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5.マンドラゴラ歌劇団の団員計算

 マンドラゴラ歌劇団の団員はマンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫だ。

 団員を増やすにあたって、青慈と紫音はよく話し合ったようだ。


「俺の大根さんは俺のところに残って欲しいんだよね」

「私の人参さんは、私の歌で踊るのが好きよ」

「主人公を紫音ちゃんの人参さんにして、勇者役の大根を育てよう」

「あの蕪は藍さんに懐いているみたいだから、ついて来て団員として頑張ってくれると思うわ」


 その他にも、敵役や国王役なども決めなければいけなかったし、馬の代わりになる西瓜猫や南瓜頭犬も考えなければいけなかった。


「鈴ちゃんはそばに置いておきたいんだ」

「それなら、西瓜猫も必要ね」

「国王軍の騎士や兵士が南瓜頭犬に乗って登場する場面もあるよ」

「南瓜頭犬は何匹くらいなの?」


 長椅子に向かい合って座って綿密に計画を立てている青慈と紫音に、朱雀がお茶を出す。紫音は慣れた様子でお茶に牛乳を注ぎ、青慈が器に残った牛乳を茶杯に注いでいる。牛乳が好きな紫音のお茶は半分近くが牛乳になっていた。

 必要な数を紙に書いていくのは藍の役目だ。大根が何匹、人参が何匹、蕪が何匹、西瓜猫が何匹、南瓜頭犬が何匹と正の字を書いて数えていく。数え終えた紙は朱雀に提出された。


「これだけ団員が必要だから、お父さん、今年はマンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫を多めに育ててくれる?」

「分かったよ。マンドラゴラ歌劇団が本格的に動き出しそうだな」

「うん、応援してね」

「応援してるよ」


 紙を手渡されて青慈に朱雀は微笑みかける。青慈と紫音の夢だったマンドラゴラ歌劇団が形になって行くのを朱雀は一番近い場所で応援できるのが嬉しかった。

 種蒔きのときにどの畝にどの種を植えていくか決める。マンドラゴラや西瓜猫や南瓜頭犬を増やすとなると、飲ませる栄養剤も必要になるので薬草の量も増やさなければいけない。

 魔法薬ではなく普通の薬を作る薬草に関しては、今年だけは杏と緑の家に任せて、朱雀の畑では魔法植物とその栄養剤になる薬草だけを育てる計画に決まった。


「杏さんと緑さんも大変なのに申し訳ないな」

「いいのよ。今年はマンドラゴラを育てるのは厳しいって分かってたから、マンドラゴラは育てずに薬草だけにするわ」

「マンドラゴラには、マンドラゴラを育てるための薬草栽培もあって、手間がかかるからね」


 杏と緑に話しに行くと、薬屋の店番をしていた二人は快く引き受けてくれた。

 春の開墾は終わっていたので、作った畝に朱雀と青慈と紫音と藍で種を蒔いていく。種蒔きが終わると、水を撒いて青慈と紫音が畑に向かって祈っていた。


「立派なマンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫が育ちますように」

「団員になるのよ! よろしくね!」

「びぎゃ!」

「びょえ!」


 鎧を着た青慈の大根も、ドレスを着た紫音の人参も、一緒になって祈っているようだった。

 マンドラゴラ歌劇団の演目を一番に披露する相手は、集落の子どもたちだ。紫音が濡れ縁に出て来ると、子どもたちが庭に集まってくる。自分たちで敷物を持ってきている子どももいる。座ったり立ったりして、朱雀の家の濡れ縁を舞台に始まるマンドラゴラ歌劇団の公演を子どもたちは見る。

 透き通った紫音の歌声が響き渡る。

 国王に追われて兵士から逃げて来た大根勇者と人参聖女に、蕪の姫が付いてきている。


「びぎゃ! びょぎゃぎゃ!」

「ぎょわ!」

「びょえ!」

「びょわびょわ!」


 大根勇者は蕪の姫に王都に戻るように説得するのだが、蕪の姫はどうしても大根勇者についていきたくて戻ろうとしない。西瓜猫に乗って大根勇者と人参聖女が蕪の姫をまこうとするのだが、蕪の姫はものすごい勢いで転がってついてきてしまう。


「びょわ! びょえぎょわ!」

「ぴゃー!」

「びゃいびゃい!」

「びぃや! びぃや!」


 大根勇者が蕪の姫を愛することはないから諦めて欲しいと言っても、蕪の姫は聞かない。


「びょえー! ぎょわー! びょわー!」


 これまで父親の国王の言う通りに生きてきたが、これからは自分の思うように生きる。その勇気をくれたのは大根勇者だから、恋心が叶わないとしても大根勇者と一緒にいたいと切ない心の内を打ち明ける蕪の姫に、大根勇者もそれ以上止めることができず、同行を許してしまうのだった。

 紫音の歌に乗せて紡がれる物語に、庭の柵の手入れをしていた朱雀ですら見入ってしまった。あれが大根と人参と蕪だということは分かっているのに、王都で見た歌劇団のような素晴らしい演技と歌に引き込まれてしまう。

 子どもたちは立ち上がって拍手をしていた。


「青慈兄ちゃん、次はいつ?」

「つづきは、いつみられるの?」


 子どもたちが演じ終えて頭を下げている大根と人参と蕪に並ぶ青慈に声をかけている。青慈が物語を作っていることを子どもたちはよく知っているのだ。


「そうだな、いつだろう。銀先生が新曲を作ってくれないといけないから、もう少しかかるかも」

「それじゃ、明日は魔王を倒す場面をもう一回やってよ!」

「わたしもあのばめん、だいすき!」

「見たい、見たい!」


 続きができるまでの間は、これまでに演じた場面を見せることで子どもたちは納得して帰って行った。

 集落の周囲を取り囲んでいる柵を朱雀が点検しているのに気付いて、青慈と紫音もやってくる。


「お父さん、手伝うよ」

「柵が破れてたの?」

「破れてたわけじゃないんだが、少し傾いているなと思って点検してたんだ」


 外側から力が加えられたのが明らかなように柵が傾いている。青慈と紫音が素手で掴んで傾きを直しているが、原因を取り除かなければまた柵は傾いでしまうだろう。


「魔物がこの山に現れてるんじゃないかと思うんだ」

「猟師のおじさんたちが危ないわ」

「俺たち、マンドラゴラ歌劇団に夢中になりすぎてたかも!」


 山の中の見回りに青慈と紫音もついていくことが多いのだが、春になって山が開かれてから青慈と紫音はマンドラゴラ歌劇団の打ち合わせや開墾や種蒔きのために、猟師たちに同行していなかった。猟師たちでは倒せない魔物が山に来ているのかもしれない。

 この山は大黒熊の生息域でもあるから、違う生き物が来れば大黒熊が領域を荒らされたと戦いを挑む。それに打ち勝つようなものだとすれば、魔物としか考えられなかった。


「青慈くん、紫音ちゃん、化け物が出た!」


 門から駆け込んで来た猟師に、青慈と紫音が素早く走り出す。深靴を青慈は履いているし、紫音は腰の鞄から取り出した手甲を身に着けていた。


「怪我人がいるのか?」

「俺は命からがら逃げてきたが、化け物を引き留めてる奴らがいる」


 青慈と紫音を呼ぶためにその猟師は逃げて集落に駆け込んだようだが、集落に近寄らせないために足止めをしている猟師たちがいるようだ。怪我人が出る前に魔物を倒してしまわなければいけない。万が一怪我人が出たときのために、朱雀も同行することにした。

 門から出ると山の中で鳥たちが騒いで鳴いている一角があった。そちらに走って行くと、弓矢で猟師たちが魔物を牽制している。弓を射られても、分厚い毛皮が阻んでいるようだ。

 獅子の頭に山羊の身体、尻尾は蛇の魔物を朱雀は文献で呼んだことがあった。


「これは、合成獣(キメラ)じゃないか?」

「合成獣?」

「尻尾の蛇には毒があるはずだ。青慈、紫音、気を付けて」


 朱雀の言葉に青慈と紫音が頷き合った。


「おじさん、矢を貸して」

「へ? 弓はいらないのかい?」

「矢だけでいいわ」


 手を出した青慈と紫音に、猟師が矢を渡す。大きく振りかぶって、青慈が先に投げ、続いて紫音が矢を投げた。

 青慈の投げた矢は見事に蛇の頭を砕き、紫音の投げた矢が獅子の眉間に突き刺さる。血を吹き出しながらまだ抵抗しようとする合成獣の山羊の胴体に青慈が蹴りを入れて、獅子の頭に紫音が拳を突き入れた。骨の砕ける音が響く。

 肋骨と頭蓋骨を砕かれて合成獣は血泡を吐いて倒れた。


「朱雀さん、蛇に噛まれたひとがいるんだ」

「この薬を使ってくれ」


 蛇の尻尾に噛まれた猟師には、朱雀が素早く毒消しの魔法薬を振りかける。痙攣して苦しんでいた猟師も無事に命を取り留めた。


「やっぱり、俺はこの集落に残らないと」

「そうね。マンドラゴラ歌劇団は私が率いていくわ」


 勇者の青慈と聖女の紫音が共に集落からいなくなると、またこのように魔物が襲って来たときに対処ができなくなる。朱雀もある程度は肉体強化の魔法で対処できるのだが、青慈や紫音のようには上手く戦えない。

 青慈は集落に残る決意を固めているようだった。

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