12.朱雀の誕生日と近付く旅立ちのとき
「そこ、蕪軍団、一回転して」
「勇者大根は木刀をそこで振って」
「南瓜頭犬、吹っ飛ばされて倒れる!」
劇団員が揃って、青慈と紫音の指導にも熱が入る。藍の爪弾く竪琴の音色に合わせて、蕪の集団が踊り、勇者役の大根は勇ましく木刀を振って、襲い掛かっていた魔物役の南瓜頭犬は吹っ飛ばされて倒れる演技をする。
練習風景も面白いのか、子どもたちが集まって濡れ縁での演技を見守っていた。紫音の歌はついていないが、藍の竪琴の音色が練習に臨場感を添えている。
「びぎゃぎょえー!」
「ぎょわー!」
「びょわわー!」
大根も蕪も人参も、やる気十分だ。西瓜猫は目を離すと逃げようとするが、勇者役の大根に「びぎゃぎゃ!」と注意されて尻尾を引っ張られて、引き摺って連れ戻される。連れ戻される様子も愉快で、子どもたちはけらけらと笑っていた。
マンドラゴラ歌劇団の出発の日は近付いていた。
「お父さんのお誕生日に麓の街で初公演をしたいのよ」
「それを最初にして、旅に出ようと思っているのよね、紫音」
「うん、藍さん」
マンドラゴラ歌劇団のお披露目の日は朱雀の誕生日のようだった。
実のところ朱雀が正確な誕生日を覚えていないのを、紫音も藍も知っていた。夏のどこかの気が向いた日に朱雀は自分の誕生日を祝う。それでいいと考えていたのだ。
「お父さんのお父さんとお母さんって、妖精種の村にいるの?」
「いると思うけど、あまり関わりはなかったな」
青慈に問いかけられて、朱雀は正直に答える。
妖精種の恋愛というのはそれほど重要だと考えられていない。大事なのは自分たちの血を残すことだ。そのために一時的に夫婦のような形になるが、子どもができて生まれるとその子どもを置いて自分たちの好きなことをする。子どもを作るのは計画的で、何組かの夫婦が五十年くらいの間に纏まって子どもを産む。その子どもたちが集められて、兄弟姉妹として育てられる。妖精種の村の中に子どもたちを育てる施設があって、妖精種は子ども時代はそこで育つのだ。
子どもたちを育てる施設では、朱雀は魔力が低いことを馬鹿にされて嫌な思い出しかなかった。兄弟姉妹の玄武と白虎と青龍とは寄り添って仲良くしていたが、年長の子どもたちや年少の子どもたちから嘲りの言葉や、軽蔑の目を向けられていたのを知っている。
朱雀が勇者と聖女を育てて、その子たちが魔王を倒していなければ、朱雀は一生妖精種の村には帰ることはなかっただろう。
その話をすると、青慈が凛々しい眉をしゅんと下げる。
「それじゃ、お父さんの正確な誕生日を知ってるひとはいないのか」
「私の正確な誕生日を知りたいのかな?」
「うん。俺と紫音ちゃんの正確な誕生日も分かったし、お父さんの誕生日も正確な日に祝いたいんだ」
青慈の気持ちは嬉しかったが、朱雀は両親と連絡を取るつもりは全くなかった。両親も魔力の低い朱雀を見限って、子どもたちを育てる施設に一度も会いに来なかった気がする。
「誰かいないかな」
「青龍ならば、覚えているかもしれない」
本が大好きで、家中を書庫にしている青龍は、記録を取るのも好きだ。青龍に聞いてみればわかるかもしれないと朱雀が言うと、青慈の青い目が希望を讃えてきらきらと輝く。
「青龍さんに聞いてみよう」
首にかけた通信具で青龍に連絡を取ると、小柄な褐色の肌の青龍が立体映像で映し出される。
『朱雀、遂に結婚したの?』
「は? 何を言っているんだ?」
『玄武が、朱雀の可愛い青慈くんと紫音ちゃんが、不老長寿の妙薬を飲んだって言ってたから、そろそろ連絡が来るんじゃないかと思ってたわ』
玄武から青慈と紫音が不老長寿の妙薬を飲んだことは、青龍に筒抜けのようだった。苦笑しながらそうではないと朱雀は話題を変える。
「結婚の話じゃない。私の誕生日を、青龍ならば知っているんじゃないかと思って聞いてみたんだ」
『朱雀のお誕生日ね。ちょっと待って』
バタバタと青龍が走り出す気配を立体映像が伝えてくる。立体映像は青龍を中心に映しているので、朱雀と青慈には青龍の周りの景色が流れていくように見えていた。山積みになっている帳面を引きずり出して、帳面と本の山が崩れて、埃だらけになって、咳をして、くしゃみをしながら、青龍が一冊の古い帳面を持ち出してきた。
『えーっとね……もうすぐじゃない! 五日後よ!』
「お父さんのお誕生日は五日後なの?」
『そうよ。真夏に生まれたのね』
「ありがとう、青龍」
『どういたしまして。結婚したらちゃんと報告するのよ?』
結婚に妙にこだわる青龍に苦笑しながら朱雀は通信を切った。青慈が濡れ縁で歌を歌って大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫を踊らせている紫音のところに駆けていく。
「お父さんのお誕生日は五日後だったよ!」
「すぐじゃない! 準備を急がなきゃ!」
歌を中断して紫音が腰の鞄を開けると、踊っていた大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫が飛び込んでいく。全員を収納してから、紫音は藍のところに駆けて行った。
「お父さんのお誕生日は五日後よ」
「旅支度を始めなくちゃ」
麓の街で初公演をして、その日は集落に戻って晩ご飯を一緒に食べて、次の日から旅立つ予定なのだが、初めての公演の旅なのでどんなものが必要かも紫音にも藍にも分かっていない。できる限りのものは持って行くとなると、準備は相当大変なものになりそうだった。
「手伝ってあげたいけど、紫音ちゃんは女の子だもんね」
「藍さんは女性だからな」
男性の青慈と朱雀が手伝うのも難しい。男性には触れられたくないものもあるだろうし、二人きりで持って行くものを決めたいかもしれない。
代わりに青慈と朱雀は麓の街に降りて朱雀の誕生日の準備を始めていた。青果店で桃を買う。
「お父さん、俺、試してみたい料理があるんだ」
「どんな料理なんだ?」
「ジャガイモと人参と玉ねぎとお肉を、色んな香辛料で煮込んで、ご飯にかけて食べる料理なんだけど、王都で紫音ちゃんが銀先生の家で食べさせてもらったんだよ」
銀鼠の家で紫音と藍はお昼ご飯を食べて来ることが多い。そのときに食べた料理を青慈に教えてくれたのだろう。通信具を使って銀鼠に連絡を取ると、作り方と材料を教えてくれた。
『香辛料を転移の箱に送っておく』
「ありがとう」
『二日目が味が沁み込んでいて美味しいぞ』
「二日目だな」
豚汁も二日目が味が沁み込んでいて美味しいので、その料理もそういうものなのだろう。早めの仕込みが必要そうだった。
山の集落に戻って、誕生日の前日に朱雀と青慈は台所で異国の料理を作ってみた。
「か、かりー?」
「かれー?」
何と呼ぶのかよく分からないが、玉ねぎを飴色になるまで炒めて、ジャガイモと人参と鶏肉を加えて炒めて、水を入れて煮ていく。最終的に香辛料で味付けをして、小麦粉でとろみをつければ出来上がった。部屋中に香辛料のいい香りが漂っている。
異国の香辛料を使った料理は作り上げて氷室へ。桃のケーキも作り上げて氷室へ。後は誕生日当日を待つだけだった。
誕生日当日には、朝から畑仕事をして、朝ご飯を食べると麓の街に降りて行く。子どもたちは休みの日で、街の広場にはひとが集まっていた。
紫音と藍が鞄の中から板を取り出して、組み合わせて簡易な舞台を作り上げる。大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫が、舞台の上に上がった。
「それでは、マンドラゴラ歌劇団の初公演をご覧あれ!」
紫音の歌声と藍の竪琴で、大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫が踊り出す。
短い演目だったものを繋ぎ合わせて長い演目にしたそれは、一時間近くはあっただろうか。休憩なしで歌い上げた紫音と演奏した藍、そして演じた大根と人参と蕪と南瓜頭犬と西瓜猫に、子どもたちも足を止めて見てくれた大人たちも飽きることなく、最後は拍手喝さいで終わった。
満足した顔で紫音と藍が何度も頭を下げている。
山の集落の家に帰ると、子どもたちや大人たちに紫音と藍が囲まれていた。
「すごい公演だったね」
「楽しかった!」
「上手だったよ!」
「最高だったね」
褒められて紫音も藍も誇らし気である。
「お腹空いたー! お父さん、晩ご飯は何?」
明日からはこんな風に聞いてくる紫音の姿がない。そのことは寂しいが、紫音の門出を朱雀は祝うつもりだった。




