4.再びの初夜
昼の間に朱雀は青龍に連絡を取っておいた。畑の薬草やマンドラゴラはまだ収穫できる大きさには育っていない。魔法薬の貯えも冬の間に作った分が大量にあって、急いで作らなくてはいけない分はない。
昼食後に自分の部屋である寝室に閉じこもった朱雀を、青慈は訝しそうにしていたが、特に部屋に訪ねてくるようなことはなかった。
「青龍、そういう本を持ってないか?」
『そういうって、どういう?』
突然通信の魔法で問いかけられた青龍は、本を読んでいた途中のようで、本にしおりを挟んで立体映像で朱雀に向き直った。全身から湯気が出そうなくらい恥ずかしかったが朱雀は必死に口にする。
「男性と男性が……その、陸み合うような……」
『青慈くんと結ばれるのね! おめでとう! 朱雀がそれを言い出すのを待っていたのよ!』
「ちょっと待ってくれ! 転移の箱に送らずに直接私のところに送れるか?」
『送れなくもないけど……なんで?』
「そ、それは、なんででも! いいだろう!」
勢いよく返してしまうのも仕方がない。朱雀はとにかく恥ずかしかったのだ。青慈に知られることなく、男性同士の行為の方法を知りたい。玄武が教えたことなどすべて忘れるように、青慈を導きたい。その一心だった。
青龍から送られてきた本を読み漁って行くにつれて、朱雀はどんどん体温が上がって行く気がする。男性同士の行為ではどこを使うのか、そのためにどうすればいいのかなどが、医学的な見地も添えて書かれている非常に真面目な本だったのだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「こんな場所を使うのか……青慈にこんなことをして、本当にいいのか?」
青慈の中では受け入れるのは朱雀と決まっているのだが、受け入れる場所が場所なだけに、青慈の大事な場所をそこに入れてしまっていいのか真顔になってしまう。他に方法はないし、そうやって結ばれるしか方法がないのは分かったのだが、青慈は朱雀の裸を見て興奮するのだろうか。
小さい頃からお風呂には一緒に入っているので、朱雀は青慈に裸を見られている。隠すことなどないのだが、青慈は10歳くらいから一人でお風呂に入るようになって、それからずっと青慈の身体を見ていない。上半身裸で風呂上がりに居間を歩いている姿は見るが、下半身がどうなっているのかは確認したことがない。
青慈の下半身を想像したり、それを受け入れるのを考えるだけで朱雀は頭が煮えそうになっていた。
くらくらしつつ晩ご飯の準備をするために居間に降りて行くと、青慈は長椅子に座って書き物をしていた。新しい脚本の構想が浮かんだのだろう。帳面には大量の文字と舞台を想像した絵が描かれている。
「青慈、次の物語が決まったのか?」
「うん、今度は魔王視点で話を展開していこうかと思ってるんだ」
「魔王視点?」
魔族の領域に住む魔王は、青慈と紫音が倒して以降は自分の領域から出ることなく、魔族たちも他の国に攻め込んだり、悪さをしたりしているという話は聞かない。大人しくしている魔王がどうなっているかを、青慈は物語にしたいようだった。
「魔王は勇者大根と聖女人参に倒されてから、自分の領地に引きこもるようになる。その中で、四天王に愛されて、誰を選べばいいのか悩むんだ」
「四人から求愛されるのか」
「本当の愛を見出すために、魔王は四天王を試す。試された四天王は次々と魔王の言うことを聞いていく。その一つが、蕪姫の婚約者、サツマイモ王子の国を侵略することだったんだ」
魔王の物語は蕪姫の婚約破棄から始まる物語とも繋がりがあった。
「最終的にもう一度魔王を討伐しに来た勇者大根と聖女人参に魔王が倒されそうになったときに、四天王の一人が魔王を庇うんだ」
勇者大根と聖女人参に土下座して謝って、どうにか魔王に危害を加えさせないようにしようとする四天王の一人の姿に魔王は心打たれる。二度と他国を侵略しないことを誓って、魔王は四天王の一人と結ばれて幸せに暮らすというのがその物語だった。
「魔王側から見てみるのも面白いな」
「前作を見たひとも楽しめると思うんだよね」
「青慈はやっぱり才能があるな」
朱雀が褒めると青慈は頬を染めて喜んでいる。肌の色が白いので、青慈はすぐに頬が薔薇色になって感情が分かりやすかった。
二人で並んで晩ご飯を作る。晩ご飯が出来上がるまでには、銀鼠のところに練習に行っていた紫音と藍も帰って来た。
「明日からはまた公演の旅に出るわよ」
「新しい演目の練習もしっかりできたわ」
勇者大根と聖女人参の演目から、次は蕪姫の婚約破棄から始まる物語を演じるために紫音と藍は明日から出かけるようだった。晩ご飯を終えると朱雀はお風呂に入った。体を完璧に綺麗にして、青龍が本に添えてくれていたいい匂いのする香油も枕元の卓に置いておく。
準備万端で青慈が来るのを待っていると、寝間着を着た青慈が髪を拭きながら寝室に入って来た。こくりと喉を鳴らして朱雀は青慈が髪を拭き終わって寝台に腰かけるのを待つ。
「青慈、私がする」
「へ? 何を?」
「私が、全部教える」
「ど、どういうこと、朱雀!?」
驚いている青慈を寝台の上に倒すと、その腰に跨った朱雀に、青慈が青い目を見開いて驚いている。
「落ち着いて、朱雀。俺はしなくてもいいんだ。朱雀の気持ちがちゃんと定まるまで、待つつもりだったんだ。昨日は浮かれちゃって、つい、そういう雰囲気にしちゃったけど」
「玄武が教えたなんて許せない。青慈は私の天使なのに。青慈に大事なことを教えるのはいつも私でいたいのに」
噛み合っていない会話をしていることに朱雀は気付いていなかった。寝間着の上を脱ごうとすると、青慈が体を起こして朱雀の寝間着の前を閉じる。青慈の膝の上に座っているような状態なので、朱雀と青慈の顔が非常に近い。
「青慈……」
「朱雀、嬉しいんだけど……嬉しいんだけど、朱雀の気持ちは?」
「気持ち?」
「朱雀は、俺のこと愛してるの?」
問いかけに朱雀は躊躇うことなくはっきりと答えた。
「愛してるかは分からない。青慈はこの世で一番可愛い、天使だ」
「もう、朱雀! そんなんじゃなくて」
「愛とか恋とか、そんなこと言われても私にはよく分からない」
「分からないんだったら、止めておこう?」
「玄武が教えたんだろう? それは許せない」
「ねぇ、それって嫉妬じゃないの?」
青慈が苦笑しているのに、朱雀は全くその笑いの意味が分からない。
「なんで私が玄武に嫉妬するんだ?」
「自分が教えたかったなんて、俺には朱雀の独占欲にしか思えないよ」
「独占欲? そんなの当たり前だろう? 青慈は私の天使で、私が一番可愛がっているんだから、青慈に大事なことを教えるのはいつも私でないといけない」
「それを愛してるって言わないの?」
「愛とかは、よく分からない」
話が平行線になっているのには、朱雀自身も気付いていた。それでも青慈のことを愛しているかと聞かれれば、可愛いという感情はあるのだが、それが愛かどうか朱雀には分からないのだ。
「不毛だよ、お父さん」
「青慈……」
青慈が朱雀を「お父さん」と呼ぶのは、甘い雰囲気を壊すためだった。すっかりとその気が失せてしまった朱雀を青慈が抱き締める。ばさりと青慈の長い黒髪が流れて朱雀にもかかった。
同じ洗髪剤を使っているはずなのに、青慈の髪からは爽やかな香りがしている。抱き締める腕が緩まないので、朱雀は身動きが取れない。
「もっと時間をかけていいんだよ。無理をしないで、お父さん」
「ここで、お父さんって呼ぶのは、ずるいよ、青慈」
「お父さんはお父さんだもん。お父さんの愛情は今は『お父さん』としてのものでしかないんだから仕方がないでしょう?」
無理やりにことを進めようとしても、がっちりと青慈は朱雀を抱き締めて離さない。勇者としてものすごい腕力を持っている青慈は、朱雀を腕の中に閉じ込めるのも、押し倒してしまうのも、非常に簡単なのだ。それをしないのは、青慈が朱雀を待ってくれているからに他ならない。
「私は……青慈を……」
可愛いや、天使ではなぜいけないのか。確かに青慈を思っていることだけは確かなのに。
青慈の腕の中で朱雀は寝付けぬまま、夜は更けていった。




