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あなたへの道 〜ちびっ子勇者は育ての父親に恋をする〜  作者: 秋月真鳥
最終章 勇者と妖精種と聖女の結婚
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6.襲ってきた触手

 表面上は青慈と朱雀の生活は特に問題もなく穏やかに過ぎていた。


「紫音ちゃん、先天性色素欠乏症の子兎の名前は何にするの?」

「どうしようかしら。青慈、決めてくれる? 青慈の方がこれからたくさん触れ合うでしょう」


 子兎の名付けを紫音にお願いされて、青慈はしばらく悩んでいたようだった。


卯花(うのはな)にしようと思うんだけど、どうかな?」

「卯花は白いものね。いいと思うわ」


 無事に子兎の名前は卯花に決まって、青慈は紫音と藍が遠出している間も白と雪と卯花の小屋に餌を運んでいた。庭に放すと白と雪は我慢ができるが、卯花は畑の薬草やマンドラゴラの葉っぱを見てそわそわしてしまう。散歩させるのも青慈が付きっきりでないと難しかった。


「お父さん、白と雪と卯花のお散歩と小屋の掃除は終わったよ。今日は猟師さんたちと山の見回りに行って来るね」

「青慈、私も同行していいかな?」

「いいけど、お父さん、何か山に用事があるの?」


 青慈に聞かれて、朱雀は青龍から借りた文献を広げて見せた。山の中に金花(きんか)という金色に輝く花が春に咲くのだという。その花を使うと化粧ののりが良くなったり、肌艶がよくなる化粧水が作れるのだと聞いて、朱雀は紫音と藍のために手に入れたかったのだ。


「マンドラゴラ歌劇団で歌うようになってから紫音も少しだけお化粧をするようになったし、藍さんもお化粧をしている。たくさん取れたら、杏さんや緑さんに分けてもいいと思うんだ」


 女性の肌のことはよく分からないけれど、化粧ののりがよくなるというのは嬉しいに違いない。


「私は祝われる立場に甘んじてしまって、紫音にも藍さんにも結婚のお祝いをできなかった。今からでも遅くないんじゃないかと思っているんだ」

「紫音ちゃんも藍さんも喜ぶと思うよ。俺も探すのを手伝う」


 猟師たちと少し離れて青慈と朱雀は金花を探した。小さな花が尖った細い草むらに生えているのを見付けて、朱雀が摘んで鞄に入れていく。夢中で収穫しているうちに、朱雀は近くに不穏な臭気が満ちているのに気付いていなかった。

 生臭い匂いがして、朱雀が顔を上げるとうねうねとした触手の真ん中に口が付いたような魔物が近くに来ていた。触手はねばねばとした粘液を伴っていて、それが触れたものを溶かすようだ。

 捕らえられた兎が毛皮を溶かされて、肉だけになって触手の真ん中にある口に吸いこまれていく。


「お父さん、危ない!」

「青慈、来るな!」


 触手に絡めとられて宙づりになった朱雀は冷静に鞄の口を閉じていた。中に入っている大量の薬草や魔法薬が零れ出ては敵わない。その間に朱雀の足を伝って粘液がズボンや長衣の裾を溶かし始めている。


「お父さんを放せ!」

「青慈、大丈夫だから」


 落ち着き払った朱雀が始めに唱えたのは自分の肌を守るための守護の魔法だった。続いて肉体強化の魔法を唱えて体の全体に行き渡らせる。

 腕に絡み付き、胸を探ろうとしている触手の粘液は服は溶かしても、魔法に守られた朱雀の肌を傷付けることはない。

 朱雀は思い切り腕を引いた。ぶちぶちと触手が千切れていく音がする。脚も引いて、宙づり状態から地面に降りると、千切れた触手が地面の上でのたうっている。


「お父さんによくも!」


 青慈の蹴りが触手の魔物の中心部に当たって、口の中から裏側までを貫通させた。自分が服を溶かされてあられもない姿になっていることに気付いていたが、先に触手に止めを刺すために朱雀が触手を魔法の炎で焼き払う。


「お、お父さん、これ!」

「先に家に帰って湯あみしておく。他にも触手が来てないか、青慈は見回ってくれ」


 青慈から借りた上着を羽織って朱雀は先に家に帰った。ぬとぬととする粘液をお湯で洗い流して、さっぱりとして出て来ると、青慈も戻って来ていた。


「触手は山の森の中に卵を産み付けてたから、全部焼き払って来たよ」

「お疲れ様、青慈」

「あ、あの、俺も、湯あみしていい?」


 なぜか真っ赤な顔になっている青慈に、朱雀は風呂場を譲って長椅子に腰かけて髪を拭く。髪を拭き終わると台所で調合を始めたが、青慈の風呂が長いような気がして、気になって風呂場の近くに行くと、出て来た青慈が飛び上がっていた。


「お、お父さん!? 何か、み、見た?」

「へ? 何を?」

「見てないならいい! いいんだ!」


 慌てるように自分の部屋に走って階段を上がって行く青慈が、きちんと上衣を着ていたのを見て、朱雀は僅かに違和感を覚えたが深く考えないまま調合に戻った。その日は青慈は自分の部屋で脚本を纏めているようだった。

 金花を使って作った化粧水は甘くいい香りがしていた。魔法の瓶に詰めて紫音の分と藍の分を分ける。また金花を取りに行けたら、杏と緑の分も作れるかもしれない。


「青慈、次に猟師さんと見回りに行くのはいつだ?」


 声をかけてから朱雀は居間に青慈がいないことに気付く。当然のようにいつも近くにいてくれるので、朱雀は青慈がいることに慣れ切っていた。


「青慈……」


 呟いた朱雀の口から自然とため息が漏れる。

 結婚生活は穏やかで一見順調のように見えるのだが、青慈と朱雀の間には深い溝がある。自分の部屋で眠ると宣言してから、青慈は朱雀の寝室に来なくなった。10歳で一人で寝ると決めたときにはあんなに泣いていたのに、今は朱雀の方が寂しくて堪らない。

 青慈を寝室に呼びたいのだが、朱雀はどう声をかければいいのか全く分かっていなかった。


「せ、いじ……」

「どうしたの、お父さん?」


 呟いた瞬間、青慈からの返事があって、朱雀は思わず青慈に抱き付いていた。抱き付かれて青慈は大いに戸惑っている様子だ。


「どうして、可愛いじゃダメなんだ? 私は青慈のことをこんなにも可愛く思っているのに」

「お父さん、それは父親としての感情じゃないの?」

「父親としてだったら、抱かれてもいいって思うものなのか?」


 逆に問いかけた朱雀に青慈が頬に手を添える。目を閉じると、朱雀の唇に青慈の唇が重なった。触れるだけの口付けかと思ったら、持って行かれるように深い口付けに変わって行く。舌を絡める口付けは初めてで、息をどうやってすればいいのか分からない朱雀に、青慈が急に顔を離した。


「青慈?」

「い、息、できない」

「青慈もか?」

「お父さんも?」


 青慈も朱雀と同じでどこで息をすればいいのか分かっていなかったようだ。


「こういう口付けのときの息の仕方は玄武から習わなかったのか?」


 口に出すと「玄武」という名前に棘が混じってしまうのは、朱雀が知らない間に玄武が青慈に男同士の行為を教えていたので仕方がない。青慈とは二人で学んでいくか、朱雀が教えたかったという思いがどうしても強いのだ。


「そ、そんなの、教えてもらってないよ!」

「そうか。それじゃ、口付けは私が初めてなんだな」

「元々、お父さん以外と口付けするつもりなんてなかったし、こういうのって、やってみなきゃ分からないことでしょう?」


 言われてみて朱雀はその通りだと納得した。青慈の涙目になっている顔が可愛くて、頬に手を添える。唇を重ねると、自然と深い口付けになる。鼻で息をしながら、唇が離れたときに口でも息をする。

 少しずつ口付けに慣れて来たところで、青慈が涙目のまま問いかけた。


「これでも、お父さんは俺のことを愛してないって言うの?」

「これは、愛なのか?」

「俺に聞かないでよ! ちゃんとお父さんの中で答えを決めて!」


 青慈に関して朱雀は可愛いという感情はあるけれど、これが恋愛感情なのかと問われれば答えに窮してしまう。


「口付けまでして、分からないなんて、酷いよ、朱雀」


 泣き顔になっている青慈が可愛くて眦に口付けて涙を吸ってやるのだが、それでもこれが愛なのか、恋なのか、朱雀にはよく分かっていなかった。

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