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後編

何か上・中・下に分ける予定でしたが前後編になりました。

後編の割合多い目です。

 僕は生まれ育った実家に戻って来た。

 今ここに僕の妻が家出中だ……


 理由は未だにわからないがともかくまず話をしなくては。

 門番に挨拶をして敷地内に入るが玄関まで来たところで中からこの家の執事長である高齢の男性が現れ僕を制した。


「申し訳ございませんがユリウス坊ちゃまが来ても通さない様に仰せつかっております」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここは僕の実家だぞ!?」


「シャーリィ様とリリアーナ様連名でのご命令ですので……」


「うっ……」


 こうなると僕の立場は弱い。

 この家の主は母上だし、ミアガラッハの家長はリリィだ。

 家長クラス2名からの命令となると流石に……


「ならせめて教えてくれ。妻は、リリィはどんな様子でここに来たんだ?」


 彼はしばらく考え、言った。


「そうですな……リリアーナ様は何か『思い詰めたような表情』で御座いました。何というか『親とはぐれた子犬』のようなそんな……」


 彼女が思い詰めていた……何という事だ。

 どうやら昨夜の営みの中で僕は知らず知らずの内に彼女を傷つけるような言動をしてしまっていたらしい。

 その辺は十分気を付けていた。

 彼女にアプローチをしていた時、ある時点で彼女は自己肯定感が非常に低い事に気づいた。

 なので今までもそこをカバーする様に関わってきてその積み重ねで愛を育み一緒になることが出来たのだが……やってしまったか。


「坊ちゃま、何かあったのですか?」


「いや、その……」


 流石に『初夜で何かやらかしちゃったみたいです。てへ』とは言いづらい。


「僕は愛に悩む迷い子みたいなものということさ」


「坊ちゃま……私の目はごまかせませんぞ。わかっております、年老いたとはいえモンティエロ家に長年使えて来たこの目は節穴ではありません。恐らくそう、中々に言いにくい話題なのでしょう」


「そ、そうか……お前にはわかるか」


「ええ、わかっております。あれの時に元気にならなかったのですな……」


「………………」


 残念ながら我が家に長年使えた執事長の目は見事に節穴だった。


「大丈夫です。私が長年愛用している薬をお分けいたしましょう」


「いや、別にいいよ……」


 ようやく中に入れるようになったかと思えば執事長と馬鹿げたやりとりをしている間にリリィは裏口から出て行ったらしい。

 僕は母上に叱責されるのを覚悟していたが意外にも『お前は幸せ者だな』とニヤニヤ笑うのみだった。

 結局リリィが次に何処へ行ったか分からず彼女の実家を訪ねてみることにした。


「おや、あれは……」 


 その道すがら噴水広場を通りかかった時、前からぐったりした女性を背負った男が歩いて来るのが見えた。

 あれは……

 彼も僕に気づいたようでこっちに手を振ってくれる。


「よぉ、義兄貴じゃないか」


「ホマレ君。背負っているのは……アリス君か」


 彼はホマレ君。レム家6人の子どもの中で唯一の男性。

 昔は僕の事を毛嫌いしていたが今では気の合う義理の弟だ。

 そして背負っているのは彼の姉であるアリス君。

 

「姉貴の奴、打ち上げで飲みすぎて酔い潰れちまったんだ。そこで、弟の出番ってわけだな」


 ホマレ君は近くのベンチに姉を降ろすと大きく背伸びをして身体を捻る。


「そうか……大変だね」


 実はレム家の人間は全体的に酒に弱い。

 だからリリィも酒は嫌いで飲まない。

 職場の付き合いでも僕が傍に居る時以外は決してアルコールを口にしないのだ。

 アリス君もやはり酒には弱くしかも酒癖が悪い。

 それでと彼女自身は酒が好きなのでよく飲んでいるらしい。

 そしてどこかで酔い潰れて家族が迎えに行くというのが一連の流れだ。

 

 僕もリリィの頼みで何度か一緒にアリス君を迎えに行った事がある、

 

「ところでリリィ姉はどうした?休みの日は大抵一緒だろ?」


「いや、実はだね……」


 僕はホマレ君に状況をかいつまんで話した。


「あー……家出かぁ。嫌な記憶が甦るぜ。異世界に姉貴を助けに行って、それで追いかけてきた親に捕まった時は凄かったなぁ。ほら、俺ってお袋に尻叩かれただろ?」


「ああ、確かに。その、面目ない……」


「いや、義兄貴はよくやってくれてるよ。あの姉貴を攻略できるなんて大したタマだ」


「だけど現実問題としてリリィは家出してしまったからね……」

 

「うーん、なあ義兄貴。本当に姉貴は家出したんだろうか?」


 どういう事だろう。

 書き置きを残して行方をくらますなどどう考えても家出だが。


「いや、弟の俺が言うのもアレだが姉貴はほら、ちょっと迂闊な所がある人だろ?」

 

「ああ、それは確かに……」


 付き合い始めの時も彼女がうっかりと僕への好意について口を滑らせたことが原因だった。

 結果としては僕達にとってプラスだったけれど……


 彼女は完璧主義者の割には迂闊なところが多い。

 というわけでその辺りは僕がカバーすることで上手くやっている感じだ。


「何か今回の事も義兄貴がやらかしたわけじゃない気がするんだよな。ていうかあんたが何かやらかしたんだったらとっくにドラゴンスープレックスだろ?」


「そういえばそうだね……」


 言われてみればそうだ。

 僕が何か彼女の意にそぐわない事をしたのなら容赦なくドラゴンスープレックスを掛けられる。

 それが時間をかけて二人の間で出来上がった関係性なのだ。


 結婚してからでもそこは変わっていない。

 なのでよくよく考えれ寝室でも何かあればストップをかけてくるかドラゴンスープレックスだ。

 現に何度か『ストップ』は掛けられていた。


「その書き置きっていうのもなぁ、何か姉貴の事だからちょっとした説明不足って気がするぜ」


「説明不足か……うーん、確かに言われてみればそんな気もしてきたよ」


「まあ、そういううことでそんな思い悩まなくてもいいと思うぜ。まあ、でも……あんたが姉貴の大切な人になってくれて良かったよ」


「そ、そうかな」


「暗闇の中に居た姉貴を、あんたが見つけてくれたからな。姉貴がひどい目に遭って苦しんでいた時、俺は何も出来なかった」


 ホマレ君は目を伏せ小さくため息をつく。


「君は……」


「ああ。俺は何があったか、あの日からわかってた。あの日、ケイト姉とアリス姉に抱えられて家に戻って来た姉貴を見ているからな。こけちまった姉貴を助け起こそうとした時に叫んで俺の手を振り払った姉貴のあの目は今でも忘れられねぇよ」


 その時の事をリリィが話してくれたことがある。

 あの時はただ、ひたすらに悔しくて恥ずかしくて、情けなかった。


 男の人がどうしようもなく怖くて弟の伸ばした腕を振り払ってしまった。

 落ち着いてからその時の事を謝ろうとしたが『何の事?』ととぼけられた。

 でも間違いなく、自分は弟を傷つけてしまった、と。


「なぁ、ちょっとしたおとぎ話をしてもいいか?」


「おとぎ話?」


 首を傾げるが彼はこちらの返事を聞かず話始める。


「昔、家族や世間から虐げられていた子どもが居ました。その子が死んだ時、神様はその子を別の家族の子どもとして生き返らせてあげようと言いました。子どもはたったひとつ、『自分を愛してくれる家族の所に生まれ変わりたい』と願いました。神様はそれを聞き入れてくれましたが代償もある事を伝えました。子どもは何も考えずそれを受け入れてしまいました」


 おとぎ話には明るくない。

 だが神様もそんなささやかな願いくらい代償なしに叶えてあげればいいのに。

 そんな風に思った。


「その子は新しい家族の元でそれは幸せに育ちました。だけど、ある日神様が言っていた代償を払う時が来てしまいました。その子の大事な人が、酷く傷つけられる事件が起きてしまったのです。そこになってようやく子どもは気づきました。『自分が願ったせいだ』って」


「ホマレ君、今のは……」


 そうか。これは彼自身の事だ。

 『転生者』というものを聞いた事がある。

 他の世界。大体はかつてリリィ君が家出した『地球』という世界からの生まれ変わり。

 どの様な原理かはわかっていないが色々な種類がある。

 前世の記憶を突然取り戻す子供などもいる。

 そして彼の父親もまた『転生者』だ。


「神様ってのは残酷だ。そんな事になるなら、願わなきゃ良かったんだ。本来なら生まれ変わった家の男の子は死産になるはずだった。それなのにそこへ割り込んで生まれ変わって……本当は家族でも無いのに。そんな奴が願ったせいでその家族は……」


「その子は何も悪くない。それに紛れもなく家族だ。姉を愛する優しい弟だ」


「…………ははっ、そういう所だよな。姉貴が惚れたのって」


 ホマレ君は頭を掻きながらアリス君の傍へ行くと彼女を背負い直した。


「リリィを、姉貴を頼んだぜ。ありがとうな、義兄貴」


 姉を背負いながら家路につく義弟を見守った。


「あっ」


 よく考えたら僕の行き先もそっちだった。


「やれやれ、僕もリリィに負けず劣らず迂闊だね」


 苦笑していると……


「誰が迂闊だって?」


「!?」


 振り返るとそこにはずっと探していた妻の姿があった。


「リリィ。探したよ。急に居なくなるから心配したじゃないか」


「……何か誤魔化そうとしてない?まあ、いいけど。ちゃんと書き置きはしたでしょ?マムの所に相談に行って、その後実家によって母様と話をして来たの」


「あの、それなんだが……確認するけど僕が昨夜何か君を傷つける様な真似をしてはいないかい?もしそうだったら」


「え?違うけど……」


 あっ、やっぱり。

 これってやはりホマレ君が言ってたアレか。


「その、あなたが私を大事にしてくれてるって感じて、でも私はあなたの為に何もしてあげられなくて、それで……自分が不甲斐なかったのよ。このままじゃいつか愛想を尽かされてしまうんじゃないかって不安で、それでマムとかにどうしたらいいのか聞きに行ってたの」


 ああ、そうか。

 彼女はこう言う女性でもあった。

 自分に厳しいのだが同時に自己肯定感は低い。


「それで、何か言われたかい?」


「もっと自分を信じろって少し叱られた。後はまあ、色々とアドバイスしてもらったり」


「そうか。それで、気は済んだかい?」


「ん。その、何か心配かけたみたいでごめん……」


 やれやれ、実に彼女らしい家出騒動だ。


「いいよ。君が無事ならそれでいい。少し肝が冷えたけどそれもちょっとしたイベントだと思えば楽しいよ」


「ん。ありがとう。私のパートナーがあなたで本当に良かった」


「どういたしまして。それじゃあ何か食べて帰ろうか。実は何も食べてなくてお腹がペコペコさ」


「ええっ!?ちゃんと朝ご飯作っていってあげたのに!?まあ、仕方ないか……それじゃあ『黒ウサギ亭』なんてどう?あそこの串焼き美味しいから好きなのね」


 そう言うと彼女は腕を絡めて来た。

 かつての彼女からは考えられなかったその行動に頬が緩む。


「そう言えばさっきホメレと話してたみたいだけど、何を話していたの?何か深刻そうだったけど」


「いや、姉貴を頼むぜって言われただけさ」


 どんな事情があっても彼がリリィたちにとって大事な弟である事に変わりはない。

 これからもずっと……


「それじゃあ行こうか」


 寄り添い合う影。

 僕達はゆっくりと歩き出した。

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