20.再び妖精種の村へ
玄武が誘いに来たときに、朱雀は青慈と紫音を止めることができなかった。魔法植物の品評会のときに、青慈は玄武の畑をとても見たがっていたのを覚えていたのだ。
「そろそろ収穫の時期なんだが、人手が欲しくてな。手伝ってくれると助かる」
「いいよ、なんでもお手伝いするよ」
「お父さんと杏さんと緑さんの畑で、畑仕事は慣れたものよ」
快く返事をする青慈と紫音に玄武もにこにことしている。妖精種の村に連れて行くのは不安があったが、玄武の畑の収穫を手伝うくらいならば問題は起きないだろう。
不老長寿の妙薬を16歳の青慈と14歳の紫音に簡単に渡すようなことを、流石に玄武もしないだろうという朱雀の甘い読みがあった。
「収穫の日なのね。お手伝いするわ」
動きやすい格好に着替えて藍も準備している。大きな街でロンパースという名称の赤子用の服の腰にひらひらのスカートのようなものが付いた服を着た蕪は、藍に懐いているのかちょこちょこと藍の後ろをついて来ていた。
最初はドレスを買おうとしたのだが蕪の丸い体型では合うものがなくて、次にこの国風の襟高の身体にぴったりと合う両脇に切れ込みの入った際どいドレスを買おうとしたのだが、それも蕪に合うものがなくて、結局赤子用の服になってしまった。女児用の服のようなので、お姫様と言い張ればそう見えなくもないだろう。
「びゃぶ!」
「蕪さんも来るの? 鞄に入っておきなさい」
移転の魔法を玄武が使う前に、藍が自分の鞄を開けて蕪を中に入れていた。
移転の魔法ですぐに妖精種の村に着く。村の外れの大きな畑で玄武は魔法植物や薬草を育てていた。
目が日の光に弱いので黒い眼鏡をかけている玄武に、畑で待っていた銀鼠が手を振る。
「助っ人を呼んで来たのか」
「銀先生も収穫するの?」
「玄武が手が足りないって言うから、仕方なくな」
玄武の恋人の銀鼠も収穫の日には駆り出されているようである。
「毎年二人だけだったから、今年は助かるな」
「青慈くんと紫音ちゃんは力が強いからな」
玄武と銀鼠が話している前で、青慈と紫音の腰の鞄から鎧を着た大根とドレスを着た人参が飛び出してくる。藍の鞄からはロンパースを着た蕪が飛び出して来た。
「びぇびぇびょい!」
「びゃびゃんびぇ!」
「びゃぶびゃぶ!」
大根と人参と蕪の号令に、畑の一角が蠢き出す。自ら動き出したマンドラゴラたちが種類別に並んで、南瓜頭犬も西瓜猫もそれぞれ並んでいる。
「なんだこれ!? これが勇者と聖女の力なのか!?」
「すごいな」
玄武と銀鼠は驚いているが、朱雀も藍も、青慈と紫音が小さな頃からこれが普通になっていたので、あり得ない光景だとは思っていなかった。
「まさか、マンドラゴラが自分で出て来るなんて。死の絶叫を聞かずに済んだよ」
「西瓜猫も南瓜頭犬も並んでいる」
「全部洗っちゃっていいかしら? 水場はどこ?」
「そっちだ。頼む、藍さん」
並んでいるマンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫を引き連れて、藍が水場に連れて行く。大人しくしているマンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫は、次々と洗われて行った。
「種を取る株はどれ?」
「こっちの畝の株だ」
「それ以外は収穫していいんだね?」
紫音と青慈も玄武に声をかけて意欲的に収穫に参加している。
朝から始まった作業は、昼前には終わって、マンドラゴラと南瓜頭犬と西瓜猫は、玄武の家の濡れ縁に並んで座って、秋の風を体に受けながら水分を飛ばしていた。
「よく乾かさないと腐れるからね」
「いい子で座っているのよ!」
「びゃい!」
「びゃうん!」
「びにゃー」
並べ終えた青慈と紫音が言い聞かせると、マンドラゴラは声を揃えて手を上げて返事をして、南瓜頭犬は尻尾の蔓をぴこぴこと動かして、西瓜猫は寛いだ様子で寝そべっている。
玄武の家に呼ばれてなぜか朱雀がお昼ご飯を作ることになった。材料を探して、簡単に作れる野菜たっぷりの豚汁とおにぎりのお昼ご飯にした。おにぎりは海苔もなかったが、山積みで大量に作ったのに、玄武も青慈も紫音も遠慮なく次々とお代わりをして食べていく。
「お父さん、豚汁お代わり」
「青慈はよく食べるな」
「お父さんの豚汁美味しいんだもん」
「私もお代わり!」
「はいはい、すぐに注ぐよ」
お椀を差し出す青慈と紫音から受け取ってお代わりを注いでいると、銀鼠が朱雀と藍の皿を見ていた。
「朱雀殿と藍さんは食べないのか?」
「え? あぁ、そうだな。いつも、青慈と紫音の分が足りるか見てから食べる癖がついてた」
「私もそうだわ。足りなかったら、私のを分けちゃうから」
答えた朱雀と藍に、青慈と紫音が食べる手を止めていた。
「ごめんなさい、お父さん! 俺、お父さんの分まで食べちゃってることがあった?」
「いいんだよ、青慈は育ちざかりなんだから」
「藍さん、ごめんなさい。藍さんのお腹、足りてる?」
「平気よ。私はこの年で毎日おやつまで食べさせてもらってるんだから、太るのが怖いくらい」
笑っているが、藍は十年前から全く老けた気がしていない。妖精種の中で育った朱雀だから気付かなかったが、杏や緑はその容姿の変化のなさに気付いていた。
食べ終わるとすぐに帰るのかと思ったが、玄武は青慈と紫音を引き留めていた。勝手知ったる様子で銀鼠がお茶を淹れてくれて、玄武の家の食卓について寛ぐ。玄武の家には朱雀の家のように長椅子は揃えていなかった。
「玄武さん、お願いしていたもの、できてるかな?」
「もちろん、できているよ」
「本当? 私と藍さんの分もある?」
妖精種で玄武は常識のある大人だと朱雀は思っていた。まさか青慈と紫音の願いをあっさり聞いて不老長寿の妙薬を作ったりするわけがない。きっと別のものだと朱雀は思いたかった。
腰の鞄の中から三つの小瓶を取り出した玄武に、朱雀は恐る恐る聞いてみた。
「それは、何かな、玄武?」
「え? 不老長寿の妙薬だよ」
「ふぁー!?」
驚いて叫んでしまった朱雀に気付いていないのか、玄武は誇らし気に語る。
「今回の不老長寿の妙薬はものすごくうまくいった。これなら青慈と紫音と藍さんも、朱雀と同じくらいの年月を生きて、仙人と呼ばれるだろう」
「何を誇らし気に語っているんだ!? 不老長寿の妙薬だぞ? 青慈と紫音と藍さんの寿命を左右することになるんだぞ?」
「朱雀も嬉しいだろう。自分の大事な家族が自分と同じくらいの年月を生きると分かって」
「そういう問題じゃない! 玄武、その魔法薬を渡せ! 私が処分する!」
手を伸ばした朱雀に、玄武は怪訝な顔をして瓶をひょいひょいと投げて青慈と紫音と藍に渡してしまった。
「玄武、何を考えているんだ? 不老長寿の妙薬だろう?」
常識人の銀鼠もさすがに玄武を咎めるようなことを言っている。
「俺はちゃんと長老たちに話をした。青慈から手紙をもらっていて、長老に不老長寿の妙薬を青慈と紫音と藍さんに作っていいか許可を取って欲しいと言われていたんだ」
「いつの間に、青慈はそんな手紙を!?」
「私の屋敷に来たときに青慈くんが玄武に渡して欲しいと言っていた手紙はそれだったのか!?」
朱雀の与り知らないところで、青慈と玄武との間でやり取りがあった。その結果として、玄武は妖精種の長老たちにも不老長寿の妙薬を作る許可を取ったようなのだ。
「勇者と聖女とその伴侶ならば、魔族を退けた褒美としてそれくらい与えても構わない。国王からもそうするように言われていたが、国王の思惑通りにするのは癪だが、本人たちが望むのならば仕方がないと、長老たちも賛成してくれたぞ」
「そんな!?」
あまりのことに呆然と立ち尽くす朱雀の前で、紫音が瓶の蓋を開けた。躊躇うことなく一気に飲み干して、紫音が藍を見る。
「仕方がないわね。紫音と一緒に生きましょう」
「藍さん!?」
朱雀が止める前に藍も瓶の蓋を開けて一気に薬を飲み干した。
「せ、青慈……青慈は……」
「お父さん、俺はずっとお父さんと一緒にいるよ」
瓶の蓋を開ける青慈に、朱雀は動くことができない。
目の前で瓶の中身を飲み干す青慈に、朱雀は眩暈を覚えて倒れていた。
これで三章は終わりです。
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