10.王都での逢い引き
青慈はもう17歳だが、まだ17歳とも言える。15歳の紫音が大好きな藍と王都で逢い引きしている事実を知っていて、青慈が羨ましいと思っていないはずはない。
紫音を迎えに来た銀鼠に朱雀はお願いした。
「私と青慈も連れて行ってくれないか?」
「お父さん、今日は王都に行くのかな?」
「紫音と藍さんが行ってるお茶屋さんに私たちも行きたくないか?」
青慈に問いかけると、青慈は青い目を輝かせて喜んでいる。
「よかったわね、青慈」
「紫音ちゃん、いいお店教えて」
「この前行った、異国のお菓子のお店が美味しかったわ。お父さんの作るようなふわふわのパンケーキを焼いてくれるの」
「生クリームと楓の蜜が添えてあったわね」
「楓の蜜? 楓は蜜が出るんだ」
紫音の教えるお店に青慈は興味津々だ。朱雀も店の場所を教えてもらった。転移の魔法で王都に着くと、紫音は銀鼠の屋敷で歌の練習をする。昼ご飯まではあまり時間がなかったので、朱雀と青慈は銀鼠の屋敷にいさせてもらうことにした。
長椅子で寛いでいると、銀鼠が低い卓の上に楽譜の束を置く。それを手に取って青慈が目を通している。
「何の楽譜だ?」
「マンドラゴラ歌劇団の楽譜だよ。銀先生に作曲してもらったんだ」
「青慈は楽譜が読めるのか?」
「ううん、読めないよ」
それならどうやってその曲を確認するのかと朱雀が聞く前に、居間の窓際に置いてあるピアノの前に立って、紫音が歌い始めた。銀鼠の伴奏に合わせて紫音が歌う。朱雀の隣りに来た青慈が楽譜を見せてくれて、それがその楽譜の曲だと分かった。
「この曲はこんな風にしてみたが、どうだろう」
「すごくいいと思う! 次の曲は?」
「次の曲に行こう」
「はい、銀先生」
青慈の脚本から書き起こした曲の楽譜を銀鼠が青慈に渡して、それを見ながら、青慈は銀鼠の伴奏で紫音が歌うのを聞く。
「たまには王都の銀さんのところに来ないといけなかったな」
「普段は紫音ちゃんから歌って教えてもらってるんだ」
「ピアノの伴奏があった方が……そういえば、マンドラゴラ歌劇団の伴奏はどうするんだ?」
マンドラゴラ歌劇団はこれまで山の集落で歌っている場合には、無伴奏で紫音の歌だけで演じていたが、これから本格的に街を回って公演をするとなると、無伴奏というわけにはいかなくなるだろう。
それに応えるように藍が自分の鞄から竪琴を取り出した。
「長い間朱雀さんの家で働いてもらってたお給金を溜めた分で買ったのよ。今、銀先生に竪琴を習っているの」
「藍さん、竪琴を練習していたんだ」
「夜に紫音が部屋に来て、二人で合わせて歌っていたりするのよ。朱雀さんと青慈にはもうちょっと上達するまで内緒にしていようと思ったけれど、知られちゃったわね」
笑いながら藍が椅子に座って小さめの竪琴を膝の上に乗せて爪弾く。その音に合わせて紫音が歌い出す。竪琴の音色と紫音の歌声はとてもよく合っていた。
王都に練習に行く前は、紫音は銀鼠が朱雀の家に通って来て、竪琴で歌っていた。ピアノを目にしてからは紫音はすっかりとピアノの虜になったかのようだったが、藍が竪琴を練習し始めてから、藍の演奏で歌うようにもなったようだ。
「藍さん、すごく上手」
「この年になって始めるなんて思わなかったけどね」
「年齢は関係ない。やりたいと思ったときに音楽は始めるものだ」
「銀さんもこう言って応援してくれてるの」
それに藍にとっては、不老長寿の妙薬を飲んだので年齢があまり関係なくなっている。そのことは言わなくても朱雀も分かっていた。
「藍さんが竪琴で演奏して、紫音ちゃんが歌って、マンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫が演じるマンドラゴラ歌劇団! すごく賑やかになるだろうな」
「初公演は麓の街かしら?」
「それは山の集落のみんなにも見に来てもらわないと」
嬉しそうに話す青慈と紫音に、朱雀も嬉しくなってしまう。可愛い子どもたちが幸せなのが朱雀にとっては一番嬉しいのだ。
藍の演奏と、銀鼠の演奏で歌う紫音の姿を見て、銀鼠の屋敷でお昼ご飯まで頂いてから、朱雀は青慈と王都の城下町に出た。まだお腹は空いていなかったので店を見て回る。
山の集落の子どもたちのために絵本を書いている青慈は絵具や筆も使っているので、画材を売っている店を見に行った。立派な筆や色鉛筆があって、青慈は目を奪われている。
「水彩色鉛筆だって。これ、なんだろう」
「これは、塗った後に濡れた筆で撫でると色が溶けだしてくるんです」
「すごい! 魔法みたいだ」
驚いている青慈に、朱雀は水彩色鉛筆の購入を決めた。他にも新しい筆や絵本のための水彩画用紙も買う。
「舞台の大まかな立ち位置とかを絵で描いて紫音ちゃんに説明するんだ。マンドラゴラにも見せたら、分かりやすいんじゃないかと思うんだ」
「マンドラゴラが理解するのかな?」
「お父さんの育てたマンドラゴラだから大丈夫だよ!」
無邪気に微笑んで言う青慈に、青慈がそういうのならばそうなのだろうと朱雀も納得する。画材を売っているお店を出ると、魔法具を売っているお店に行った。転移の箱の簡易なものが欲しかったのだ。
筆箱くらいの大きさの転移の箱を選んでいると、青慈がそれを覗き込んでくる。
「何に使うの?」
「紫音に持たせておいて、旅先から手紙を送れるようにしようと思ってね」
通信具をそれぞれ買ったので通信ができないわけではないが、それでは足りないこともある。舞台の雰囲気や立ち位置を伝える絵なども、青慈が送りたいときに送れるのならば便利だと朱雀は思ったのだ。
「紫音ちゃんと藍さん、本当に行っちゃうのか」
「あまり長期間は離れていないと思うけどね。銀さんも送り迎えしてくれることがあるみたいだし」
それでも月の半分くらいは紫音と藍のいない時間を朱雀と青慈は過ごすようになるのかもしれない。二人きりになるのは妙に期待してしまうが、それ以上にずっと一緒だった紫音と藍がいなくなることは寂しい。
少ししんみりしてしまった青慈と一緒に、朱雀は紫音が教えてくれた異国のお菓子のお店に行った。店内の椅子に座ると、お品書きが出て来る。そこには「パンケーキ」という記述もあった。
「紫音ちゃんが食べたのはきっとこれだよ」
「楓の蜜と生クリームを添えてあるって言ってたな」
「これにしよう、お父さん」
「あ、待った、青慈」
注文しようとする青慈を朱雀が止める。
「楓の蜜と生クリームを添えてあるパンケーキと、季節の果物を添えてあるパンケーキがある」
「えぇー! どっちも美味しそう! 俺、選べないよ」
楓の蜜は食べたことがないので興味津々の青慈は、季節の果物との間で揺れているようだった。
「楓の蜜と生クリームを添えてあるパンケーキと、季節の果物を添えてあるパンケーキ、どっちも頼もう。私と青慈で半分ずつにすればいい」
「いいの、お父さん?」
「もちろん、いいよ」
注文すると焼き上がるのにしばらく時間がかかると言われる。先に紅茶と牛乳を注文して、紅茶に牛乳を入れて朱雀と青慈は飲みながら話した。
「青慈のお話はどこまで続く予定なんだ」
「勇者大根と聖女人参のお話は、故郷に帰って育ての親と結婚するところで終わろうと思っているよ」
「その他の構想もあるのか?」
「蕪の姫の婚約破棄からの恋愛物語とか、捨てられた西瓜猫が拾ってくれた大根に恩返しをするお話とか、他にも色々考えてるよ」
勇者大根と聖女人参の物語が終わったら、次は蕪の姫の物語、その次は西瓜猫の物語と、青慈には次々と物語が浮かんできているようである。これならばマンドラゴラ歌劇団も演目を変えて長く公演を続けられるだろう。
「勇者大根の育てたちび大根の話とか、聖女人参の育てたちび人参の話とかも、そのうち書きたいって思ってる」
「青慈は物語が次々浮かんでくるんだな。才能がある」
「そうかな」
褒められて青慈は照れているようだった。
卓にパンケーキが運ばれて来る。楓の蜜は小さなガラスの瓶に入っていて、パンケーキに自分でかけるようだ。季節の果物は、苺が散らされていた。
ナイフとフォークという異国の食器が出てきて戸惑うが、包丁に近いようなものだろうと考えて、朱雀はナイフで二つの皿の上のパンケーキを半分に切って、その上に生クリームと苺をそれぞれ分けていく。
お皿の上に半分ずつのパンケーキを取り分けると二種類のパンケーキが一度に味わえるようになった。
「いただきます」
「美味しそう!」
手を合わせて朱雀と青慈は食べ始める。
たまにはこんな時間もあってはいいのではないかと、食べながら朱雀は思っていた。




