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15.恋も愛も知らない朱雀

 気まずい夜を過ごした後で、青慈との関係が何か変わるかと怯えていた朱雀は、次の日思い切り寝坊をしてしまった。夜に寝付けなかったのだから仕方がないが、起きたら太陽はすっかりと登っていて朝だった。太陽が昇り切る前に畑仕事を終えておくのに、特に夏は日差しとの関係でできる限り日中は外で作業をしないことを心掛けている朱雀が焦って階段を降りて行くと、青慈が風呂場から髪を拭きながら出て来ていた。

 相変わらず上半身裸で朱雀はどきりとしてしまう。あの白い胸が薄いけれども意外と力強いことを朱雀は知っている。


「お父さん、おはよう。昨日は遅くまで起こしちゃったから、俺が朝の畑仕事はしておいたよ」

「びぎゃ!」

「びゃびゃ!」

「この子たちは収穫させてもらったから」


 髪を拭いている青慈の足元には、同じように小さな手拭いで身体を拭いているサツマイモマンドラゴラとジャガイモマンドラゴラが四匹、手を振っていた。サツマイモマンドラゴラは王子役で、ジャガイモマンドラゴラは魔王軍の四天王役だった気がする。


「薬草の収穫だけ行って来る! 青慈は服を着なさい!」

「下ははいてるよ?」

「上も着なさい!」

「暑いんだもん」


 普段と同じ会話に安心しながら、朱雀は帽子を被って外に走り出た。調合に必要な薬草の収穫をして戻ると、短時間でも汗びっしょりになってしまう。

 台所で料理をするとまた汗をかくので水浴びはせずに台所に立つと、青慈も朝ご飯の手伝いをしてくれる。

 少しだけ青慈の方が肩の位置が高くなったと実感しつつ、並んでご飯を炊いて、味噌汁を作り、魚の干物を焼いた。

 朝ご飯を食べると青慈が食卓で手紙を書いている。銀鼠への手紙だった。


「お父さん、これと帳面を銀先生のところにお願い」

「紫音が通信具を使えたし、青慈も転移の箱を使えるんじゃないか?」

「え? 使えるのかな?」


 勇者ということで青慈には昔から魔力は感じていた。青慈と紫音の普通ではない腕力も、勇者と聖女として生まれたこと以外に、魔法的な要因が関わっていそうな気はしていたのだ。

 魔力の弱い妖精種である朱雀でも転移の箱や通信の魔法は、魔法具として箱や通信具があるので、それに助けられて使うことができる。紫音が通信具を使うことができたのならば、青慈が通信具や転移の箱を使うことができてもおかしくはなかった。


「どうやって使うか教えてくれる?」

「まず、中に送りたいものを入れるんだ」

「分かった、帳面と手紙を入れればいいね」

「それから、送りたい相手を思い浮かべて、転移の箱に手を翳す。もう一度箱を開けて、中身がなくなっていれば、送れているよ」


 転移の箱は繋がりを作れば送ったり、受け取ったりすることは魔力がなくても可能だ。酪農農家や海沿いの街の漁師、紫音の転移の箱とはそのようにして最初から魔法的な道を作り上げているので、お互いにやり取りができる。

 魔力が必要なのは、道を作り上げていない場合だ。相手の元に転移の箱がなかったり、こちらの転移の箱との間に魔法的な道を築き上げていない場合には、一回ごとに魔力を込めて送り届けなければいけない。

 転移の箱に手を翳していた青慈が、箱を開けてみると帳面と手紙は消えていた。


「銀先生のところに届いたのかな?」

「そうだと思うよ」

「すごい、俺も魔法が使えた!」


 無邪気に喜ぶ青慈に朱雀も微笑んでしまう。魔法を使い始めた頃は朱雀もこんな風に一つ一つの小さな魔法が成功するたびに喜んでいた。そのうちに朱雀は自分の魔力が低いことを知って、他の妖精種たちができることができないという現実にぶち当たってしまったわけだが。


「青慈は勇者だから、もっと魔法の才能があるかもしれない」

「うーん、俺はあまりいらないかな」

「いらないのか?」


 転移の箱を発動させられたことに喜んでいたので、他の魔法も覚えたいのかと朱雀が思っていたら、青慈はそうでもない様子だった。


「お父さんと暮らす中で必要なだけでいいよ。俺は難しい魔法とかは使えなくてもいいかな」

「転移の魔法はどうだ?」

「お父さんをどこにでも運べるのは便利そうだけど、俺はお父さんのそばを離れるつもりはないからな。紫音ちゃんは転移の魔法が使えるかもしれないって言ったら喜ぶと思うよ」


 魔法を使うことはとても高尚で、選ばれたものがすることだというような思い込みが朱雀にはあったようだ。


「青慈はそうじゃないのか……」

「え?」

「魔法を使えたら、誰もが喜ぶんだと思ってた。私は自分が魔力が低いから、魔法を使えるものは特別に扱われて、名誉なことなのだとばかり思っていた」

「お父さんは移転の魔法を使えなくても、すごい魔法薬を作って色んな人を助けているよ。お父さんが移転の魔法を使えなくて不便に思っているなら、俺が使えるなら覚えてもいいけど」


 青慈の世界は朱雀を中心に回っている。

 朱雀が移転の魔法を使えなくて不便に思っているならば覚えてもいいが、そうでなければ必要がないと青慈は考えている。


「移転の魔法は便利だぞ? 大きな街にも、紫音のところにも、すぐに行ける」

「お父さんがそう言うんなら、覚えてもいいよ」


 あまりに無欲な青慈に朱雀は拍子抜けしていた。

 それでも移転の魔法は覚えられるなら覚えた方がいい。朱雀は使えないので教えられないから、教えてくれる相手を考えて、一番に浮かんだのが銀鼠だった。銀鼠に通信で連絡を取ると、話を聞いてくれる。


「紫音と青慈が魔法を使えるかもしれない。転移の魔法を覚えたらきっと便利だと思うんだ」

『紫音ちゃんと青慈くんが覚えたいなら、教えてもいいが、二人はなんて言っているんだ?』

「紫音は分からないけど、青慈は覚えてもいいって言ってる」

『それなら、三日後に紫音ちゃんと藍さんを迎えに行くから、そのときに朱雀殿の家に行こう』


 そこで銀鼠は転移の魔法を青慈と紫音に教えてくれると約束をした。

 話はそれだけだったが、銀鼠は通信をまだ切っていなかった。


『青慈くんの次の物語を見せてもらったけれど、なかなかいい曲が作れそうだ。台詞が変わるところとかあったら、またいつでも修正して送ってくれ』

「ありがとう、銀先生!」


 褒められて嬉しそうな青慈の頭を、朱雀はついくしゃくしゃと撫でてしまった。撫でられて青慈は目を細めて嬉しそうにしている。昨晩は大人の男の顔をしていたのに、今日はこんなに可愛い天使の青慈に朱雀は混乱してしまう。

 青慈のことを受け入れたい気持ちはあるのだが、それが青慈を恋愛的に好きだからか、青慈をどこにも行かないように縛り付けたいだけだからか、朱雀にはよく分からない。

 分からないままで、流されて関係を持ってしまおうとするのは、自分で決めるのが怖いからだった。


「青慈は私のこと、どう思ってる?」

「大好きだよ、結婚したい。お父さんは?」

「青慈は可愛い」


 可愛いのだ。

 とにかく可愛くて手放したくない。

 それだけは確かだった。

 青慈を誰かに奪われることなんて考えたくない。奪われたくないから自分のものにしてしまうために青慈に身体を明け渡すのが間違っていると分かっていても、朱雀はその方法を選びそうになっている。


「俺は、朱雀を愛してるんだよ?」

「知ってる」

「朱雀はどうなの?」


 掠れた低い声が青慈の唇から漏れて、それが甘い響きを持っていることに気付いて朱雀は戸惑ってしまう。すぐに答えを返すことができなくて、からからに乾いた喉を潤すために唾を飲み込むことしかできない。


「俺は誘惑になんて負けない」

「せい、じ?」

「俺ははっきりとお父さんが俺のことを愛してるって言ってくれるまでは、お父さんを抱いたりしない」


 宣言した青慈に、朱雀は胸を締め付けられるような気分になる。愛しているのかと言われれば分からないとしか答えられない。青慈は可愛いがこれが恋愛感情なのかどうか、朱雀には分からない。

 ただ青慈が自分のそばを離れて行かないことへの仄暗い喜びが胸を満たしている。

 こんなものを恋と呼んでいいのか、愛と名付けていいのか、朱雀には分からなかった。

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