前編
私は目覚めると身を起こす。
カーテンの隙間から淡い陽光が漏れている。
あの具合だと……6時といった所か
隣で寝ているユリウスに目をやる。
そして昨夜の出来事を脳内で再生し……
とうとうやっちゃったぁぁぁぁぁ!!
彼を起こすと可愛そうなので脳内で叫びまくっていた。
ああ、ダメだ。
熱い、顔が熱い!
ユリウスと結婚して1か月。
どうしても怖くて勇気が出なかった。
その為、夫婦の契りというものを昨夜初めて交わしたのだが……のだが……の……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
いや、夫婦なのだしやっちゃてもいいのだ。
倫理的にも何ひとつ問題はない。
とりあえず冷静にならなくてはいけない。
素数を数えないと!父様から小さい頃に教えてもらった心を落ち着ける儀式だ。
「…………よし!」
落ち着いたので反省会開始。
昨夜の体験ははっきり言って幸せの境地であった。
ここに至るまで、実は2回挑戦したが失敗していた。
いずれも途中で学生時代の恐怖がぶり返してきた私が泣き出してしまい中断。
自分から誘っておいて大変申し訳なく思っていた。
三度目の正直で上手くいったが気長に付き合ってくれた彼には本当に感謝だ。
脱ぎ癖のせいで普段から見慣れている彼の裸体がここまでまぶしく見える日が来るとは驚いている。
だが…………
「自分が不甲斐ない!」
ひとつ大きな目標は達した。
果たしてこれで満足していいのか。
ミアガラッハの当主を母様から継いだ自分がこれでいいのだろうか。
私は愛する夫に何をしてあげられたというのか、考えれば考える程己の不甲斐なさを感じてしまう。
今はこれでいいかもしれない。
だがいずれ何かしら彼にも不満がたまっていき、大きな溝になってしまうかもしれない。
そして辿り着く先は…………というのをこの間、結婚指南書で読んだ。
「ダメだわ。このままではいけない。彼に失礼だわ……」
私はある決意をして夫を起こさない様にベッドを抜け出すと服を着替え始めた。
□
目を覚ますといつもの通り、リリィは隣に居なかった。
時計を見ると8時。
今日は休日なので寝坊ではないがそれでも普段の彼女なら『いつまで寝てるの!』とかかと落としをしてくれるのだが……
ああ、なるほど。
昨夜の事があったからゆっくり寝かせてくれていたんだね。
何て心が優しい女性なんだろうか。
それにしても昨夜の経験は……とても甘美なものだった。
多くの壁を乗り越えた末だったので喜びもひと際大きかった。
彼女を探し家の中を歩くが気配がない。
もしかして洗濯物でも干しているのだろうか?
外の様子を伺うがやはり姿は見えない。
それどころか洗濯物も干されていない。
何だろう。胸騒ぎがする。
彼女は洗濯が好き、というか毎日洗濯しないと気が済まない性質だ。
母親が洗濯当番である事が多く、良く手伝っていた事を話してくれたことがある。
さほど広くない家の中を探す。
まさか、誰かに誘拐された!?
否、よく見れば机の上に僕の為に作ってくれたであろう朝食と書置きが残されていた。
どうやら何かしら急な用事が出来、慌てて出ていったという事だろう。
「良かった……」
胸をなでおろし、彼女の書置きを読んだ。
『昨夜の件でマムの所へ相談に行きます リリアーナ』
一瞬にして血の気が引くのを感じた。
やばい…………妻が家出した。
『マム』と言うのはこの国では一般的に義母を指す時に使う。
つまり彼女はようやく迎えた初夜の件で何か悩みを持ち母上に相談に……
「あわわわ………………」
どうしよう。
何が原因だ!?
昨夜の自分を振り返るがまあ、初めてながらよくやったと思っている。
トラウマを抱える彼女を思いやり大切に大切にアプローチをした。
だが現実として彼女は家出してしまっている。
何か彼女が深く傷つくような行為をしてしまったのかもしれない。
もしかして彼女に囁いた愛の言葉のどれかが地雷を踏んだのかもしれない。
そう、それこそ学生時代に彼女に乱暴を働いた男が同じような言葉を……
くっ!あの男は何処まで彼女を苦しめるというのだろう。
しかし、本当にこれはマズい事態だ。
彼女は学生時代に異世界へエクストリーム家出した女性だ。
その時はかなりの大騒ぎとなり彼女を捜索する過程で幾つかの地下組織が壊滅させられ治安が大幅に向上したりした。
ちなみに家出の原因を作ったのは…………僕だ。
まあ、そういうことなので彼女の家出は油断出来ない。
普通の家出とはレベルが、いや、次元が違い過ぎるのだ。
しかも普段は愛称である『リリィ』を使うのにわざわざ本名である『リリアーナ』と記している。
つまり、大分かしこまった状態でこの書き置きを残したわけだ。
近所に買い物に行ってくるとか走り込みをしてくるとはわけが違う。
まあ、今回は行き先がわかっているだけマシだ。
だがよりによって行き先はウチの母親の所だ。
彼女と母上の仲は良好そのものである。
もし夫婦間で何かあれば間違いなく母上は彼女の味方をする。
そして僕がぶちのめされる。
「いや、ここは躊躇っていても仕方が無い。彼女を迎えに行こう」
何が彼女を家出に至らせたか。
僕が気づかない所で彼女を傷つけていたなら改善しなければいけない。
それが僕が歩む道なのだから!!