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2.国王陛下に鉄槌を

 冬が来て山の中は雪に覆われた。山の中の集落も雪で閉ざされて、子どもたちは雪の中を元気に遊んでいる。庭の畑は完全に収穫を終えて、越冬するマンドラゴラ以外は全て株ごと抜かれて処理されていた。

 朱雀の家の濡れ縁では青慈が子どもたちに絵本を読んであげたり、紫音の歌に合わせて鎧を着た大根とドレスを着た人参とスカートの付いたロンパースという赤子用の服を着た蕪が踊っていた。

 大根は西瓜猫に跨って、人参も西瓜猫に乗せて旅立とうとする。

 大根に惚れているが自分を捨てて旅立とうとする大根を許せずに、蕪は爪楊枝を持って大根暗殺のために大根を追い駆ける。緊迫感のある場面で、蕪に刺されそうになった大根は、蕪の手から爪楊枝を奪う。


「びぎゃ!」

「ぴゃー!」

「びょえ! びょわ!」

「ぴゃんぴゃん!」


 悲し気に訴えかける蕪に、大根は告げる。


「びぎゃぎゃ! ぎょえ! ぎょわわ!」

「ぴゃー!? ぴょえー!?」


 何を告げているか分からないのだが、蕪はそれで納得したようだ。

 濡れ縁に出て白と雪に食事の残りの野菜くずをあげながら見ていた朱雀は、こっそりと青慈に聞いてみた。


「あれはどういうことなんだ?」

「どれだけ自分を愛しても、自分には愛するひとがいるって、大根が蕪を説得したところだよ」


 大根は畑で自分を育ててくれた人間の賢者を愛している。そのことを蕪にはっきりと告げて、蕪に諦めるように言ったのだと青慈は説明してくれた。


「ネタバレになっちゃうけど、あの後で蕪は望まぬ相手と結婚させられそうになって、大根が助けに行って、やっぱり大根を諦めきれずに旅についていくことになるんだけどね」


 青慈の頭の中では物語の先まで決まっていた。

 大根と人参と蕪の演目が終わると、大根と人参と蕪が並んで深々と頭を下げる。頭を下げ過ぎて蕪はころんころんと転がって行ってしまっていた。転がった蕪を、見ていた子どもが抱き留めて濡れ縁から落ちないようにしてくれる。

 子どもたちの拍手に包まれてマンドラゴラ歌劇団の公演は終わった。


「お父さん、国王に手紙を書いてくれないかな?」

「何の手紙だ?」


 国王とは分かり合えそうにないので今後一切連絡を取るつもりがなかった朱雀だが、青慈に言われると心が動く。青慈は真剣な眼差しで朱雀に言った。


「勇者も聖女も不老長寿の妙薬を飲みました、今後一切勇者と聖女に関わって来ないでくださいって」


 以前の手紙のやり取りで、勇者と聖女の血を残すか、不老長寿の妙薬を飲ませて長くこの国の守りとするのならば、国王は今後勇者と聖女に関わって来ないと書いてあった気がする。読んだときには冷静ではなかったので、朱雀はよく中身を覚えていなかった。青慈はしっかりと中身を覚えていて、国王に二度と自分たちに手を出してこないように誓って欲しいようだった。


「そんな大事なことを書いてしまっていいんだろうか」

「俺が不老長寿の妙薬を飲みたかったのは、お父さんと一緒にずっと生きていきたかったのは一番の理由だけど、何より、二度と俺の邪魔を国王にされたくなかったからだよ」

「そうだったのか、青慈」


 青慈には夢があった。

 マンドラゴラ歌劇団を作って、青慈の書いた脚本でマンドラゴラたちを演じさせて、紫音が歌を歌って、色んな街や村を回るのだ。そこで子どもたちに娯楽を与えたい。

 その夢を叶えるためには国王の妨害が一番の問題だった。


「青慈が言うなら書くよ」


 手紙をしたためて、朱雀は国王に二度と勇者と聖女に関わらないように誓うように請求した。それなのに返って来たのは想像と違う文章だった。


「勇者と聖女の長い生を祝って国を挙げての祭典をする!? そこに勇者と聖女も出席して欲しいだと!?」


 話が違うと怒る朱雀に、青慈も紫音も呆れた表情だった。


「もう関与しないって言っていたのに」

「こんなことだと思ったのよ。何かと理由を付けて私たちを王都に招きたいんだわ」


 国王と敵対するとこの国に居づらくなってしまうが、もうどうしようもないところに来ているのかもしれない。一度は国王に青慈も紫音も思い知らせなければいけない時期に来ている。

 それを悟った朱雀は、青慈と紫音に確認を取った。


「王城に行ってみるか」

「あっちが回りくどく執念深くやってくるのに、こっちが攻め入るのね」

「王城って壊せるかなぁ」


 物騒なことを言っている紫音と青慈を普段の朱雀ならば絶対に止めた。それをしなかったのは長年に渡る国王からの要求に朱雀も辟易していたからだ。いい加減に国王は自分の立場というものを理解した方がいい。


「藍さん、一緒に来るか?」

「行くわ! 紫音が暴走したときに、止められるのは私だけでしょう?」


 もう藍の中では暴走することが決まっている紫音に、朱雀も何も言えなかった。

 銀鼠にお願いして王都まで転移の魔法で連れて行ってもらって、朱雀は青慈と紫音と藍と王城に向かった。城下町は勇者と聖女の不老長寿を祝う雰囲気で浮かれている。


「勇者の青慈と、聖女の紫音だ」

「勇者様と聖女様が来てくださった! 国王陛下にお知らせせねば!」


 王城の入口で朱雀が青慈と紫音のことを言えば、兵士は急いで国王に知らせに行く。朱雀と青慈と紫音と藍は、謁見の間に通された。

 玉座には老齢の国王が座っている。


「膝もつかずに無礼な奴らだが、勇者と聖女なので特別に許そう。不老長寿の妙薬を飲んだという話ではないか。これでこの国も安泰だ」


 偉そうにふんぞり返っている国王の周囲には兵士たちが槍を持って警戒している。勇者の青慈と聖女の紫音の強さは国王もよく知っているのだろう。


「不老長寿の妙薬、誠に成功するとは思わなんだ。その不老長寿の妙薬を、我にも作って献上することを許そう」


 国王の目的は最初からそれだったのだ。

 勇者と聖女を長く生きさせてこの国を魔王から守る抑止力とする名目で、不老長寿の妙薬の実験台として青慈と紫音を使って、自分が成功した不老長寿の妙薬を手に入れる。汚い国王の思惑に朱雀が顔を顰めたときには、紫音は走り出していた。


「えいっ!」


 謁見室に据えられている重そうな立派な玉座を持ち上げて、紫音が軽々と壁に投げつける。玉座ごと投げられた国王は、玉座が壁に刺さって、壁の下に自分だけ落ちて腰を抜かしている。


「この壁、そろそろ張り替えた方がいいんじゃないかな? とう!」


 無造作に青慈が玉座の刺さった壁を蹴る。壁に大穴が空いて、国王の上に玉座が落ちてきそうになった。

 腰を抜かしたまま震えながら玉座を避ける国王に、呆気に取られていた兵士たちが槍を構えて青慈と紫音を取り囲む。


「俺と勝負して勝てるつもりでいるの?」

「私、こんな槍、簡単に折れるのよ?」


 向けられた槍をぽきぽきと折って行く紫音と、蹴りで槍を巻き込んで粉々にする青慈。武器を失った兵士たちはどうしようもなく狼狽えている。


「国王さん、もう俺たちに構わないで」

「私たちは自由に生きるわ」

「安心して、魔王が来たら倒してあげるから」

「そのとき以外は私たちに干渉してこないで!」


 青慈と紫音の言葉に、がくがくと震えながら国王が頷いている。その股間がじんわりと濡れて尿臭が部屋の中に漂い始めていた。

 失禁した国王を捨て置いて、青慈と紫音は朱雀と藍と共に王城を出た。銀鼠の屋敷まで戻ると、銀鼠が苦笑して朱雀と青慈と紫音と藍を迎え入れてくれた。


「国王陛下もこれで懲りただろうな」

「一度、きっちりと現実を見せてやらなきゃいけなかったのよ」

「紫音ちゃん、私は紫音ちゃんと青慈くんに言っていなかったことがある」


 銀鼠の真剣な表情に、出してもらったお茶を飲みながら青慈と紫音が話を聞く。


「魔王がまだこの国に侵略して来ようとしていた頃に、私は王都に一人暮らす妖精種で、魔王にも狙われていた。何度か攫われそうになって危ない場面もあった」

「銀先生にそんなことが!?」


 妖精種の村を離れている妖精種を攫おうと魔王はしていたようだから、銀鼠が狙われていてもおかしくはなかった。


「魔王が倒されて、この国との和平が結ばれて、私は身の危険を感じずに生きることができるようになった。青慈くんと紫音ちゃんには本当に感謝している。だからというわけではないが、私は青慈くんと紫音ちゃんがやりたいことに手を貸したいんだ」


 マンドラゴラ歌劇団の作曲を担当してくれると銀鼠は言っている。王都の歌劇団の作曲や国王の音楽隊の作曲もあるのでずっと行動を共にはできないが、出来上がった曲を紫音に教えて、楽譜を送ることもしてくれる。


「銀先生が恩を感じることなんてないんだよ」

「悪いのは魔王だもの」

「でも、銀先生が協力してくれるのは嬉しい」

「ありがとう、銀先生」


 銀鼠の協力を得られることが、青慈と紫音にとっては何よりも嬉しいことだろう。

 春に向けてマンドラゴラ歌劇団の準備が始まりそうだった。

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