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10.魔法植物品評会

 月末の魔法植物の品評会の日には玄武が迎えに来てくれた。早朝の畑仕事を終えて水浴びをしてさっぱりして着替えたところで玄武がやって来たので朱雀は焦ってしまう。


「まだ朝ご飯を食べていないんだ」

「俺は朝ご飯は王都の屋台で食べようと思って出て来た」

「王都の屋台か……」


 王都には朝は朝ご飯を売るための屋台がたくさん出ていると玄武は話してくれる。聞いていた青慈と紫音の目がきらりと光る。


「屋台で朝ご飯、食べてみたい」

「何があるのか気になるわ」

「お父さんのご飯が一番美味しいけど、屋台のご飯も気になるよね」


 青慈も紫音も乗り気なので、朱雀はそのまま玄武に王都まで連れて行ってもらうことにした。転移の魔法で飛んだ王都の入口は城壁に囲まれている。王城の周りには掘りもあると聞いている。城下町に入って行くと、賑わう一角があった。屋台が出ている広場だ。

 仕事前の人々がそこで朝ご飯を食べている。


「汁麺がある」

「丼物もあるわ」

「紫音ちゃん、肉まん!」

「包もある!」


 はしゃぐ青慈と紫音に、食べるものを選ばせていると大量になりそうな予感しかしない。朱雀と青慈と紫音と藍で食べきれるだけの量にしなければいけない。

 汁麺を一つ、丼を一つ、肉まんを一つ、三枚肉をとろとろに煮たものが挟まれた包を一つ買った。


「そっち、一口ちょうだい!」

「私も、それ食べたい!」


 一口ずつ分け合って食べる朝ご飯は楽しい。玄武は大盛の丼を頼んで掻き込んでいた。食べ終わると品評会の会場に向かう。開場の近くでは銀鼠が待っていた。


「今回は朱雀殿のご一家も一緒か」

「朱雀も売りたいものがあったらしいよ。銀鼠、お前さん、俺のこと朱雀に話してなかったのか?」

「特に必要はないと思って」


 素っ気ない様子の銀鼠に玄武が苦笑している。

 二人並んで歩く銀鼠と玄武はとても仲睦まじく見えた。

 品評会の入り口では出品するものの受付をやっていた。玄武が並んで書類を記入するのに倣って、朱雀も書類に記入する。出すものは大根と人参と蕪で、種類はマンドラゴラと書いておく。


「玄武は何を出すつもりなんだ?」

「今年は小鳥苺がよく取れて、ちょうど収穫の時期だったんだ」


 小鳥苺の収穫の時期は春のようだ。小鳥苺に興味のあるのは朱雀だけではない。朱雀のそばにぴたりとくっ付いていた青慈が大柄で体格のいい玄武を見上げている。


「小鳥苺を育ててるの?」

「そうだよ。小鳥苺は病人の滋養強壮にいいからな」

「俺も欲しい! 俺にも売ってくれない?」


 興味を持っている青慈は、小鳥苺の実物も見たいのだろうが、本音としては小鳥苺を栽培してみたいのだろう。


「青慈は畑で薬草を育てているんだ。小鳥苺の種があれば、それも分けて欲しい」

「構わないよ。そういう話なら、他にも育てている魔法植物の種を持って来たのに」


 手持ちの分の種を分けてもらって、小鳥苺も貰った青慈は大喜びだ。小鳥苺はヘタが羽のようになっていて、赤い苺が飛び回っている。

 会場で飛び回らせると迷子になりそうなので、青慈は小鳥苺を腰の鞄の中に入れた。


「ありがとう、料金は?」

「朱雀の子どもからお金は取れないよ。また顔を見せてくれ」

「嬉しい、玄武さん!」


 朱雀の兄のような存在である玄武は大らかに笑って、青慈が料金を支払うのを断っていた。


「小鳥苺は植えるならいつの時期がいい?」

「秋口から植えて、冬を越させて、春に収穫するんだ」

「玄武さんの畑もいつか見に行きたいな」

「大歓迎だよ」


 玄武にすっかりと懐いてしまった様子で親しく話しかけている青慈に、朱雀は胸がすかすかするような不思議な感覚になる。青慈は自分のものなのにと思ってしまうこの感情が何なのか分からなくて、混乱する。

 息子を取られたような気分なのだろうか。


「玄武には銀さんがいるのに……」

「朱雀、俺は銀鼠と会場を回ってくる。またな」

「あ、あぁ。帰りにはよろしく」


 帰りも玄武に送ってもらわないと時間がかかりすぎてしまうので、朱雀は戸惑う心を隠しながら玄武と銀鼠が離れていくのを見ていた。いつものように青慈が朱雀の隣りに戻って来て、妙に安心している自分がいることは認めなければいけない。


「申し込みは終わったの?」

「終わったよ、紫音ちゃん。玄武さんから小鳥苺を分けてもらったんだ。種も貰った。帰ったら見せてあげるね」

「小鳥苺? 聞いたことない魔法生物だわ」


 少し離れた場所で待っていた紫音と藍と合流すると、青慈は早速小鳥苺のことを話している。小鳥苺に紫音も興味津々だった。


「どれくらいかかるのかしら。お弁当も用意してこなかったわね」

「時間がどれくらいかかるか、玄武に聞いておけばよかった」


 聞いておいても朱雀も青慈も紫音も藍も、時計というものを持っていないので時間を確かめることができない。山の集落での暮らしでは季節ごとの日の高さで時間を何となく計っているが、そろそろ時計を購入する時期なのかもしれない。

 そんなことを考えながら入った会場は熱気に満ちていた。

 身なりの良い貴族や裕福な人々が会場に来ているのが分かる。そう言えば銀鼠も国王の音楽隊の曲を作るような身分だったと朱雀は改めて思い出した。

 会場の一番前の舞台のようになっている壇上には、受付の順番通りに魔法生物が並べられる。そこにかけられる掛け声が、異様だった。


「切れてるね! 最高に切れてる!」

「その筋肉を育てるのに、土の中で眠れない夜もあったんじゃないか!」

「胸に竜飼ってんのかい!」


 全く意味が分からない。

 青慈と紫音を見れば目を輝かせている。


「すごい、あの大根、ムキムキだ!」

「うちの大根も負けてないわよ!」


 この状況をおかしいと思っているのは自分だけなのかと朱雀が真顔になると、視線が合った藍が首を傾げている。


「これは、なんなのかしら?」

「藍さんも分からないか?」

「全然分からない……」


 藍も分からないのだと安心すると、朱雀の番が来て呼ばれた。朱雀は腰の鞄から取り出した大根と人参と蕪を壇上にあげる。壇上で大根と人参が踊り出す。そこに蕪が入り込もうとして、大根との間で、人参を取り合う争いになる。


「びぎゃ!」

「ぎょわ!」


 決闘をする大根と蕪を人参が手に汗を握って見守っている。

 これは歌劇団で見た演目ではなかっただろうか。

 歌い出そうとする紫音の口を朱雀は素早く押さえて黙らせた。


「目立たない約束だよ」

「そうだったわ。ごめんなさい」


 歌いかけていた紫音が黙ると、壇上での小芝居も終わった。


「大根の腹筋、最高に切れてるよ!」

「人参の美脚、劇団員が嫉妬する!」

「最高の演目だ!」


 会場からは大きな拍手が上がっている。この熱気の意味が分からずに困惑する朱雀に構わず、大根と人参と蕪はものすごい高値がついて、揃って大金持ちの貴族に買われて行った。


「他にマンドラゴラを持っていませんか?」

「うちの魔法使いと契約しませんか? 最高のマンドラゴラを売ってください」

「自分の家で使うだけしか作っていないので」


 帰ろうとすると縋られて朱雀は戸惑いを隠せなかった。何が評価されるのか分からないが、品評会は大成功で終わったようだった。

 開場の出口で合流した玄武は銀鼠と一緒だった。


「買い物をしてきたいんだが、いいかな?」

「俺は銀鼠の屋敷で寛いでるよ」

「昼食までに帰って来てくれれば、準備しておくよ」

「それは嬉しいな」

「銀先生のお家のご飯!」

「やったー!」


 買い物をしてきたいと申し出る朱雀に、玄武は銀鼠の屋敷にいて待っていてくれると答える。銀鼠の方も昼食に誘ってくれて、美味しいご飯が食べられると青慈と紫音も喜んでいた。

 街に出て朱雀が向かったのは時計を売っている店だった。

 青慈に金色に青い文字盤、紫音には銀色に薄紫の文字盤、藍には銀色に水色の文字盤、朱雀には金色に赤い文字盤の懐中時計を選んで買う。壁にかけて置ける時計も幾つか買った。

 これで山の集落でも時間が分かるようになるし、朱雀も青慈も紫音も藍も時間が分かりやすくなるだろう。


「お父さんと俺のが金色でお揃い」

「藍さんと私のは銀色でお揃いだわ」


 赤の文字盤と青の文字盤のものが金色しかなくて、薄紫の文字盤と水色の文字盤のものが銀色しかなかったのでそうなったのだが、青慈と紫音が無邪気に喜んでるのを見ると意識してしまう。

 そういうつもりではなかったのだと言い出せない雰囲気に、朱雀は口を閉じた。

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