14.誕生日の来客
青慈と朱雀が大きな街に行って、藍と紫音が銀鼠の屋敷に泊って帰って来た翌日に、朱雀の誕生日が祝われた。夏の間ならばどこか都合のいいときに毎年祝っているので、今年は夏の始めになってしまったようだ。
誕生日の朝も朱雀は青慈と紫音と藍と畑仕事に出た。隣りの敷地の畑では、杏と緑と二人の夫と子どもたちが畑仕事をしている。杏と緑も魔法薬は作れないが普通の薬は作れるようになっていたので、畑で薬草を育てているのだ。
「朱雀さん、今日、お誕生日お祝いをするの?」
「紫音と藍さんがケーキを作ってくれるんだ。青慈も祝ってくれる」
「それは素敵ね。私たちもお祝いを持って行くわ」
「ありがとう、杏さん、緑さん」
毎年のことだが、誕生日には必ず杏と緑も顔を出してくれる。それは結婚して子どもが生まれてからも変わっておらず、二人が朱雀を家族だと思ってくれているのがずっと続いているようで朱雀も嬉しく思っていた。
「すざくさんのおたんじょうびなの?」
「そうよ、毎年夏にお祝いするの」
「おれもすざくさんにおいわいする!」
「あらあら、優しいのね」
杏の娘と緑の息子も朱雀を祝ってくれるようだ。ありがたいことだと思っていると、気が付けば集落中に話は流れていた。
「今日は朱雀さんのお誕生日か。今朝生まれた卵を持って行こう」
「朱雀さんの誕生日なら、肉がいるだろう。鹿肉がそろそろ熟成で来てるはずだ」
「すざくさんのおたんじょうび! おはなをつんでいこう!」
「きれいないしが、かわにおちてるんだよ!」
老若男女問わず朱雀はこの集落を作った賢者として慕われているようで、集落全体がお祝いの雰囲気に包まれている。準備をしている間、その姿を見るのも悪い気がして、朱雀は青慈をお墓参りに誘った。
「青慈のご両親のお墓に行かないか?」
「いいよ。お花を摘んで行こう」
小さい頃と同じように行く道でお花を摘んでいる青慈に、ゆったりと待ちながら歩いていると、男性と女性の二人組が山を上がって来ているのが見えた。男性の方には朱雀は見覚えがあった。
「一昨日の馬車の……」
「そうです。助けていただいたおかげで、妻は命を救われました」
「山の賢者様、私のことを覚えていませんか?」
問いかけられて女性の方を見て、朱雀はふわふわの黒髪が誰かに似ていると気付いた。
「あなたは、紫音の母親の……」
「そうです。夫と結婚して平穏に暮らしていました。先日はそのことを伝えに行こうと山に行く途中でした」
山に行く途中で体調を崩して馬車を止めて介抱されていたのは紫音の母親だった。今は夫と結婚して幸せに暮らしているようだ。
「お医者様は、あと少し処置が遅ければ命を落としていたかもしれないと仰いました。助けていただいてありがとうございます」
「当然のことをしたまでです」
「兄夫婦のお墓にお参りをした後で、紫音に会って行ってもいいですか?」
紫音の母親にお願いされて、朱雀は青慈の方を見た。紫音はもう母親のことを覚えていないのではないだろうか。最後に会ったのは紫音が3歳の頃だった気がする。
「紫音ちゃんと話してください。紫音ちゃんがどうして生まれたのか、紫音ちゃんには知る権利があると思います」
真剣な表情の青慈の言葉に、朱雀は感心してしまう。あの頃は5歳だった青慈もすっかりと大きくなった。紫音が幼くて、自分のお父さんが誰か聞いたときに、朱雀も藍も答えられなかったのを、青慈は覚えていたのだろう。
「話しをしなければいけないと思っていました」
俯いた紫音の母親の肩を夫が抱く。この優しい夫がそばにいるのならば紫音の母親も安心だろう。
青慈の両親のお墓にお参りをしてから、朱雀は青慈と共に、紫音の母親と夫を連れて家に帰った。家の台所では騒ぎが起きている。
「藍さん、ケーキが膨らんでない!? なんで!?」
「手順を間違えたのかしら? 入れるものはちゃんと入れた?」
「入れたと思うんだけど……」
作り方通りにしたはずなのに、なぜか膨らんでいないケーキに紫音ががっくりと肩を落としている。
「膨らんでないけど、美味しそうよ。大丈夫、半分には切れないけど、上に生クリームと果物を飾っちゃいましょう」
話している藍と紫音は来客に気付いていないようだ。長椅子に紫音の母親と夫を座らせて、朱雀がお茶を出す。お茶を飲んでいる間に、藍と紫音のケーキは出来上がったようだ。
膨らんでいないので高さがないが、上に生クリームと桃が飾られていて、華やかではある。
「氷室で冷やしておきましょう」
「よかった、出来上がって」
ホッとしている紫音と藍に、朱雀は声をかけた。
「紫音に話があるひとがいるみたいだよ」
「え? 私に?」
魔法薬を求めに来た客だと思っていた紫音は、その来客が自分の母親だとは気付いていなかった。
「久しぶりね、紫音。あなたを産んだのは私です」
「お母さん……?」
「あなたも大きくなったし、本当のことを話さないといけないと思って来ました」
その途中で病に倒れて医者に行った紫音の母親は、まだ完全に回復していないのか胸を押さえていた。顔色もよくない。
「あなたの父親は、奉公先の旦那さまでした。まだ幼かった私は旦那様に抵抗できずに、手籠めにされてあなたを産みました」
妻子のある奉公先の主人は、紫音の母親が孕んだと分かったら、すぐに追い出して家に帰した。どうしようもなくて産んだ紫音を、母親は朱雀の住む山に置き去りにした。
「気にしてないわ」
「え?」
「私はお父さんと藍さんと青慈と一緒に暮らせて幸せだし、ここに捨ててもらえてありがたいくらいよ」
「そう言ってもらえると、心が軽くなります」
「ただ、その奉公先の主人は許せないけどね」
「ブツをもぐ!」などと物騒なことを言っている紫音に、朱雀は紫音の母親に元奉公先を教えないように視線で指示していた。
話し終えた紫音の母親は、「元気で」と紫音を潤んだ瞳で見つめて帰って行った。
「私の父親が最低な人間でも、私を育ててくれたお父さんも藍さんも優しくて素敵だし、青慈も大事な兄だわ。私は何も変わらない」
明るく言う紫音に朱雀は安堵していた。
おやつの時間には朱雀が桃饅頭を大量に作った。なんとなく予感がしていたのだ。
おやつの時間に合わせて来客が大量に来た。
「朱雀さん、お誕生日おめでとう!」
「これ、鹿肉だよ」
「山鳥の肉もあるよ」
「これ、おはな、つんできたの!」
「このおやさい、おかあさんがもっていけって」
行列になるほど大量に集落の人々が朱雀を祝いに来る。贈り物を受け取って、お返しに朱雀は桃饅頭を渡していた。
杏と緑も来てくれている。
「これ、雑貨屋さんで買ったのよ。香油っていうの」
「肌に使っても、髪に使ってもいいみたい」
「ありがとう、杏さん、緑さん」
「これ、ダイコンとニンジンとカブのはっぱ」
「これ、つんできたはな」
大根と人参と蕪の葉っぱは白と雪への贈り物だろう。香油というのはいい香りのする油のようで、肌に塗るとしっとりとして、髪に塗ると艶が出るようだ。摘んで来た花も朱雀はありがたくいただいた。
花と大量の食糧をもらって、朱雀の家が豊かになる。
「晩ご飯は新鮮な卵で茶わん蒸しを作ろうか?」
「俺、茶わん蒸し大好き!」
「えーっと、これ! お父さん、これ作ろう!」
「プリン? 甘い茶碗蒸しかな?」
お菓子の作り方の本を広げて紫音がお願いしてくる。甘い茶碗蒸しも美味しいかもしれないと作り方を見ていると、青慈が山鳥の羽を毟って、解体していた。
「晩ご飯は鳥の丸焼きでもいいかもしれない」
「それも簡単で美味しいな」
食材が大量にあるのはありがたいことだ。食べるものに悩んでしまうなんて、なんて優雅なのだろう。
晩ご飯は山鳥の丸焼きと茶わん蒸しと炊き込みご飯を作って、食後に紫音と藍が作ってくれたケーキを食べた。プリンは明日のおやつにでも作るつもりだ。
最高の誕生日を迎えられて、朱雀は集落のみんなと、青慈と紫音と藍に感謝していた。




