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あなたへの道 〜ちびっ子勇者は育ての父親に恋をする〜  作者: 秋月真鳥
最終章 勇者と妖精種と聖女の結婚
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1.結婚式の当日まで

 春になれば朱雀は毎年のように畑の開墾に追われる。結婚式を集落で挙げてくれると計画している杏と緑も、自分たちの畑の開墾をしなければいけない。赤ん坊を抱えての開墾作業は大変だと分かっているので、朱雀は自分たちの開墾が終わったら杏と緑の畑を手伝うつもりだった。


「杏さん、緑さん、そっちの畑の開墾はいつかな? 私のところは明日辺り始めようと思っているんだけど」

「手伝ってくれるの? 悪いわ」

「助かるけど……いいの?」


 家族なのだから以前までは遠慮されたことなどなかったのに、今回は妙に遠慮されている気がして朱雀は首を傾げる。


「いいのも何も、杏さんと緑さんは家族だろう? 青慈も紫音も藍さんも、喜んで手伝うよ」

「結婚式前なんじゃない?」

「紫音と藍さんの新居は決まったの?」


 その件に関しては、紫音と藍から朱雀は申し入れられていた。


「お父さん、私、藍さんと離れの棟に住むからね」

「風呂場も手洗いも簡易台所もあるから、住むには困らないのよね」

「杏さんと緑さんの使っていた部屋も空いているし」


 改装は朱雀も手伝ったのだが、紫音は杏が元使っていた部屋に大きな寝台を入れて寝室にして、緑が使っていた部屋を自分の部屋にして、朱雀に本棚を壁に作り付けてもらって、荷物と大量の本を運び入れていた。

 春を前に朱雀の家の一階の紫音の部屋は空き部屋になっていて、離れの棟で紫音と藍は暮らし始めている。マンドラゴラ歌劇団で家を空けることも多いだろうが、帰って来たときには離れの棟で生活するのだろう。

 離れの棟と朱雀の家は繋がっているし、食事は一緒に取っているので、全く寂しいことはない。


「紫音と藍さんは離れの棟に住んでるよ」

「やっぱり、母屋は青慈と朱雀さんだけで使うのね」

「二人きりじゃないと新婚って気がしないものね」


 離れの棟に二人きりの紫音と藍、朱雀の家に二人っきりの青慈と朱雀。もうすぐ新婚になるのだと言われても朱雀はまだ実感がわいていなかった。結婚式を挙げたいと思うのは、単純に可愛い青慈と紫音の晴れ姿を見たいからだ。自分が結婚することなどあまり朱雀の中では問題ではなかった。


「お父さん、杏さんと緑さんの開墾はいつなのかな?」

「今聞いてるところだよ」

「明後日にしようかしら」

「そしたら、私はその次の日に」


 青慈が来ると杏と緑はにこにこと微笑みながら日程を告げて薬屋に入って行った。気を利かせて席を外してくれたのだと気付いたが、朱雀は気にしないことにする。家に戻っていると、濡れ縁の近くに子どもたちが集まっていた。紫音が歌を歌って、藍が竪琴を弾いて、大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫が踊って、演目が披露されている。


「新しい演目を紫音ちゃんとマンドラゴラたちが練習してるんだよ」

「雪も溶けたし、紫音と藍さんも旅立ちの季節か」

「結婚式まではいると思うよ」


 青慈の口から出る「結婚式」の言葉に、胸が高鳴ったのは青慈の声が甘く響いた気がしたからだろう。結婚しても暮らす場所も、青慈と朱雀との関係も、何も変わらない。

 そのときの朱雀は思っていたのだ。

 順番に朱雀の畑から、杏の畑、緑の畑と開墾していって、雪がまた積もらないのを確認してから、種蒔きをしていく。畑の世話は青慈と紫音と藍も手伝ってくれるので順調に進んでいた。

 種蒔きが終わって新芽が出る頃には、紫音のお誕生日が来る。

 結婚式は青慈のお誕生日に行われるので、紫音のお誕生日には朱雀がケーキとご馳走を作った。若鶏を一羽丸々焼いて、中に香草やお米を詰めた料理は青慈も紫音も大好物で、中のお米と共にたっぷりと鶏肉を食べていた。


「お父さん、ちゃんと食べられた?」

「食べたよ」

「私、自分が食べるのに必死になっちゃった! ごめんなさい! 藍さんの分、あったわよね?」

「大丈夫よ、紫音」


 朱雀と藍が青慈と紫音に食べさせるために、料理を残しておいたりするのを知ってから、青慈と紫音は朱雀と藍を気遣うようになった。それは嬉しいのだが、青慈と紫音には心置きなくたっぷりと食べて欲しいと朱雀は思っていた。

 朱雀はもう成長することはないし、藍も成長期は終わっている。まだまだ成長の余地のある青慈と紫音にはお腹いっぱい食べて欲しい。それにしても二人とも小さな頃からとてもよく食べる。それで全く太っている様子はなく、どちらかと言えば二人とも細身なのだから、成長期とは大量に熱量を使うのだろう。

 晩ご飯を食べ終えた紫音が藍の腕に腕を絡ませて、離れの部屋に行ってしまう。残された朱雀は青慈と二人で食器を片付けていた。


「後三日でお父さんと俺は夫婦になる」

「そうだな」

「朱雀……ずっと一緒だよ?」


 急に名前を呼ばれて、朱雀は洗っていた食器を落としそうになってしまった。動揺しているのがバレないように俯いて食器を洗うのに集中しているが、食器を渡すときに青慈と手が触れあって飛び上がってしまった。


「ぴゃ!?」

「朱雀?」

「にゃ、にゃんでもない!」


 妙に噛んでしまったが、青慈はそれを見て目を細めている。


「意識してくれてるんだね、朱雀。嬉しいよ」

「意識とか、して、ない」

「隠さなくてもいいよ。俺も朱雀と一緒にいてすごくドキドキしてる」


 心臓の音を聞かせたいくらい。

 耳元で囁かれて朱雀は思わず一歩下がってしまった。逃げたように見えたかと慌てる朱雀に、青慈が微笑む。


「可愛いよ、朱雀」


 自分よりもはるかに長く生きていて、青慈のオムツも替えた朱雀を、青慈は甘く微笑んで「可愛い」などという。本当にこれからもこれまでと同じように生活できるのか。朱雀は変化の予感に戸惑っていた。

 結婚式の朝、朱雀の家には杏と緑が来ていた。大量のご馳走が運び込まれて来る。

 水餃子、揚げ餃子、おこわ、焼き飯、骨付きの豚肉、鶏の丸焼き、揚げパンと、大量のご馳走は食卓も長椅子に挟まれた低い卓も埋めてしまった。


「こんなにたくさん、食べられないよ」

「青慈たちだけで食べるんじゃなくて、来てくださったお客様にも振舞うのよ」

「お腹空いたー! 朝ご飯にちょっとだけ食べていい?」

「紫音、こっちのお弁当箱に詰めてあるから、こっちを食べて」


 紫音が食べ始めたら止まらないということを杏も緑も知っている。朱雀と青慈と紫音と藍の分は、別にお弁当箱に詰めてあった。朝ご飯にそれを食べて、結婚の衣装に着替える。襟高の金銀の刺繍がされた真っ赤なこの国風のドレスを着た紫音と藍。朱雀と青慈はそれぞれに漢服の着付けを手伝う。狩衣や着物にも似た袖の長い漢服は真っ赤で刺繍がしてある。

 それぞれに真っ赤な刺繍のされた布の靴を履いて庭に出ると、庭にはひとが集まっていた。

 杏と緑が庭に敷物を敷いて、家に運び込んだ料理を並べていく。


「おめでとう、朱雀さん、青慈お兄ちゃん!」

「紫音お姉ちゃん、藍さん、これ、お花」


 杏の娘と緑の息子が紫音と青慈にそれぞれ花束を渡してくれる。色鮮やかな花に青慈も紫音も目を輝かせている。


「こんな綺麗なお花、どうしたの?」

「花屋さんから種を買って、お庭で育ててたんだよ」

「今日のために育てたの」


 綺麗な花を手にしていると、猟師たちからもお祝いを言われる。


「いつも青慈くんにはお世話になっています」

「結婚本当におめでとうございます」

「これからも一緒に集落を守っていきましょう」


 お祝いの言葉に頭を下げていると、杏と緑が茶杯を持ってきてくれる。


「お酒はまだ早いから、お茶で乾杯をしてね」

「おめでとう、青慈、紫音」

「ありがとう、杏さん、緑さん」

「ちゃんと牛乳が入ってる! ありがとう」


 受け取った茶杯で、青慈と朱雀、紫音と藍が乾杯をして飲み干す。誓うように飲んだ牛乳の入ったお茶は甘かった。

 結婚式は続いていく。

 次々と集落のひとびとが朱雀と青慈と紫音と藍に挨拶に来ている。


「おめでとう、紫音ちゃん、青慈くん」

「おめでとう、紫音ちゃん……あぁ、紫音ちゃんが本当に結婚してしまう」

「雄黄、まだ諦めてなかったの?」

「だってぇ」


 小豆と雄黄の姉弟もお祝いに来てくれた。雄黄は紫音の結婚に涙目になっている。小さい頃に雄黄は紫音に告白をしたことがあった。紫音はそれをあっさりと断って、藍と結婚すると告げた。淡い初恋の思い出はまだ雄黄の中にあるのだろう。


「幸せになって」

「もう幸せよ」

「そうか、よかった」


 泣きそうになっている雄黄の背中を、小豆が叩いて爆笑していた。

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