6.青慈17歳、紫音15歳
春の日に紫音の母親が夫と、青慈の両親の墓参りに来たのには理由があった。集落にも寄ってくれた紫音の母親は朱雀と藍に教えてくれた。
「朱雀さんと藍さんが育てたのだから、私が口を出すのもおこがましいと思っていたのですが、言っておいた方がいいかもしれないと夫が……。実は、明日が紫音の誕生日なのです」
これまで誕生日の分からなかった紫音の本当の誕生日を朱雀と藍はやっと知ることができた。
「青慈の誕生日もご存じですか?」
「青慈の誕生日は、紫音の三日後です」
はっきりと紫音の母親は青慈の誕生日も覚えていてくれた。誕生日が春だろうとは思っていたが、二人の誕生日が三日違いであることなど朱雀は予想してもいなかった。
「どうする? どっちの誕生日にケーキを食べる? 二回ともお祝いするか?」
「お父さん、二回もしなくていいよ。紫音ちゃんのお誕生日にケーキを食べよう」
「青慈のお誕生日には、青慈のお父さんとお母さんのお墓にお参りに行きましょう」
紫音の誕生日にケーキを食べて、青慈の誕生日には青慈の両親のお墓にお参りに行く。それで青慈と紫音は納得したようだった。明日が紫音の誕生日となると、朱雀は準備に追われることになる。
青慈と紫音と藍と一緒に山から下りて、麓の街で買い物をした。新鮮な苺が買いたかったのだ。青果店には他にも美味しそうな野菜がたくさんある。
「お父さん、天ぷらが食べたいな」
「漁師さん、海老をまた送ってくれないかしら」
青慈のお願いはもちろん聞くつもりだったし、紫音のお願いも誕生日なのだから叶えたい。天ぷらの材料となるサツマイモや南瓜や茄子や玉ねぎも買い込んで、山を登って家に帰った朱雀は、移転の箱に漁師宛てに手紙を書いた。どれだけ高くてもいいので海老を手に入れたいこと、明日は天ぷらにすることを書いて送ると、その日の箱の中には海老と烏賊が入っていた。手紙が添えてあって、料金はいらないと書いてある。
「『長年買っていただいているのと、お誕生日のお祝いだと思って受け取ってください』って書いてあるよ、お父さん」
「烏賊の捌き方も書いてある」
手紙を覗き込んで青慈と紫音が目を輝かせている。
もう十二年も前に行った海沿いの街の漁師との移転の箱での取り引きはずっと続いていた。魚が余らない日もあるので毎日ではないが、余りがある日や半端物がある日には移転の箱の中に魚介類の入った箱が届く。内容を見定めて朱雀は相場よりも少し高めの料金を払っていたので、取り引きは円満にずっと続いていた。
酪農農家とも取り引きが続いている。今日も新鮮な牛乳と生クリームとチーズが届いた。
朱雀は今回は新しいケーキに挑戦してみるつもりだった。
クリームチーズと生クリームを固めて、下にタルト生地を敷いたチーズケーキだ。それに苺を飾ると苺のチーズケーキが出来上がる。
仕込みを終えて朱雀は満足して紫音の誕生日に備えた。
次の日の朝は、子どもたちが紫音のところに集まって来ていた。山の集落の朝は早い。畑仕事をするために日が昇る前に動き出すのだ。子どもたちは早起きをして、学校に行く前に紫音に会いに来てくれたようだった。
「しおんおねえちゃん、きょうがおたんじょうびなんでしょう?」
「お誕生日おめでとう、紫音お姉ちゃん」
「またおうたをきかせてね!」
「しおんおねえちゃんのおうた、だいすきだよ!」
子どもたちの中には杏の娘と緑の息子もいる。祝福されて紫音はとても嬉しそうだった。
「誕生日なんていつでも構わないって思ってたけど、本当の誕生日が分かるのも悪くないわね」
「毎年、このくらいかしらって時期でお祝いしていたものね。紫音と青慈の本当の誕生日が分かって嬉しいわ」
「俺の誕生日は三日後か。俺も17歳になるんだな」
「私の方が誕生日は早かったのね」
「三日だけだよ?」
紫音の成長にしみじみとしている藍に、青慈と紫音は可愛い言い争いをしていた。それも微笑ましくて朱雀は頬を緩ませる。
その日の晩ご飯は青慈の希望通りに天ぷらにした。
「お父さん、海老天と烏賊天、ご飯の上に乗せていい?」
「いいよ。甘辛いたれをかけようか」
「私も天丼にする!」
山盛りのご飯の上に海老の天ぷらと烏賊の天ぷらを乗せた青慈と紫音に、朱雀が甘辛いたれを作ってかけてやる。あまりにも美味しそうに食べているので、そっと朱雀の分も青慈に分けようとしたら、止められた。
「お父さんはちゃんと食べて」
「青慈と紫音のお誕生日のご馳走だから」
「ダメ! 祝ってくれるなら、ちゃんと食べて」
断られてしまってしょんぼりとしていると、同じようなことを藍も言われていた。
「藍さんの分は藍さんが食べて」
「紫音に食べて欲しいのよ」
「ダメよ。私はもう、もらうだけの子どもじゃないの」
可愛がっている子どもに食べさせたいという思いは藍も同じだったようで、海老の天ぷらと烏賊の天ぷらを分けようとしていたが、紫音に断られている。自分たちが食べなくても青慈と紫音にたっぷり食べさせたいと思ってしまうのは、仕方のない親心なのだろう。
氷室から苺のチーズケーキを取り出してくると、紫音が椅子から立ち上がって歌う。歌に合わせて鎧を着た青慈の大根と、ドレスを着た紫音の人参と、スカートの付いたロンパースという赤子の服を着た蕪が踊っていた。
藍が紅茶を淹れて、紫音はそれにたっぷり牛乳を入れて、青慈は少しだけ牛乳を入れて、苺のチーズケーキと共に楽しんでいた。
紫音の誕生日の三日後に、小雨の降る中、朱雀は青慈と紫音と藍と一緒に山の中にある青慈の両親のお墓にお参りに行った。道中で花を摘んでいた青慈と紫音は、お墓に花を供えている。
「お父さん、お母さん、紫音ちゃんのマンドラゴラ歌劇団も少しずつ形になっていってるよ。俺も頑張って脚本を書いてる」
「死んだひとってどうなるのかしら、お父さん、藍さん?」
ふと疑問を口にする紫音に、朱雀はどう答えていいのか迷ってしまう。
「天国や地獄があるって信じているひともいれば、何もなくて無になるんだっていうひともいる。本当のところは、死んだら誰も戻っては来れないから、分からないんだけどね」
「青慈のお父さんとお母さんのお墓に話しかけるのは、聞こえているのかな?」
「青慈が聞こえていると思っていたら、それでいいんだよ」
ひとの生死という問題について、青慈や紫音と朱雀は深く話したことがなかった。話さないままに青慈も紫音も不老長寿の妙薬を飲んでしまって、寿命が常人よりもずっと長くなっている。朱雀と同じくらいの年月を生きることが朱雀にとっては嬉しいのだが、青慈や紫音にとっては、一緒に育ってきた小豆や雄黄が先に死んでしまうことになるし、藍にとっては仲良しだった杏や緑の死を看取らなければいけないことになる。
もっと早くにこういう話をしておくべきだったのかもしれない。親として朱雀は自分が抜けていたことを後悔していた。
「俺は、お父さんよりも一日でも長く生きたい」
「青慈?」
「お父さんは寂しがり屋だから、俺が死んじゃったら、ものすごく悲しくて生きていけなくなるよ。だから、お父さんよりも一日でも長く生きて、お父さんが安らかに亡くなったのを見届けてから、俺は死にたい」
それが何百年先の出来の出来事になるかは分からないが、青慈は朱雀の死を看取ってから死にたいと言ってくれている。ものすごい愛の告白をされているような気分で、朱雀は耳が熱くなるのを感じた。
肌の色が濃くなければ、赤面しているのがバレてしまっただろう。
「そうね、私も藍さんよりも少しだけ長生きしたいわ」
「紫音も私を看取ってくれるの?」
「そうよ。藍さんを泣かせたくはないもの」
青慈や紫音が先に死んでしまったら、朱雀も藍も、この身が千切れるほどに悲しんで、生きる意味を見出せなくなってしまうだろう。そんなことにはさせないと言ってくれる青慈と紫音は、本当に親孝行で朱雀は涙が滲みそうになった。
「今日は青慈のお誕生日だから、青慈の好きなものを作るよ」
「え? 俺は紫音ちゃんのお誕生日に天ぷらをお願いしたから、紫音ちゃんが食べたいものでいいよ」
誕生日でも青慈は紫音に譲る気持ちがある。紫音の誕生日のご馳走を青慈が決めたのは、青慈の誕生日にはケーキがないからだと思っていたので、朱雀は当然のように青慈の誕生日にも食べたいものを作るつもりだったが、青慈はその権利を紫音に譲った。
「海鮮丼が食べたいわ!」
「漁師さんは今日はお刺身になりそうなお魚を送ってくれてるかな?」
「移転の箱を見てみなきゃ」
海鮮丼をお願いする紫音に、青慈が食材のことを心配する。競うように移転の箱を確認するために走り出した紫音に、青慈も走って行く。木漏れ日の中で走って行く青慈と紫音を見て、朱雀と藍はゆったりと歩き出した。




