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11.玄武への依頼

 銀鼠の屋敷に行くと豪華な昼ご飯を振舞ってもらった。遠慮なく玄武も食べているが、青慈と紫音も大きく口を開けてもりもりと食べている。料理は大皿に何皿もあって、足りるようだったので朱雀も遠慮なくいただいた。

 長椅子に移動して食後のお茶を飲んでいると、玄武に銀鼠が囁いている。


「畑の世話で忙しいのだろうがたまにはこっちにも来て欲しい」

「寂しい思いをさせたな。畑の世話をできるのが俺しかいなくて、家を空けられないんだ」

「今日は泊まって行ってくれるんだろう?」

「朱雀たちを送り届けたら戻ってくる」


 目の前で甘い囁きが交わされていて、朱雀は落ち着かない気分になる。素っ気ない素振りの銀鼠が玄武には甘えるような声を出しているのが、やはり恋とはひとを変えるものなのだと実感してしまう。


「銀先生と玄武さんの二人素敵ね」

「俺もお父さんとあんな風になりたいな」

「私も藍さんと」


 紫音と青慈は、玄武と銀鼠の姿に憧れているようだった。


「玄武さんのお家を訪ねるときにお願いがあるの」

「何かな、紫音ちゃん」

「不老長寿の妙薬を作って欲しくて」


 お願いする紫音の言葉に、朱雀が険しい顔つきになった。紫音にそんなものを飲ませていいものかと朱雀はずっと考えていたし、紫音が飲んだならば青慈も飲むと言い出すだろう。


「不老長寿の妙薬か。まだ成功したものはないんだよな」

「3歳のときにもらったのを、藍さんに飲ませたけど、効いてるわよ?」

「え? 飲ませたのか?」


 興味津々で藍に身を乗り出す玄武に、藍が苦笑している。


「いつの間にか飲まされていたみたいなのよ」

「これは……確かに魔力を感じる。あながち失敗作でもなかったのかもしれないな」

「玄武さんならきっと成功作を作れると思うの。それを私と藍さんと青慈の分、作ってくれないかな?」


 藍の額に手を翳した玄武が真剣な表情になっている。お願いする紫音に朱雀が止める。


「不老長寿の妙薬は自然の理を壊してしまうものだ。そんなものを紫音と青慈に使って欲しくはない」

「俺はお父さんと一緒にずっと幸せに暮らしたいと思っているよ」

「青慈、自然の理を曲げてまで私に寄り添うことはない」

「違うよ、お父さん。分からないの? 大好きなんだよ? 愛してるんだよ?」


 真剣な青慈の眼差しに朱雀は目を反らしてしまう。逃げ出したいような気分になって俯く朱雀に、青慈は玄武に向き直っていた。


「玄武さん、お願いします」

「そうだな……実験してみてもいいかもしれない」


 軽々しく請け負ってしまう玄武に、朱雀は顔を上げる。


「飲んでしまったらもう取り返しはつかないんだよ? 私が事故で死んだりしたら、その後も青慈は長い長いときを一人で生きなければいけない」

「お父さんの死を看取っていけるなら幸せだよ」

「青慈……?」

「俺はお父さんが寂しがり屋だって知ってる。俺や紫音ちゃんや藍さんが先に亡くなってしまったら、お父さんは一人では生きていけない。それくらいなら、俺はお父さんの人生の最後まで寄り添って見届けるよ」


 凛とした声で言われて朱雀は言い返すことができなくなってしまう。青慈がそれだけ真剣に朱雀のことを考えてくれているのは嬉しいのだが、どうしても不老長寿の妙薬という青慈を人間ではなくしてしまうような薬を飲ませたくなかった。

 人間として生まれた青慈は人間のままに生きさせて、死なせてやりたい。それは保護者として当然の思いだと朱雀は考えている。


「玄武、そんなものを軽々しく作ってはいけない」

「銀鼠、俺が作るんだから失敗しないよ」

「失敗して、魔物にでもなってしまったらどうするんだ」


 銀鼠も玄武を真剣に止めている。玄武は楽観的だが、薬を間違えて作れば青慈が魔物になってしまう可能性もあるのだと朱雀は気付かされた。試作品を飲んだ藍が魔物になっていないから油断していたが、生命力を曲げるとはそういうことだ。妖精種のように長命になるだけではなく、姿かたちまで変わってしまうかもしれない。


「私は玄武さんを信じてるわ。藍さんの試作品もちゃんとできていたもの」


 紫音はそう言っているが朱雀の胸の中には不安が生まれていた。

 玄武に転移の魔法で送ってもらって、朱雀と青慈と紫音と藍は、おやつの時間までには山の集落に戻っていた。

 買って来た壁掛けの時計は、杏と緑にも一つずつお土産として渡す。

 時計は精密機械なのでこれまで購入を考えていたが一歩踏み出せなかったのを、今回の魔法植物品評会で大根と人参と蕪がものすごい高値で売れたために買うことができた。


「こんなすごいものをいいの?」

「時間が分かるのは助かるけど、高かったんじゃない?」

「杏さんにも緑さんにもお世話になってるから」

「この前の王都行きでもお土産をもらったのに」

「いつも悪いわね」


 時計の値段は分かっているのか遠慮気味だったが杏も緑も受け取ってくれた。

 朱雀の家にも壁掛けの時計を設置すると、山の集落の子どもたちが見に来る。


「あれがとけい?」

「じかんがわかるんだって」

「学校に行く時間も分かるのかな?」


 山の集落から大黒熊除けの匂い袋を持って、猟師についてきてもらって、子どもたちは麓の街の学校に毎朝通っている。通う時間はこれまでは季節によってお日様の角度で何となく決めていたが、集落の入口にある朱雀の家と杏と緑の店に時計が設置されたのならば、時間を聞きに来られるだろう。

 これからは山の集落の暮らしも少しずつ変わって行くのかもしれない。

 精密機械なので雨風に晒すわけにはいかないので家の外には設置できないが、朱雀は濡れ縁から覗ける場所に時計を設置した。

 台所と居間を分ける壁に設置された時計は、濡れ縁に上がって家の中を覗き込めばすぐに分かるようになっている。


「せいじにいちゃん、えほんをよんで!」

「しおんねえちゃん、うさぎにさわっていい?」


 近所の子どもたちが青慈と紫音を呼んでいる。絵本がそんなに流通していないので、小さな頃に青慈と紫音のために揃えた朱雀の家には絵本がたくさんあると子どもたちは知っていて、青慈に読んでもらいに来る。紫音は歌を歌って欲しいと言われたり、白と雪に触らせてほしいと言われたりすることが多い。


「しおんねえちゃんに、ダイコンとニンジンのかげきだん、やってもらおうよ!」

「あれ、すてきよね!」

「わたしもみたいわ!」

「ぼくもみたい!」


 紫音が頼まれた子どものために白と雪を呼んでいる間に、青慈が一冊絵本を読んで、それが終わると、青慈の鎧を着た大根と紫音のドレスを着た人参が鞄から飛び出してくる。

 紫音が歌い出すと大根と人参は踊り出した。


「びぎゃ! びぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

「ぎょえ!」


 大根と人参が抱き締め合う。

 そして、刀を抜いた大根は毒を飲むふりをして倒れた人参を見て、自分に刀を突き刺すふりをして倒れる。

 王都で見た演目を再現するようにしている大根と人参に、朱雀は疑問がわいてくる。大根と人参は鞄の中に入れられて、演目を見ていなかったはずである。


「大根と人参は見てもいないものをどうして再現できるんだ……?」


 素朴な疑問が口を突いて出ると、青慈がそれに答えてくれた。


「大根さんは俺の使役で、人参さんは紫音ちゃんの使役でしょう? 俺と紫音ちゃんが見たものならかなり分かるみたい」

「そうなのか!?」


 勇者の青慈と聖女の紫音の使役として大根と人参が魔力を帯びていたのは分かっていたが、そういうことだったとは朱雀も全く知らなかった。

 新しい事実に朱雀は驚いていた。

 青慈が西瓜猫の鈴を出すと、鈴が元気よく走って行く。大根と人参の前に立つ鈴に、大根と人参は跨って、騎士のように勇ましく鈴を操る。


「次は騎士物語かしらね。騎士物語の歌も銀鼠先生に教えてもらわなきゃ」


 大根勇者と人参聖女の物語。それを小さい頃に紫音がとても気に入って読んでいたのを朱雀は思い出していた。

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