ出すのだ。
そこでヒロインのエミリエンヌが寄り添い立ち直らせる。
・・・闇落ちルーカス
いい・・・。
憂いを色気に変えたあの表情。
ルーカスは何をしても良かった。
でも、目の前のショタルーカスが沈んでいるのは嫌だ。
もっと嫌な事は、アールバがルーカスを大事にするあまり、レベッカにも会わせないようにして、同じ家にいるのに会えない日があるのだ。
ルーカスを独り占めするなんて、けしからん!!
この問題を解決しなければ!!
まずはこの大問題を放置している父のイーサンに突撃だわ。
ふんぬぬぬぬぬと走った。が、そうは行かない。
よたよたと父の書斎に行く。
こんこんこんこんこんこんこん。
「誰だ?そんなに何回もドアを叩くものではないぞ」
誰だと言われたので、さっさと侍女に開けてもらって部屋に入った。
「おや? レベッカちゃんじゃないでちゅか。どおちたのかな?」
イーサンは娘のレベッカが可愛くて、つい赤ちゃん言葉になってしまうが、それは多めに見て欲しい。
レベッカが可愛すぎるのがいけないのだから。
「にいたまのげんきがありまてん!! とーしゃま!! これはうばのアールバと、かーしゃまのなかたがいが、げーいんなのれしゅ」
「あー・・。その事か・・。私もどうしたものかと思っているのだが、きっと放って置けばそのうち仲良くなるんじゃないかな?」
ばっくわもーん!!<馬鹿者>
と叫びたかったが止めておく。
だが、なんたる浅はかな認識!!
このままでは、ルーカスがまともに育たないわ。
レベッカは焦る。
「ちっちっち」
レベッカは短い人差し指を左右に揺らした。
「とうしゃまは甘いです。今からみんなを呼んで、かいぎを開いてくらしゃい。もしできないのなら、夜ねるまえの、『とーたまだいすき』っていうのをやめます」
「ええええ!!それはダメだ。とーたまはあれで明日も頑張ろうって思えるんだから」
「では、とーしゃま!!」
レベッカはズイッとイーサンに近寄りほっぺにチュッとした。
「ふふふ、とーたまにわいろでふ」
「うん、ここまでしてもらったら仕方ない。」
イーサンは漸くこの問題に向き合う決心をし、ゆったりと落ち着けるシッティングルームにまず妻のシャーロットを呼んだ。
シャーロットは美しい豊かで、真っ直ぐな金髪を一つに結び、本来輝くような碧眼も悩みのせいで翳っている。
自慢の妻の萎れた姿に、流石のイーサンも問題を放置していた自分の良心が疼いた。
「近頃、ルーカスがアールバとばかりいるから、レベッカが寂しがっているんだ。なあ、レベッカ?」
イーサンはこの超難問の人間関係に、レベッカを間に入れてなんとか解決しようとしていた。
仕方ない。
その作戦にのってあげよう。
「うん。かーしゃまもさびしい?」
小首を傾けて、可愛いポーズで尋ねる。
「うわーん!! かあしゃまも寂しいのです。でも、ルーカスと離れている時間が長くなればなるほど、自分の子供なのにアールバとルーカスに遠慮してしまって、声が掛けられなくなったのぉーー。ぐずっ・・・ルーカスぅぅぅぅ。だっこしたいよぉぉぉ」
と、号泣のシャーロット。
「といってまふ、にいたま。どうぞ、かーしゃまをなぐさめてあげてください」
「ふえ?・・ルーカス?」
驚いてシャーロットが振り返ると、ルーカスが目を見開いて母を見つめていた。
「お母様は僕の事を嫌っていると思っていた・・・。だから、僕から会いに行けなかったんだ」
「ルーカス!!ごめんなさい・・ダメな母で・・・」
シャーロットは跪いてルーカスを抱き締めた。
そしてシャーロットはしゃくりあげて泣いている。
ルーカスも大粒の涙をぽろぽろと流している。
「とーしゃま、おやこのうつくしいすがたってええもんでしゅなぁ」
「レベッカ・・お前はどこのおっさんなのだ?」
イーサンがツッコミを入れている後ろで、涙を流して見てる者がいる。
乳母のアールバだ。
「皆様、ごめんなさい・・。私、・・ルーカス様を我が子のように思い、それで誰にも取られたくなかった・・・」
アールバにはアールバの思いがあった。
アールバが乳母になったのは、生まれた我が子をすぐに嫁ぎ先に取られ、離縁させられたからだ。
お乳をあげながら彼女は、ルーカスに我が子を重ねたのだろう。
「アールバたんも、にいたまのことをおもってたんですよね。だからこそ、にいたまのしあわせをかんがえて、これからはこうどうしてほしいれしゅ」
小さな手でアールバの頭を撫でた。
アールバが、うううと嗚咽を漏らし、肩を震わせて泣く。
これで一件落着!!!
よし、これで明日からまたルーカスの見放題よ。
レベッカは一人ガッツポーズでほくそ笑んだ。