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18.空の小瓶の記憶

 将来の夢について、朱雀は青慈と紫音に聞いたことがなかった。

 麓の街の学校を卒業したら当然のように青慈も紫音も山の朱雀の家を離れて、独り立ちして遠くに行ってしまうのだろう。そう思っていたのが、青慈も紫音もしっかりと山の家に残っただけでなく、麓の街や近隣の村から山の中に移住してくるものがいて、杏と緑も結婚して新しい家を持って、小豆も山の中で雑貨屋の支店を開いて、初めは朱雀の家だけだった山には集落ができた。高い柵はひとが移住してくるたびに広げられて、今は集落をぐるりと取り囲んでいる。

 柵の中は誰もが行き来が自由で、集落のひとたちはそれぞれに農業を営んだり、猟師になったりして暮らしている。


「ゆうちゃん、久しぶりじゃない」


 雑貨屋の小豆のところに来ていた雄黄はもう13歳。学校を卒業している。


「俺、お父さんと一緒に雑貨の仕入れの仕事を始めたんだ。今は見習いだけど、そのうち紫音ちゃんが欲しいものは何でも仕入れて来るよ」

「すごいわ、ゆうちゃん。小豆ちゃんも安心ね」


 小豆の弟の雄黄が小豆のところに雑貨を届けに来て、朱雀はそのことに気付いた。雄黄が濡れ縁でお茶をして帰って行った後で、青慈と紫音に聞いてみる。


「青慈と紫音は、将来どうするつもりなんだ?」

「俺はずっとお父さんと一緒にいるよ。畑仕事を手伝って、お父さんと幸せに暮らしていく」


 青慈の返事は想定内のものだったが、朱雀は少し引っかかりを感じていた。


「私もずっとここにいたいわ。藍さんとお父さんと青慈と、ずっと一緒に暮らすのよ」

「紫音は歌う場所が欲しくないのか?」


 朱雀の問いかけに、紫音の表情が珍しく曇る。青慈も困ったように眉を下げていた。


「青慈も、自分の作った物語を披露したいんじゃないか?」


 青慈には物語を作る素質があると朱雀は思っていた。青慈の作った物語から銀鼠が作った曲で、大根や人参や蕪が踊って、山の集落の子どもたちは毎日物語の続きを楽しみにしている。

 一週間に一度、一曲ずつしか進まないような物語の演目だが、全部通して演じればかなりの長さになるのではないだろうか。


「マンドラゴラ劇団を作りたいとは思ったことがあるよ」

「そうだろう?」

「でも、それはお父さんのそばを離れなければいけない。それに、国王はまだ俺や紫音ちゃんに執着してくる」

「一度国王を黙らせて、公演の旅に出て、帰ってくる生活なんていいかもね」

「国王が黙ってくれるかな」


 魔王への抑止力になるからと国王は青慈と紫音をどうにかして手に入れようとしている。そういう邪魔が入るから青慈も紫音も自分のやりたいことを口に出せないような状態なのだ。


「私と藍さんのことはいいから、青慈と紫音の夢を叶えて欲しい」

「それはダメ」

「そうだよ。それは違うよ、お父さん」


 育ての親として朱雀はいつでも青慈と紫音に捨てられる覚悟があった。けれど青慈と紫音ははっきりとそれは違うと言う。


「俺はお父さんと幸せになりたいんだよ。例えマンドラゴラ劇団ができたとしても、俺が帰ってくる場所はお父さんの家だよ」

「私も同じよ。私の帰ってくる場所は、お父さんと藍さんのいるところだわ」


 はっきりと言う青慈と紫音に朱雀は黙り込んでしまう。

 こんなにいい子たちをどうして国王は邪魔しようとするのだろう。国王が青慈と紫音に執着するせいで、二人は自由に夢を追うこともできない。マンドラゴラ劇団を作って国中を回って、子どもたちを楽しませて、青慈と紫音がまた山に帰ってくる。そんな暮らしができれば最高なのだが、現実は青慈も紫音も山から気軽に出られないような状態だ。

 大きな街まで行っても、勇者と聖女の血を残せと言われた若い男女に絡まれる。この状態が普通だとは朱雀は思いたくなかった。


「国王と交渉しなければいけないな」

「お父さん、そんなことして、国王軍にまた囲まれたらどうするの?」

「お父さんを守るためなら、国王軍くらい、私が倒しちゃうけど」

「それはやめて、紫音」


 心配する青慈と、国王軍を倒すと宣言する紫音。二人がもう少し大きくなるまでには国王に気持ちを変えてもらわなければいけない。そうしないと、青慈と紫音は自由に国内を動き回ることができない。


「無駄だとは思うけど、国王に手紙を書いてみるよ」

「本当に無駄だと思うけど」

「なんで青慈と紫音にあんなにこだわるのかな。青慈と紫音の方が魔王より怖いって分からないのかしら」


 手紙を書こうと家に向かう朱雀に、無駄だという紫音。庭で洗濯物を取り入れていた藍までが会話に加わって来た。


「確かに、青慈と紫音は魔王にも四天王にも勝ったんだよな」

「そうよ。しかも、5歳と3歳のときに」

「魔王よりも怖いって分かりそうだけどな」


 それを理解しない国王の頭はどうなっているのだろう。本人に会ってみたい気もするが、会えばもう王城から出さないとか、国王の従える魔法使いに捕らわれてしまうとか、危険かもしれないのでできれば直接の交渉は避けたい。そういう場面で朱雀は平気なのだが、朱雀に手を出せば青慈と紫音が実力行使に出かねないのだ。

 崩れ落ちる王城の幻を見た気がして、朱雀は平和に手紙を書くことから始めた。無駄だろうと思うが、これ以上青慈にも紫音にも干渉してこないようにと忠告する。


「お父さん、手紙と一緒にこれを送ったらいいと思うわ」


 にこにこと笑いながら紫音が持ってきたのは、木の球を握り潰したものだった。粉々に砕けたそれを聖女が握り潰した木の球と書いて、手紙に添えて送った。

 返事は数日後に来た。


「なんだこれは……」


 国王からの返事は簡素なものだった。

 勇者と聖女に干渉しない代わりに、勇者と聖女に子どもを作らせてその子を渡すか、二人が長いときを生きるように不老長寿の妙薬を妖精種の村まで取りに行って飲ませろ。

 そういう主旨のことが書いてある手紙に、朱雀は憤りを感じたが、青慈と紫音は頷き合っていた。


「お父さん、妖精種の村に行こう」

「玄武さんの畑も見たかったのよ」

「玄武さんに不老長寿の妙薬を作ってもらえばいいよ」


 青慈と紫音がそういう運命を選ぶことに関して、朱雀は強い恐怖を覚えていた。


「不老長寿の妙薬は、必ず効くとは限らない。一歩間違うと、人間ではない魔物になってしまうこともある」

「玄武さんが作ったものなら大丈夫だよ」

「お父さん、私は藍さんとお父さんと青慈と、長いときを一緒に過ごしたいのよ」


 このままでは朱雀だけが取り残されてしまうかもしれない。もしかすると、不老長寿の妙薬の試作品を飲んだ藍も、通常の人間よりもずっと長い年月を生きるかもしれない。

 それを考えると、青慈と紫音の言っていることが正しいような気もしてくるのだが、朱雀には青慈と紫音の運命を捻じ曲げるようなことはできなかった。


「妖精種の村には連れていけない」

「どうして、お父さん?」

「私は藍さんと生きたいの」


 青慈と紫音の声に朱雀の胸が痛む。青慈と紫音の願いならばなんでも叶えてやりたいという気持ちが小さな頃からあったが、これだけは朱雀は譲れない。


「どうしてもダメだ」


 そう言い切って自分の部屋に閉じこもった朱雀は、十年以上前の光景を思い出していた。

 不老長寿の妙薬の試作品を玄武が紫音に渡して、その後どうやって飲ませたか分からないが、紫音のがま口の中には空になった薬瓶だけが入っていた。

 幼い紫音は自分の欲望のままに藍の食べ物か飲み物に、不老長寿の妙薬を混ぜてしまったのだろう。分別の付かない幼子のしたことだし、どうしようもないからと藍は受け入れているが、通常の人間よりも長く生きることについて藍はどう考えているのだろう。

 藍とも一度話し合わなければいけない。

 藍は紫音が不老長寿の妙薬を飲むことについてどう考えているのだろう。同じく青慈と紫音を可愛がって育てて来た親のような存在として、大事な紫音と青慈に不老長寿の妙薬を飲ませていいものか。

 朱雀は藍と話がしたかった。

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