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9.藍の理想

 庭で土を掘ったり、人参や大根と追いかけっこをしたり、紫音と青慈の二人で噛み合っているのかいないのか分からないおままごとをしたり、二人は今日も元気に遊んでいる。柵の一部が壊れかけていることに気付いて修復した朱雀に、青慈と紫音を見ながら藍が真剣な声で話しかけて来た。


「大事な相談があるのよ」

「ここを出るつもりか?」

「違うわ。紫音についてのこと」


 紫音についての話ならば聞かなければいけない。青慈は作業を終えて道具を片付けながら藍の話に耳を傾けた。


「紫音を、お姫様みたいに育てたいの」


 朱雀でなければ藍の言うことを笑い飛ばすか、聞き返していたかもしれない。どこまでも藍は真剣だ。


「紫音の服は青慈のお譲りでしょう? 今はまだ小さいからいいかもしれない。もう少し大きくなってきたら……いえ、今からでも、私は紫音に可愛い格好をさせたい!」


 山奥の家で住んでいるのは朱雀と青慈と紫音と藍と杏と緑だけ。どれだけ可愛い格好をさせようとも、紫音を見て称賛するものはいない。そうであっても、藍は紫音に可愛い服を着せたいという。

 可愛い服というものは結構に動きにくいものや着せにくいものが多くて、紫音は今は青慈が1歳の頃に来ていた襟高の上衣とぷっくりとしたオムツを隠すカボチャパンツをはいていた。本当はズボンをはかせたいのだが、藍が可愛くないというのだ。


「紫音に可愛い格好か。まだ1歳だからなぁ」

「朱雀さんは、青慈を王子様のように育てたくないの?」


 問いかけられて、朱雀は青慈を見詰めた。毎日外で遊んでいるので裾が擦り切れたり、膝が破れて繕ってあったりする服を着ている青慈だが、できることならば朱雀は青慈に可愛い格好をして欲しかった。外遊びをするときには動きやすさを最優先にするが、家でゆっくりとしているときくらいは、青慈にいい服を着せてもいいのではないだろうか。

 王子様ではないが、青慈は朱雀の天使だった。


「すぐに育ってしまうし……」

「青慈と紫音がこの年でいるのは、今しかないのよ?」


 一瞬一瞬の可愛さを逃すことがないようにしたい。

 藍の言うことももっともだと朱雀には思えた。

 杏と緑に相談して、朱雀は少し遠い街まで出かけてみることにした。一日では帰れないので、泊りがけの旅行になる。3歳と1歳を連れての泊りがけの旅行は楽ではないが、行ったことのない大きな街に行けると聞いて、杏も緑もとても喜んでいた。


「私も新しい服を買っていい?」

「私も買いたいわ」

「緑さんお揃いにしましょうか?」

「色違いにしましょう」


 大きな街へのお出かけに浮かれる杏と緑はまだ十代の年相応で微笑ましい。藍は真剣に紫音の服を選んでいた。


「服を買いに行くときに可愛くない格好をしていくのは恥ずかしいからね」

「うー? あー?」

「着替えもオムツも持って行かなきゃ」


 大きな街には魔法のかかった道具を売っている店もあるということで、朱雀は一度行きたいと思っていたのでちょうどよかった。調合のための道具で壊れかけているものもあるし、新しいいい道具が出ていたら買い込みたい。青慈にも魔法のかかった道具を持たせてもいいかもしれない。

 麓の街に馬車を呼んで、朱雀は青慈を膝の上に座らせて、藍は紫音を抱っこして、杏と緑と馬車に半日揺られて大きな街まで向かった。途中でお昼のお弁当を食べたり、紫音のオムツを替えたり、青慈を排泄に連れていったりしたのだが、人手があるのでそれほど大変とも思わなかった。

 街について最初に行ったのは魔法のかかった道具の売っている店だった。

 朱雀が顔を出すと、若い店主が「あ!」と声を出す。


「前の店主から聞いてるよ。山に住む妖精種の賢者様が、この店には時々来てたんだって」

「賢者様じゃない」

「物凄くよく効く魔法薬を調合するって聞いてるよ。新しい道具も仕入れてる。見て行ってくれ」


 以前この街に来たのが何年前だったか朱雀は覚えていないが、そのときは年老いた店主がいた気がする。その店主からこの若い店主は店を引き継いだのだろう。

 調合の道具を見て、幾つか買ってから、朱雀は青い小鳥と、紫の小鳥を模した手の平に乗るくらいの小さながま口を一個ずつ買った。魔法で中身が拡張されていて、倉庫一つ分くらいは収納できるようになっている。

 買ったものは全部腰の小さな鞄に収納して、青慈と紫音を連れて近くの店を見て回っていた藍と合流した。杏と緑は街で買い物をして、宿で合流することになっている。

 藍と朱雀が向かった先は子どものための服を売っている店だった。店には可愛い服がたくさん売っている。服だけではなくて、髪飾りや帽子も売っていて、藍と二人で紫音と青慈に合わせては悶絶する。


「これ、ものすごく可愛くない?」

「こっちも青慈に似合う。青慈は本当に天使のようだ」

「紫音はお姫様だわ」


 うっとりと二人のための服を合わせて、大量に買い込んでしまった。少し大きいものも買ったので、成長しても着られるだろう。

 早速買った服を二人に着せて店から出る。青慈は鮮やかな青地に白い刺繍のある襟高の上衣に黒いズボン、紫音は襟高の飾りボタンがついた短いスカートのドレスで、ぷっくりとしたお尻をカボチャパンツが包んでいる。ついでに買った紫の花の髪飾りでふわふわの髪も高く括って結んでいてとても可愛い。


「紫音も青慈もものすごく可愛い……!」

「これよ! 私が見たかったのは! 最高!」


 朱雀と藍は可愛すぎる青慈と紫音の姿を存分に楽しんで宿に行った。宿では新しい襟高のワンピースを着た杏と緑が待っていた。


「藍さんの分も買ったのよ」

「三人で色違いのお揃いにしたの」

「結構買っちゃった」


 紫音と青慈のことばかりで自分の服など構っていない藍の分も緑と杏は買ってくれたようだ。


「ありがとう。嬉しいわ」

「私たち三人、姉妹みたいなもんだもんね」

「二人とも、大好きよ」


 一番年長の藍は二人に抱き付いて喜びを表していた。

 宿の一階は食堂になっていて、夕食をそこで食べることになった。食堂は騒がしく、周囲で話している声がよく聞こえる。


「魔王も動き出しているのかもしれない」

「魔族が上空に出たって街もあるらしいよ」

「まだ攻撃はしてこないけど、様子を伺ってるって」

「聖女様を探してるんだよ。聖女様はどこにおられるんだろう」


 街のひとや傭兵や警備兵らしきひとたちも食堂にはいる。噂話に耳を澄ましていると、朱雀のお膝の上で青慈が「ぎゃー!」と悲鳴を上げた。


「青慈、どうした?」

「あっちぃ!」

「あち、あち!」


 食べようとした包に挟んだ豚肉から垂れた汁が熱くて悲鳴を上げてしまったようだ。紫音も同じく手で食べようとして、熱さに涙目になっている。


「小さく切って、冷ましてあげよう」

「おとーたん、こあいおかお」

「え?」

「せー、ぽとってちたから?」


 怖い顔だと指摘されて、朱雀は自分が険しい表情をしていたことを知った。よく見れば青慈は膝の上に肉汁を落としていて、新しい服を汚してしまっている。


「ごめんなたい……きれーなふく……」

「怒ってないよ。それは青慈の服だから、汚しても怒ったりしないよ」

「せー、ぽとってちちゃった」


 せっかく買ってもらった新しい綺麗な服を汚したことを反省している青慈に、そんなことでは怒らないと伝えても、青慈は落ち込んだ様子で俯いている。


「洗えばいいから平気よ」

「私、お洗濯は得意よ」

「きれーなる?」

「任せて!」


 杏と緑がすかさず言ってくれて、青慈はホッとした様子でまた包に包まれた豚肉を食べ始めた。紫音の方は汚れるのなど構わずに手掴みで豚肉をお口に入れて、襟も袖も膝も汁でべちゃべちゃだった。

 朱雀と青慈と紫音が同じ部屋で、藍と杏と緑が同じ部屋だったが、藍が紫音をお風呂に入れてくれて、杏と緑が汚れた服を下洗いしてくれて、朱雀は青慈と一緒にお風呂に入った。

 初めての場所でお風呂に入るのに、青慈は朱雀の足にしがみついていたが、大根が湯船からお湯を掬って体を流して、湯船に飛び込むのを見て、青慈の緊張も溶けたようだった。

 頭を洗ってあげて、身体も綺麗に洗うと、青慈も湯船に飛び込んでいく。ざざーっとたっぷり張られたお湯が流れ出て、青慈は湯船で大根と一緒に遊び始めた。

 青慈の安全を確認しながらも、朱雀は自分の体と頭を洗う。長い銀色の髪を流していると、青慈の姿が見えなくなった。


「青慈!?」


 静かに湯船の中に沈んでいた青慈を抱き上げると、げほげほと水を吐いて泣き出す。


「ごろんだー!」

「湯船で滑って転んだのか。大丈夫?」

「はなにみず、はいっだー!」


 泣いている青慈を抱き締めながら、幼子はこんなことでも簡単に死んでしまうのだと朱雀は改めて恐ろしく思っていた。

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