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17.はた迷惑な求婚者

 蕪の衣装を買いに大きな街へ行ったときに、朱雀は異様な雰囲気に気付いた。煌びやかな長衣や襟高の服や着物を着た若い男女が、紫音と青慈を見付けて近寄ってくるのだ。


「あなたが勇者様でしょう? 隠しきれないその強さ、どうかわたくしの夫となってはくれませんか?」

「聖女様、美しい歌声を私に毎晩聞かせてくれませんか?」

「待て、私が聖女様と話をするのだ!」

「わたくしが勇者様とお話をするのよ」

「お待ちください、聖女様!」

「お待ちになって、勇者様」


 取り合うようにして青慈と紫音を口説こうとする若い男女に、朱雀は怒りを込めて睨みを利かせ、青慈と紫音の肩を抱いてさっさとその場を後にした。若い男女は誰が青慈に声をかけるか、誰が紫音を口説くかで揉めていて、朱雀たちが立ち去ったのに気付いていなかった。

 宿について一階の食堂で晩ご飯を食べていると、藍が苦笑している。


「朱雀さん、すごい顔してたわよ」

「うちの青慈と紫音に近付く輩は許さない」

「妬いてたんじゃない?」

「え?」


 藍の言葉に、朱雀の心臓がどきりと跳ねる。

 若い可愛い女の子に囲まれて青慈は優しいので押し退けることができずに困惑していた。若い女の子の方が青慈には相応しい。それが分かっていても、勇者という肩書だけで青慈を口説こうとする輩は許せない。それだけではなく、青慈には慣れて行ってほしくないという気持ちが心の底にあったのを、藍には見透かされている気がする。


「青慈はまだ16歳だ。紫音もまだ14歳だ。ああいうのは早すぎる」

「私が16歳の頃には結婚してたわ」

「そうなの、藍さん?」


 藍の呟きに紫音が紫色の目を見開いている。若いうちに結婚して子どもを身籠り、流産した後は子どもが望めないと言われた藍は、浮気ばかりの夫と離婚して山の朱雀の家に住み付いた。青慈と紫音の乳母として活躍してくれているが、紫音は藍に小さな頃から恋心を抱いていて、3歳のときに藍に不老長寿の妙薬を飲ませてしまった。それ以降藍は年を取った形跡がない。


「結婚は早いかもしれないけど、恋愛はしてもいい頃なんじゃないかしら」

「私は? 藍さん、私と結婚しよう?」

「紫音はもう少し大人になってから申し込んで」

「えー? 青慈ばっかり狡い」


 青慈と紫音は二歳しか年の差がない。青慈がよくて紫音がいけないというのは、紫音には納得しづらいものなのだろう。

 結婚の話をはぐらかされて唇を尖らせている紫音に、藍がくすくすと笑っている。王都の銀鼠の屋敷に歌の練習に紫音が行くときには、藍は必ず付いていくし、紫音のためなら昔から何でもするところがある。紫音をお姫様のように育てたいというのも藍の願いだった。それを叶えるために朱雀もたくさん協力した。

 朱雀が青慈を可愛がっているように、藍は間違いなく紫音を可愛がっている。


「あのひとたち、王都から来たのかしら?」

「地方の貴族かもしれないし、金持ちかもしれないし……」

「なんで俺たちを口説いてくるわけ?」


 紫音と青慈の疑問ももっともだ。朱雀もそれは疑問に思っていた。その話をしようとすると、藍が「しっ!」と唇に指を当てる。食堂に先ほどの若い男女が入ってきたようなのだ。食堂の端に座っているので、若い男女は朱雀と青慈と紫音と藍に気付いていない。


「国王陛下からの命令なのに」

「勇者と聖女を手に入れることは無理そうだから、勇者と聖女の血を残せって言われてもなぁ」

「色仕掛けするしかないのかしら」

「夜這いしようにも、賢者の山は危険でとても登れないわ」


 何を血迷ったか国王は勇者の青慈と聖女の紫音が手に入らないと分かると、勇者と聖女の血を残すために口説き落として子どもを作るように貴族たちに命じたようだ。そのことで勇者と聖女が妻や夫となる貴族の元に行くようになれば、更に国王は勇者と聖女を近くに呼び寄せられる。


「なにあれ! 私は家畜じゃないのよ!」

「俺を種馬みたいに言って」


 立ち上がった紫音がつかつかと若い男女に近付いていく。何をするのかと朱雀がいつでも止められる位置に動こうとしたら、それより先に紫音が若い男女の囲んでいる卓を拳で殴った。簡素な木でできた卓は、真っ二つに割れてしまった。


「ひぇ!?」

「これが聖女の力!?」

「二度と私たちに近寄らないで! 顔を見たら、あなたたちの頭蓋骨がこうなるかもしれないわよ」

「うわぁー!?」


 腰を抜かして逃げ出していく若い男女に紫音が舌を出している。注目を浴びてしまった紫音を青慈の元に押しやって、朱雀は宿の主人に謝る。


「すまない。卓の代金は支払う」

「あ、あぁ。もう古くなっていたし、買い替え時だったかもしれないな」


 驚いた様子を見せながらも、大きな街に行くたびに泊っている宿なのである程度朱雀のことも知っていてくれる主人は、それだけで朱雀たちを許してくれて、宿から追い出したりはしなかった。

 宿で部屋に入ると、青慈が髪を解いている。さらさらの真っすぐな黒髪が背に流れていく。

 昔から顔立ちの整った天使のような子どもだと思っていたが、育つとこんなにも美しくなるのかと朱雀は見惚れてしまった。白い肌も、真っすぐな黒髪も、鮮やかな青い目も、朱雀にはないものだった。

 緩やかに波打つ白い髪に褐色の肌に赤い目。尖った耳の朱雀は妖精種の特徴を備えている。この国の妖精種は皆、肌の色が濃かった。この国のほとんどのひとたちが肌の色が薄く白いので、妖精種はすぐに分かってしまう。

 自分にないものだから惹かれたのかもしれない。赤ん坊用の籠に入って泣いていた青慈を保護した日から、朱雀は青慈に夢中だった。可愛くて可愛くて堪らなかった。


「お父さん……先にお風呂に入っていいよ」

「あ、うん。ありがとう」


 可愛くて可愛くて堪らない小さな男の子は、今では大人になりつつある。背も朱雀よりも高くなって、声も低くなっている。掠れ気味の声は声変わりの終わりの頃でもう少し低くなることを表している。

 掠れた声が色っぽいだなんてとても言えない。自分よりも細いひょろりとした体付きが少年らしいのに、ふっと見た横顔が精悍で朱雀は俯いてしまった。

 風呂に入って出て来ると、交代で青慈が風呂に入る。濡れた髪を拭きながら寝台に座っていると、青慈が風呂から出て来た。寝間着の前を開けて、白い胸や腹を見せている姿に、朱雀は飛び上がってしまった。


「せ、青慈! 寝間着の前は閉めて!」

「暑いんだよ。お父さん、暑くない?」


 放っておくと下着一枚で寝てしまいそうな青慈に、朱雀は立ち上がって寝間着の前を閉じさせた。至近距離で見ると顔の位置がほぼ変わらないので、お互いの目を見つめ合ってしまう。


「お父さん……」

「青慈……ダメ……」


 頬に手を添えられて、朱雀はぎゅっと目を閉じた。口付けをされるのかと思ったのだ。部屋の中には二人きりで、朱雀の後ろには寝台がある。寝台に押し倒されてしまえば、朱雀は抵抗できる自信がなかった。

 さらりと青慈の白い手が朱雀の褐色の頬を撫でる。唇を親指でむにっと押されて、朱雀は恐る恐る目を開けた。


「隙だらけなんだから! 俺に食べられちゃうよ」

「せ、青慈はそんなことしない!」

「そうだけど!」


 答えた声が震えていた気がした。朱雀は青慈に強引に押し切られることを望んでしまっていたのかもしれない。それが何もされずに拍子抜けしてしまった。

 濡れた髪を拭く青慈に、朱雀は腰の鞄から杏と緑に貰った香油を出して、櫛につけて青慈の髪を梳いた。甘い香りが部屋中に満ちていく。


「次は俺がしてあげる」


 櫛を手から取られて、寝台に座った朱雀の髪を、櫛に香油を付けた青慈が丁寧に梳いていく。髪を梳かれて心地よさに目を閉じると、青慈が朱雀の身体を後ろから抱き締めていた。


「お父さん、俺がどれだけ我慢してるかなんて、知らないでしょ」

「せ、青慈……」

「まだ、我慢する。でも、俺が18歳になったら、絶対にお父さんと結婚するからね」


 耳元で囁く声の低さに朱雀は青慈の腕の中で震える。吐息が耳にかかるのがぞくぞくとする。あっさりと朱雀を開放した青慈は自分の寝台に寝転がって、薄い掛布団を被る。

 朱雀も寝台に倒れ込んだが、なかなか眠れそうになかった。

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