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4.杏と緑の嬉しい知らせ

 春の雪解けが近付くと、朱雀は庭の畑の開墾に入る。毎年のことなので、朱雀の畑を開墾するときには青慈と紫音と藍が手伝ってくれていた。一緒に生活をしていた頃は杏と緑も手伝ってくれていて、朱雀と青慈と紫音と藍も、杏と緑の畑を開墾する際には手伝いに行っていたのだが、今では杏と緑はそれぞれに家庭を持って、畑も別々に分けて開墾しているようだ。

 朱雀が建てた杏と緑の家兼店は、今は完全に薬屋として機能していて、杏は家族と、緑も家族と暮らしていた。


「杏さんのところ、赤ちゃんができたんだよ。俺、教えてもらった」

「杏さんにも二人目ができたのか」

「今年は杏さんの畑の手伝いに行かない?」


 杏が妊娠しているのであれば、夫と娘だけでは開墾作業は厳しいので、青慈は今年は杏の畑の開墾を手伝おうと提案してくる。杏を慕う青慈の優しい気持ちに朱雀は心動かされた。


「そうだな。開墾の日を聞いて、手伝いに行こう」


 近所だから畑仕事をお互いに手伝うことはある。朱雀と青慈と紫音と藍が王都に行ったときなど、杏と緑に畑仕事を任せていたから、その恩返しもしなければいけなかった。


「杏さんの赤ちゃん、男の子かな、女の子かな?」

「どっちでもおめでたいことには変わりはないわ、紫音」


 微笑んで告げた藍がふと表情を曇らせる。


「紫音、私たちは結婚したとしても、可愛い赤ちゃんに恵まれることはないのよ?」


 真剣な眼差しで告げた藍に、朱雀は胸を射抜かれた気分だった。同性同士の結婚もこの国では当然のように行われている。だからこそ、考えたことがなかったのだが、青慈が朱雀と結婚するとなると子どもは当然望めない。


「藍さん、何言ってるの? お父さんは結婚してないけど、私と青慈のお父さんになれたわ。本当に欲しければ、子どもは引き取ればいいのよ」

「そうよね。紫音、その通りだわ」

「その子が私たちより先に死ぬとしても、私はその子を自立させるまで育てることを誓えるわ」


 不老長寿の妙薬を飲んでしまった紫音は、引き取った子どもよりも自分が長く生きることも理解していた。その上で、藍と共に子どもが欲しければ引き取って育てる覚悟をしている。


「青慈……」

「お父さんもそんなこと気にしてたの? 俺も紫音ちゃんと同じだよ。子どもが欲しければ引き取ればいいでしょう?」

「そんなことを考えていたのか」


 青慈も紫音も、朱雀が思っていたよりもしっかりしていた。単純に朱雀が抜けていただけとも言えるのだが、青慈も紫音も同性で結婚するということを真面目に考えていた。


「お誕生日が来たら、俺は17歳、紫音ちゃんは15歳だよ」

「私、16歳で結婚してもいいと思うの。藍さんも16歳で結婚したんでしょ?」

「えーっと、それは……」

「青慈だけ先に結婚するなんて許さないんだから!」


 別れた夫との結婚は16歳だった藍が答えに窮している。朱雀も何か言いたかったが、紫音と藍の結婚は二人の問題だ。


「それでもまだ一年以上あるんだからな」


 それしか言えない朱雀に、青慈がふっと甘く笑う。


「お父さんにとっては、一年なんて一瞬で過ぎていく時間でしょう?」


 妖精種の朱雀にとっては、一年も十年も一瞬だった。不老長寿の妙薬を飲んだ青慈と紫音と藍も、同じように一年も十年も一瞬になっていくのだろうか。


「俺、ちょっと服が小さくなった気がするんだよね」

「服が縮んだんじゃなくて、青慈が大きくなったんじゃない?」


 紫音に突っ込まれて、青慈が朱雀の隣りに立った。


「俺、お父さんより大きくなってる?」

「お父さんの髪がふわふわだから分かりにくいけど、青慈の方が背が高い気がするわ」


 青慈は朱雀の身長を抜かしていた。以前から抜かされているのではないかと勘付いていたが、はっきりと計って比べたのは初めてだったかもしれない。


「青慈の服を誂えに麓の街に行かないと」

「俺、まだ伸びるよ? もったいないよ」

「青慈、朱雀さんは青慈のこと、天使みたいに大事にして育てたいのよ」


 藍の言葉に青慈が青い目を見開く。


「て、天使!?」

「そう。私は紫音をお姫様みたいに育てたかった。そう言ったら、朱雀さんは青慈を天使みたいに育てたいって言ってたのよ」

「俺、天使じゃないよ!?」

「天使じゃないけど、青慈は優しくてすごくいい男に育ったわ」


 藍に言われて青慈は照れ臭そうにしていた。視線を向けられて朱雀はどきりと心臓が跳ねる。


「お父さんも、俺のこといい男だと思ってくれてる?」

「青慈は天使みたいに可愛いよ?」

「そうじゃなくて、いい男だって思われたいんだよ!」

「そう言っても、私にとって青慈は天使だからなぁ」

「もう俺は5歳の子どもじゃないんだよ」


 青慈がどれだけ自己主張しても、朱雀にとっては青慈は可愛くて可愛くて堪らない。きっと藍にとっても紫音は可愛くて可愛くて堪らない存在なのだろう。

 土を耕し終えると、次は杏の家の畑に朱雀と青慈と紫音と藍は向かった。鍬を振るう杏を、夫が止めている。


「無理をしないでくれよ」

「まだまだ平気よ」

「おかあさん、おなかにあかちゃんがいるんだからね。むりはだめ」

「もう、二人して心配性なんだから」


 苦笑している杏に、青慈が駆け寄った。その手からそっと鍬を外して受け取る。


「俺がするから、杏さんは休んでいてよ」

「青慈、いいの?」

「私もお手伝いに来たわよ! お父さんと、藍さんも!」

「ありがとう、紫音、朱雀さん、藍さん」


 助けが来たことが分かって、杏はやっと休むことに決めたようだった。家に入って行った杏の姿に、夫と娘がほっと息を吐いている。


「ありがとう、せいじさん、しおんさん、すざくさん、あいさん」

「妊娠初期は気を付けなきゃいけないのに、すぐに無茶をするから」

「おかあさん、ぐあいがわるくなって、ゆきのなかを、おとうさんがせおってまちまでおりたの」


 体調がおかしい杏に気付いた夫が、雪の中を掻き分けながら麓の街に降りて医者に診せたら、杏の妊娠が分かったのだと娘が話してくれた。


「無理をさせないように言われているけれど、杏は働き者で、少しもじっとしていないから」

「わたしとおとうさんで、いっしょうけんめい、やすんでいるようにいっているの」


 杏の夫と娘は杏を休ませるのに苦労しているようだ。開墾作業もやると言って聞かない杏に困っていたようだった。朱雀と青慈と紫音と藍が来たので、杏も手が足りていると思って家の中に戻った。

 手伝いに来ていなければ杏の体調が崩れていたかもしれないと思うと、青慈が申し出たことが本当によかったと朱雀は思う。

 鍬を振るって開墾作業を行っていると、杏の夫が話しかけて来た。


「緑さんのところも、妊娠したんじゃないかって話をしていたんだ」

「緑さんも?」

「朱雀さん、青慈くん、紫音ちゃん、藍さん、緑さんのところの様子も見に行ってくれないかな?」


 お願いされて朱雀は断る気はなかった。青慈を見ると頷いているし、紫音も当然のように緑の畑に行く気でいる。


「お茶が入ったわよー? 休憩しない?」

「もう終わったから、次は緑さんのところに行くよ」

「そう? またお茶を飲みに来てね?」

「きょうはありがとうございました」

「助かりました」


 杏の娘と夫にお礼を言われて、朱雀は次は隣りの緑の畑に向かった。開墾作業は今日は行っていないようだ。家を覗くと、緑が出て来る。


「今日は杏さんの家の開墾だったみたいだね。私も手伝いに行けばよかった」

「緑さんは平気なのか?」

「私? あぁ、聞いたのね。私は妊娠してるかもしれないってだけで、まだはっきり分かってないのよ。でも、妊娠してたら、また杏さんと同じ学年の子どもが生まれるわ」


 緑の息子と杏の娘は同じ学年で、去年から麓の街の学校に通っている。杏の妊娠が分かって、緑も妊娠しているとなると、下の子も同じ学年になる可能性が高い。


「杏さんのところの娘さんとうちの息子もよく宿題をしているし、同じ学年の子が生まれるのは助かるわ」

「緑さんも開墾のときは声をかけてくれ。手伝いに行く」

「ありがとう、助かるわ」


 杏も緑も妊娠しているだなんて、七年前のことを思い出すようで朱雀はしみじみとしてしまう。七年前も同時期に杏と緑は妊娠した。


「赤ちゃん、楽しみだね」

「男の子かしら、女の子かしら」


 生まれてくる赤ん坊を楽しみにしている青慈と紫音の二人も可愛くて、朱雀は微笑んで見守っていた。

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