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19.結婚指輪を

 冬の間は山は雪に閉ざされる。集落の住民は山を下りることができず集落に閉じこもるのだが、今年の冬は少し違った。青慈と紫音が転移の魔法を使えるようになったのだ。冬場は雪を掻き分けてなんとか麓の街まで降りることはあっても遠出をすることのなかった朱雀と藍も、王都や大きな街に気軽に行けるようになった。集落の住民に頼まれて、青慈と紫音は転移の魔法で麓の街や王都に行く駅のある大きな街に送り迎えをするようになっていた。


「送り迎えのお礼に、お金をもらっちゃったよ、お父さん」


 自分で稼ぐことがない青慈にとっては、転移の魔法でお金をもらうということは新鮮だったようだ。旅のマンドラゴラ歌劇団として稼いでいる紫音とは少しお金の扱いが違う。お小遣いは上げていたが自分で稼いだお金というのは少し意味合いが違うようだ。


「これでお父さんに指輪を買えるかな?」

「青慈、その金額じゃ安い指輪しか買えないわよ」

「そうか……」


 しょんぼりと肩を落として鞄から出した小さい頃から使っている青い鳥のがま口を握り締める青慈を、紫音が長椅子二台に挟まれた卓に導く。長椅子に座った紫音は自分の紫の鳥のがま口を取り出して、その中身を卓の上に並べだした。


「マンドラゴラ歌劇団の運営資金にこれくらいは必要で、私と藍さんの旅の資金にこれくらいは必要で……こっちが藍さんの取り分、こっちが私の取り分で、銀先生の取り分と、青慈の取り分は……」

「え!? 俺の取り分があるの?」

「当然よ。青慈がマンドラゴラ歌劇団の脚本家なんだから、青慈がいないと歌劇団は成り立たないのよ」


 差し出された計算されたお金を受け取って、青慈は紫音にお礼を言う。


「ありがとう、紫音ちゃん。紫音ちゃんが旅に出て、歌って稼いできて、俺は家でお父さんと過ごしてただけなのに」

「そんなことを言っちゃダメ! 青慈には才能があるのよ。青慈の物語だからこそ、みんなが引き込まれて夢中になったのよ。もっと自信を持って」


 いつも青慈のことをちょっと馬鹿にしているようなところのある紫音が、真面目に青慈を評価している。評価された青慈は誇らし気で気恥ずかし気な顔をしていた。


「お父さん、俺に指輪を買わせて」

「指輪の意味を知っているのか?」

「藍さんに教えてもらったよ。結婚のときに永遠の愛を誓うんでしょう」

「そうなのか!?」


 朱雀も結婚や婚約に指輪が使われるくらいのぼんやりとした知識しかなかったが、青慈ははっきりと指輪の意味を知っているようだった。心拍数が上がってドギマギとしている朱雀の手を恭しく青慈が取る。指先に口付けられて、朱雀は飛び上がってしまった。


「せ、青慈! 紫音が見てる」

「見てないから気にしないで続けて」

「紫音ちゃんもそう言ってるし、続けよう。お父さん、いや、朱雀、指輪を買いに行こう」


 指先に口付けたままで上目遣いに見つめられて、朱雀は言葉に詰まってしまった。背中を向けて長椅子に座っている紫音が、藍が部屋に入って来たのに気付いてお金を片付けて立ち上がった。


「藍さん、私と指輪を買いに行きましょう!」

「紫音、指輪が欲しいの?」

「藍さんに指輪を上げたいの。この意味、藍さんなら分かるでしょう?」


 ぎゅっと手を握り締めて藍の目を見詰める紫音に、藍が赤くなっているのが分かる。目を伏せてこくりと頷いた藍に、紫音が飛び付いて抱き締める。


「藍さんのこと、私頑張って幸せにする」

「それは無理よ、紫音」

「え!? 無理なの?」

「私は紫音といるだけで、ものすごく幸せだから、これ以上幸せにはなれないわ」


 くすりと大人の余裕の笑みを見せた藍に、紫音が白い頬を赤くして微笑んでいた。次の日に王都まで飛んで指輪を買いに行くことにして、朱雀と青慈は台所に立って夕食を作る。冬になってから海沿いの街の漁師からはあまり魚が届かなくなった。酪農農家からは変わらず牛乳や乳製品が届いている。

 転移の箱を開けて中身を確認するのも晩ご飯を作る楽しみだ。青慈が食材が入っていないか転移の箱を開けると、中に手紙が入っていた。


「紫音ちゃん、銀先生からだ」

「見せて見せて」


 手紙を手に取った青慈が紫音を呼んで、長椅子で本を読んでいた紫音が青慈に駆け寄る。手紙の内容は、新しい演目のことについてだった。


「蕪姫の婚約破棄から始まる物語、曲目に変更があったから近々王都に来ることがあったら寄って欲しいって書いてあるよ」

「明日銀先生のところに寄ってから行けばいいわね。青慈とお父さんは別行動でいいのよ?」

「俺も聞きに行かないといけなくない?」

「もう、気を利かせてあげてるのよ!」

「俺も聞いてから行くよ」


 朱雀と青慈が二人きりになれるように紫音は気を利かせるつもりのようだが、青慈は真面目に曲目の変更を銀鼠から聞くようだった。


「藍さんのお誕生日も近いし、指輪を贈れるのは嬉しいわ」

「紫音、私からも指輪を贈らせてね?」

「藍さん、嬉しい!」


 台所で青慈と朱雀が晩ご飯を作っている間に、紫音は藍にひしと抱き付いて喜びを噛み締めていた。

 翌日は青慈と紫音と藍と朱雀で、王都の銀鼠の屋敷に行った。銀鼠は快く朱雀たちを迎え入れてくれて、青慈と紫音と藍をピアノのそばに連れてきて、楽曲の変更した部分を聞かせていた。


「青慈くんはこれでいいかな?」

「え? 俺が意見を言っていいの?」

「青慈くんの脚本だから青慈くんの思うことを言っていいよ」


 銀鼠に促されて青慈が少し考える。


「この変更もいいんだけど、変更前の壮大な感じもすごくよかったんだよね。どっちも捨てがたいというか」

「それなら、こっちの変更はどうだろう」


 臨機応変に青慈の意見を聞いて銀鼠が更に変更を加えている。流れるピアノの音と銀鼠の歌声を聞いて、青慈と紫音が顔を見合わせた。


「これがいい!」

「これなら、ぴったりだわ!」


 青慈と紫音の意見も一致して、楽曲は無事に変更された。

 紫音が歌を練習し直して、藍も竪琴で変わった部分を練習している間に、青慈が朱雀の手を取って城下町に繰り出す。行き先は同じなのだが、紫音と藍と被ってしまうと青慈は恥ずかしいのかもしれない。

 宝飾店に入って指輪を見ていると、とても簡素な七宝焼きで色の付けられた黒い指輪が見えた。黒い金属に七宝焼きの青から緑に移り変わる輝きが一回り線として入っていて、とても美しい。


「青慈、これ、どうかな?」

「え? 俺に?」

「うん。私が青慈に指輪を買ってはいけない?」

「ううん! ものすごく嬉しいよ。お父さんのはこれにしよう」


 七宝焼きの線の部分が赤から橙色に移り変わるものを選んで青慈は手に取った。お互いの指にはめるときに、店員さんが教えてくれる。


「左手の薬指にはめるんですよ」

「そうなんですか?」

「心臓に一番近い位置だと言われています。結婚や婚約の誓いのときには左手の薬指に指輪を合わせることをお勧めしています」


 朱雀の左手の薬指に指輪をはめながら、青慈が白い頬を紅潮させている。


「俺とお父さん、結婚するって分かったみたいだよ」

「そう見えたみたいだな」

「結婚式の衣装の仕立て職人さんは間違ったのに、お父さんと二人きりなら間違われなかった。二人きりで来てよかった。紫音ちゃんに後でお礼を言わないと」


 結婚式の衣装を仕立てるときに、青慈は紫音と、朱雀は藍と恋人同士であると間違われたことを青慈は気にしていたようだ。朱雀はそれほど気にしていなかったのに、そんなことも気になるのかと青慈が可愛く思えて仕方がない。にやける朱雀に青慈は左手を差し出していた。


「お父さんも……朱雀も俺の指にはめて?」

「それじゃ、はめさせてもらおうか」


 青慈の手を自分の左手の上に乗せて、右手で指輪を持った朱雀が青慈の左手の薬指に指輪をはめる。朱雀のものもだったが、青慈に買う予定のものも、大きさはぴったりだった。


「朱雀、俺、幸せで泣きそう」

「青慈……」

「愛してる……愛してるよ、朱雀」


 急に抱き付かれて朱雀は青慈を抱き留める。まだ体の厚みは朱雀の方があるので何とか抱き留められたが、青慈は朱雀よりも背が高くなっている。ほっそりとして胸の薄い青慈の腕の中が意外に包容力があることを朱雀は知っていた。

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