表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたへの道 〜ちびっ子勇者は育ての父親に恋をする〜  作者: 秋月真鳥
最終章 勇者と妖精種と聖女の結婚
98/100

8.怪我をした青慈との夜

 その日、朱雀の家には山鳥の肉や猪の肉を持って、猟師たちが謝りに来ていた。紫音と藍は公演のために山を下りた後だったので、青慈と朱雀が対応する。


「俺を庇ってくれて本当にありがとう。お陰で生き延びることができた」

「あれは紫音ちゃんが悪かったんだから、謝らないでください」

「いや、紫音ちゃんが止めを刺そうとしているときに、そばにいた俺が悪かった」

「紫音は手加減ができないんです。本当にご迷惑をかけてしまって」


 猟師の謝罪に逆に謝る朱雀に、猟師が真顔になっている。


「手加減ができない紫音ちゃんのそばに寄って行ってはいけなかったんだ。やっぱり、俺の責任だ」

「今回は誰も命に別状はなかったんだし、次回から気を付けるってことにしましょう」


 大人の対応をしている青慈に朱雀はときめきを隠せなかった。可愛いとばかり思っていた青慈がこんな風に猟師たちと大人のように会話をしているだなんて、朱雀はこれまでも聞いていたはずだが、新しい発見をしたようで嬉しかった。

 猟師たちが帰って行くと、青慈が長椅子から立ち上がろうとしている。


「青慈、今日は安静にしておきなさい」

「でも、お父さん、山鳥の処理をしなきゃ」

「私がやっておくよ」


 庭に出て山鳥の羽を毟って解体している間、青慈が気にしていたので椅子を持って来てそばに座らせておいた。内蔵は心臓や肝臓など美味しい部位以外は、猟師たちの犬にあげるために持って行く。


「晩ご飯は山鳥の唐揚げにしようか」

「美味しそうだな。あっ……」


 椅子から立ち上がりかけた青慈がよろけるのを、朱雀が抱き留める。肩を貸して歩けるようにして、居間の長椅子まで移動させてから、外に置いていた椅子を拭いて家の中に戻した。


「結構不便だな。早く治せたりしない?」

「大根と人参の葉っぱの湿布で、数日で治るとは思うんだが」

「お父さんも俺にばっかり構っていられないでしょう?」


 健気なことを言う青慈に、朱雀が身を乗り出す。


「青慈にばかり構っていいんだよ」

「え?」

「青慈の世話をするのは全然嫌じゃない。私にとっては青慈はずっと可愛い……ううん、私の夫だ。そうだろう?」


 息子と言ってしまうと青慈の機嫌を損ねそうな気がして、朱雀は素早く言い換えた。夫という響きに青慈が頬を染めている。


「俺、朱雀の夫……」

「結婚したんだ、青慈は俺の夫で、俺は青慈の夫だろう」

「う、うん。朱雀からそんな言葉が出るなんて思わなかった」


 顔を真っ赤にして喜んでいる青慈に、朱雀は内心で拳を握り締める。藍の言った通りになりそうな気がしている。

 怪我をしている青慈は朱雀の手助けがないと生活できない。それが数日の間だけでも朱雀と青慈の距離を縮めるには十分なのではないだろうか。


「晩ご飯を作る前に、お手洗いに行こうか」

「ひ、一人で行けるよ」

「本当に?」


 立ち上がった青慈が片足の痛みによろけるのを見て、朱雀が素早く肩を貸す。恥ずかしそうにしていたが、手を借りる以外に方法はないのだと悟った青慈は大人しくお手洗いに連れていかれた。

 お手洗いの前で待っていて、出て来るとまた長椅子まで青慈を連れていく。


「晩ご飯、すぐ作ってくるからな。これ、お茶。何か用事があったら呼んでくれ」

「もう、過保護なんだから」

「過保護なのは昔からだろう?」


 余裕を持って微笑むと青慈の方が真っ赤になって照れている。いい感じに主導権を握れているのではないかと朱雀は内心でにやにやとしていた。

 晩ご飯に山鳥の唐揚げと、心臓と肝臓の煮物を作って、蒸し野菜と一緒に出すと、青慈はもりもりと食べていた。怪我はしているが食欲が落ちているとかそういうことはないようだ。

 食べ終わった青慈を抱えて、朱雀は風呂に向かった。


「一人で入れるー!」

「小さい頃は一緒に入ってたじゃないか。遠慮することないよ」

「一人で入る! お父さんは、外で待ってて!」


 お風呂も手伝う気でいたが、完璧に固辞されて、朱雀は青慈が転んだりしないように風呂場の外で待っていた。風呂から出て来た青慈はぎこちなく着替えて、髪を拭いている。


「私も風呂に入ってくるから、少しだけ待ってて」

「少しじゃなくていいよ。お父さん、ゆっくり入って来て」

「ありがとう、青慈」


 ゆっくり入ってきていいとは言われたが、朱雀はできるだけ手早くお風呂を済ませて、居間に戻った。楽なのか長椅子の上に足を上げて、青慈は自分の書いた脚本の帳面を捲って読んでいた。


「明日は銀先生のところに行って、打ち合わせなんだよね」

「私もついていくから、安心して」

「お父さん、調合は大丈夫なの?」

「平気だよ。薬が足りてないって話は杏さんからも緑さんからも聞いてない。足首を見せて。湿布を貼り換えよう」


 新しい湿布に貼り換えるときに青慈の足首を見てみたら、紫に変色していたのが黄色に変わりつつあって、打ち身はかなり回復しているようだった。

 寝る時間になって、肉体強化の魔法を自分にかけて、朱雀が青慈を抱き上げると、青慈は顔を真っ赤にして両手で顔を覆っている。


「肩を貸すだけでよくない?」

「階段は危ないよ」

「抱っこの方が危ない気がするんだけど」


 蚊の鳴くような声で発せられる青慈の抗議は無視して、朱雀は青慈をお姫様抱っこで運んで寝室に連れて行った。失敗した二度目の初夜以来、青慈が入っていない朱雀の寝室の広い寝台に、青慈の身体をできるだけ丁寧に降ろす。


「朱雀……」


 青慈の手に招かれて、朱雀は青慈に口付けた。唇が触れあって、深くまで口付け合っていると、息が上がってくる。


「す、ざく……」

「せい、じ」

「んっ……ダメ! これ以上はダメ!」


 厚い胸を押されて拒否されてしまって、朱雀は内心で舌打ちする。このままだったら青慈も流されていたかもしれないのに。

 枕元にずっと置いてある香油は、今夜も使う機会を逃したようだ。


「有耶無耶にしないで。ちゃんと朱雀の言葉が聞きたい」

「私はずっと言っているよ。青慈が可愛いと」

「可愛いじゃなくて、愛してるかどうか知りたいんだ」


 愛が朱雀には分からない。

 藍は青慈に抱かれていいと考える時点で、それは愛なのだと言っていたが、本当にこの感情が愛なのか、朱雀には分からない。


「可愛いじゃダメなのか?」

「本当に朱雀が嫌がってないことを知りたいんだ。心から俺を受け入れてくれてるか、確かめてから行為に及びたいし……」


 何より、と青慈が続ける。


「俺も男だよ? こんな怪我した状態で朱雀を有耶無耶で曖昧なままに体の関係を持ちたくない」


 はっきりと告げる青慈に、朱雀は退くしかなかった。枕を並べて布団を被って寝る準備をしていると、青慈が泣きそうな声で言う。


「お、お手洗いに行きたい」

「連れていくよ」

「俺、這ってでも戻るから、朱雀は絶対にお手洗いの前で待たないで」

「そんなこと言われても……」

「俺のお願い、聞けない?」


 そんなことを真剣にお願いされるとは思わなくて、朱雀は勢いで頷いてしまった。お手洗いに青慈を連れていく間も、青慈は股間の辺りを押さえている気がする。それだけ切羽詰まっているのかと朱雀は急いで青慈をお手洗いに連れて行った。


「絶対待ってないで、寝室に戻ってね?」

「わ、分かった」

「絶対だよ!」


 お手洗いに入って鍵を閉める前に、青慈に言い聞かせられて寝室に戻ったが、気になって朱雀は寝台の上でそわそわとしてしまう。なんであんなに青慈は恥ずかしがっているのだろう。

 かなり時間が経っても青慈が戻って来ないので、朱雀が廊下に出ると、青慈は手を洗ってよろよろと壁に手を突きながらお手洗いから出てきたところだった。


「き、聞いてた!?」

「何を? 今、様子を見に行こうとしたところだよ」

「そ、そっか。よかった」


 なぜか安堵している青慈を抱きかかえて朱雀は寝台に戻る。寝台の上に青慈を降ろすと、青慈は端っこの方に転がって行って、布団を抱きかかえて目を閉じていた。朱雀はそっと青慈の後ろから抱き締めようとするが、青慈から拒まれているような雰囲気を感じ取って、手を引いてしまう。

 抱き締めたい相手が間近にいるのに抱き締められない。抱いて欲しい相手が間近にいるのに抱かれることはない。

 もどかしいような気持で、朱雀はその夜もなかなか寝付けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ