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あなたへの道 〜ちびっ子勇者は育ての父親に恋をする〜  作者: 秋月真鳥
最終章 勇者と妖精種と聖女の結婚
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3.遅れて来たお祝い

 結婚式の翌朝も畑仕事は待っている。早起きした朱雀の腕に抱き締められて、青慈は健やかに眠っていた。昨夜はなかなか眠れずにもぞもぞと動いていたようだから、青慈を眠らせておいてやろうとそっと寝台から抜け出そうとした朱雀は、寝間着の裾を握られていることに気付く。

 熱を出したときも、一緒に寝ていた幼い時期も、青慈は朱雀の服の裾をしっかりと握ったまま眠っていたことがあった。懐かしく思いながら乱れた青慈の髪を整えていると、瞼が持ち上がって青い目が見える。ぼんやりとしていたようだが、朱雀を映した青い目が、はっと見開かれた。


「寝ちゃった……」

「私が寝ようって言ったからな」

「お父さん、酷いよ。俺、すごく気合入れてたのに」

「いや、それは、なんか、すまぬ」

「すまぬじゃないよー!」


 半泣きになっている青慈に、朱雀は謝りつつも、立ち上がって戸棚から着替えを出していた。普段着も朱雀は赤いものが多いのだが、赤い長衣は昨日の結婚式の衣装を思い出させて、朱雀は顔が熱くなる。肌の色が濃いので赤面していることが青慈には分からないのが幸いだ。

 着替えている途中に後ろから抱き締められて、朱雀は飛び上がりそうになった。寝間着を脱いで長衣に着替えるところだったので、まだ途中で朱雀は半裸だ。裸の背中に青慈の胸が押し付けられている。

 この薄い胸が意外と包容力があることを朱雀は知っている。


「青慈……畑仕事もあるし、紫音も藍さんも起きてくる」

「分かってる。分かってるんだけど……」

「青慈」


 窘めるように名前を呼ぶと、半泣きで青慈は離れて行った。青慈が着替えるを視界の端に入れて、朱雀は胸がときめくのが分かる。白い肌の青慈は、褐色の肌の朱雀とは全く違う生き物のようだった。

 組み紐を留めていく青慈に見惚れていると、頬に手を当てられる。そのままうっとりと目を閉じたところで、一階から紫音の元気な声が聞こえた。


「お父さん、青慈、おはよう! 起きられないなら、私と藍さんで畑仕事はやっとくけどー?」

「紫音、そんな大声で言わないの」

「言っちゃダメなの?」


 無邪気すぎる紫音の声に弾かれたように青慈と朱雀は離れて、そそくさと身支度をして一階に降りて行った。紫音と藍はどこか肌艶がいいような気がする。輝くような紫音の笑顔だけで、昨夜二人がどうなったのかを朱雀は感じ取る。


「玄武がいけないんだ、玄武が」


 男性同士の結ばれ方を知らなかったのは朱雀もよくなかったが、朱雀が学んで青慈に教えたかった。玄武に教わるのではなく、青慈のそういうことは全部朱雀が教えたかったという思いがわいてきて、その感情に朱雀は上手に名前が付けられず、心が落ち着かない。

 畑仕事を終えて湯あみをする青慈が長衣の前を開けて出て来るのに、世話を焼いて組み紐を留めてやるのもいつものこと。朝ご飯の用意を青慈として、食べ終わった頃に、麓の街から使いが来た。


「朱雀さんと青慈くんと紫音ちゃんと藍さんに会いたいひとが麓の街に来てるよ」

「国王の使いじゃないだろうな?」

「青慈くんと紫音ちゃんのお祖父ちゃんとお婆ちゃんって言ってた」


 麓の街からわざわざ知らせに来てくれた子どもにはお礼にお菓子を持たせて、朱雀は青慈と紫音と藍と麓の街まで降りた。宿にいたのは青慈と紫音の祖父母と、紫音の母親と夫だった。


「両親が足を悪くして、山道を登れなくて、結婚式に出られなかったんです」

「お祝いだけでも、言いたくて来ました」

「おめでとう、青慈、紫音」


 紫音の母親の説明では、青慈と紫音の祖父母は麓の街までは辿り着いていたが、山道を登れずに昨日の結婚式には参加できなかったようだ。紫音の母親も体が弱いので、山道を登って行くことが難しく、宿の子どもに頼んで朱雀の家に呼びに行ってもらったという。


「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ありがとう」

「私、藍さんと結婚できてとても幸せなのよ」

「青慈、紫音、本当によかった」

「おめでとう。二人が幸せそうな姿を見られるなんて、私たちはなんて幸せなんだろう」


 しわくちゃの顔をくしゃくしゃにして青慈と紫音の祖父母は泣いていた。喜びで流す涙というものがこんなに美しいものなのかと朱雀は驚いていた。


「青慈のことは大事に思っています。私のこの世で一番大事な天使で、可愛い子です」

「紫音とマンドラゴラ歌劇団で色んな場所を回っているんです。お二人の街にも行くかもしれません。ぜひ見に来てください」

「青慈のこと、よろしくお願いします」

「紫音をよろしくお願いします」


 安心させるように言った朱雀と藍の手を握って、青慈と紫音の祖父母は涙を流し続けていた。


「幸せ? 紫音」

「最高よ!」

「それならよかった」


 紫音の母親も微笑んでいた。


「最近、私の家に差出人不明の荷物が届くんです。お金とか、滋養にいいものとか入っていて」

「それでかなり体調がよくなったんですよね」

「ありがたいことですが、心当たりが全くなくて」


 不思議そうな紫音の母親に、朱雀は思い至ったことがあった。寺に下男として捨てられた紫音の父親と呼ぶのもおぞましい男が、改心して寺で修行に励んでいるという噂は聞いていた。お悩み相談をして稼いでいるという話だったが、それを紫音の母親に送っているのかもしれない。

 差出人を知ったところで紫音の母親はいい気分にはならないだろうし、朱雀は黙っておくことにした。


「きっと、神様からの贈り物じゃないかな」

「神様……そうなのかしら」

「受け取っておこう」


 朱雀の言葉に紫音の母親は納得していない様子だったが、何かを悟った紫音の母親の夫は彼女の肩を抱いて受け取ることを決めていた。

 青慈と紫音の祖父母からは花束が三つ贈られた。


「一つは、青慈の両親の墓に備えてくれますか?」

「青慈のご両親に報告に行ってなかった。ちょうどいいので行きます」

「ありがとうございます」


 青を基調とした花束は青慈に、紫を基調とした花束は紫音に、赤と黄色を基調とした花束は青慈の両親のために用意されたものだった。花束を受け取って、朱雀と青慈と紫音と藍は山道を集落に向かって帰って行く。途中で青慈の両親の墓に寄った。

 お墓に花束を供えて、青慈が手を合わせる。


「お父さん、お母さん、俺、朱雀と結婚したよ。これからずっと朱雀と一緒に幸せに暮らしていくんだ」

「青慈と結婚しました。青慈のことは大事にします、これまで以上に」


 愛だとか恋だとかいう感情は朱雀にはよく分からない。分かっているのは青慈がこの世で一番可愛いということだけだ。拾って保護したときから変わらずに青慈は朱雀の天使で、この世で一番可愛い存在だ。


「青慈のお父さんとお母さん、私、青慈の脚本でマンドラゴラ歌劇団を率いていくのよ。青慈の脚本から作られた歌を聞いて」


 紫音が歌い出そうとすると、藍がそれを手で制する。竪琴を取り出した藍に、紫音が小さく頷いて歌い出す。竪琴の音と紫音の歌が山の森に響き渡って行く。美しい歌声が途絶えた後に、藍が竪琴を鞄に仕舞って、お墓の前で手を合わせた。


「紫音と一緒に、青慈の脚本をしっかりと演じていきます。青慈はとても素晴らしい脚本を書くんですよ」

「藍さん、紫音ちゃん、なんだか恥ずかしいよ」

「青慈のお父さんとお母さんには知っておいてもらわなきゃ」


 藍と紫音に言われて、青慈はひたすら照れているようだった。


「ところで、青慈、昨日はどうだったの?」


 墓参りを終えて集落に帰る途中に紫音が単刀直入に聞いた言葉に、青慈が前につんのめってこけそうになる。


「ど、どどど、どうって、どういうこと?」

「そりゃ、決まってるじゃない」

「紫音ちゃんはどうだったんだよ?」

「うふふ。最高?」

「あー! もー! 狡いー! 紫音ちゃんだけ狡いよー!」


 まだ18歳になったばかりの青慈が子どものように悔しがっている様子に、紫音がニヤニヤしているのが分かる。これ以上聞かれないように逃げるように集落の中に入った朱雀を藍が足早に追って来る。


「朱雀さん、青慈は生殺しだったの!?」

「藍さん、それを聞く!?」

「大事なことじゃない」

「答えたくない! 私は答えない!」


 玄武が青慈に教えたことについて、本当は朱雀が全部教えたかっただなんて、嫉妬したことを藍に知られるわけにはいかない。そんなことを言えば、藍がなんというか、朱雀は考えたくもなかった。


「そもそも、私は愛とか恋とか分からないし」


 朱雀の呟きに、青慈が泣きそうな顔になったのには気付いていたが、朱雀はそれ以上青慈を庇うようなことは口に出せなかった。

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