第8話 A⑤
メアがいなくなったことに気を取られていたサリアとデズィであったが、そんなことはどうでもいいという様に声が聞こえてくる。
「そこに、だれかいるのか...?」
あの突然怪物に変身した男の声だった。眠りから目覚め、のそのそと床の上に座る。
そのことを知らないデズィが近づき話しかける。
「おいあんた大丈夫か?目が使い物になっていないぞ。」
「デズィ!その男から離れて、武器を構えて!」
サリアが焦って銃の引き金に指をかける。
「何言ってんだよサリア、この店をこんな有様にしたのは怪物だったはずだ。それにこの男は傷ついてる!」
デズィがサリアの銃から男を守ろうと前に立つ。
「あなたは何もわかっていないの。怪物は、その男よ。」
「なんだって...。」
驚いたのはもちろんデズィだった。
そしてもう一人、怪物だった男だった。
「嘘だ。俺は眠ってる間に何か...目をえぐられたんだぞ??嘘だ、俺は、おれは...。」
その男が本当に怪物のことを知らないということは誰の目から見てもわかった。
「そうだ、全部思い出したぞ。」
ついさっきまで何もわからずオロオロとしていたとは思えないほど、人が変わったように思えた。
男は何かを探すように床の上を這いつくばる。
「どこだ、どこにある...あのブツは。」
「どうやらサリア。あんたの言うことは正しいようだな。」
デズィは男から距離を取り大剣を構える。
「あった、これだ。これを刺せば俺は...俺は自由になる!!」
そう吐き捨てた男は右手に注射器を握りしめて立ち上がる。
そして、男はデズィのほうを向きニヤリと口角を上げる。
「最後に教えておこう。俺の名前はアント。またの名を囚人界のエースって呼ばれてる。冥土の土産に覚えておきな。」
そう言い放ちアントは自らの左腕に注射器を突き刺す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
左腕から伸びる赤黒い木の幹のような触手がアントの体に巻き付く。
「これが、”怪物”。」
デズィがつぶやいた。
あっと言うに怪物へと変貌したアントは殺気にまみれていた。
「サリア離れてろ、危険だ。」
「危険はあなたもよ。」
共に戦うことを決めた二人はアントのほうを向く。
「さぁ、かかって来いよこのアリ怪物野郎!!」
「”エース”と呼んでほしいね。」
デズィも気合の入った声とは違い切実そうな言葉だった。
サリアはマシンガンを、デズィは大剣を手に戦い始める。
マシンガンの弾はどれだけ多く撃とうとアントの肉体には入らない。
「やっぱり、この怪物には銃は効かない!」
アントはサリアに迫り殴りかかる。
「させるかよ!」
とっさにデズィが背中から斬りかかる。
「う、うがぁっ!!」
「き、効いてる?!」
アントの背中の傷口からどす黒い血が噴き出す。
「サリア、離れてろ。こいつには剣による攻撃でしかダメージを与えられないらしい。」
「で、でも。」
サリアはデズィ一人に戦わせたくはないと思っていた。
「いいから下がってろ!」
デズィは強引にサリアを店の外に引っ張りだし、アントも外へと誘い出す。
「こいよ!ようやく自由になれたんだろ?外に出てきたほうがのんびりできるぜ?」
デズィは狭い店の中から広々と戦えて自分に有利な外へと戦いのフィールドを変えるためにアントに呼びかける。
「そうかもなぁ。のんびりと、殺しあおうじゃぁねえか!」
アントが一飛びで店の中から外へと飛び出す。
向かい合うデズィとアントは互いに走り、詰め寄る。
デズィは大剣で斬りかかり、アントは自らの腕で受け止める。
腕から血が流れ出る。
デズィは刺さったままの刀身を振り切りバックステップを踏み距離を取る。
しばらくお互いに間合いを詰めず呼吸を整える。
「はぁ!」
デズィは素早く一歩を踏み出す。
正面からの攻撃に備えてアントは両腕を顔の前に出し防御の構えをとる。
しかし攻撃は来なかった。目が見えないアントは音でどこにどんなものがあるかは把握できるはずだった。
突然デズィの気配が消え、何が起こったのかと腕をおろす。
「どこへ消えた...俺の聴覚から逃れることができるわけが。」
「こっちだ。まぬけ。」
いつの間にか背後をとっていたデズィは避ける隙を与えずアントの分厚い脇腹を切り裂いた。
「うっうぐあっうあぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みに耐えようと咆哮を上げ、血がどくどくと流れ出る傷口を抑え座り込む。
「降参だ、もうやめろっ...。」
「お前みたいな怪物を放っておくと思うか?」
身動きを取らないアントの横にデズィが立つ。ゆっくりとアントの体は人間のものへと戻っていく。
「俺だってこんな体になりたくてなってるわけじゃねえんだよ、気づいたらこんな怪物にされて...。」
アントは情報を提供することが得策だと考え、デズィもそれに同意し続けろという様に首を振る。
「それで、だれがこんな体にさせた?」
「さっきあんたがやりあってた男と、そいつに護衛をさせている奴だ。」
メアのことだ。とサリアとデズィが目を合わせる。
「なるほどな。ほかには?」
「俺以外にも実験体はいる。こんなことやっちまったんだ、すぐお前を殺そうとやってくるぞ。」
震えた声のアントがここぞとばかりに睨みつけるがデズィは全く動じない。
「またお前みたいな怪物が来るのか?それとも...。」
「怪物だろうな。実験してる奴らは手を汚したくないだろしな...もう俺が知っていることはない。逃がしてくれ、頼むよっ!」
話している間に完全に人間の体になったアントはデズィに泣きつく。
「ほら、立てよ。」
デズィが少し離れ、何とか立ち上がるアントにどこかへ逃げるよう促す。
「ありがとう。あの薬さえなければ俺はこのまま生きていける。」
そのまま終わるかと思われたその時、見ていたサリアがアントの足に弾を撃ちこむ。
「あなたは私の仲間を殺したのよ?」
「てめえ...。」
怒りに身を任せたアントがサリアに襲い掛かる。
「くそ...。」
とっさにデズィが大剣でアントの腕を断つ。
「お前は俺を逃がすといっただろう!ゆるさね...ぇ...」
人間の姿で血まみれになったアントはそのまま倒れこみ眠りについた。