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9.脱走した大根と人参と蕪

 紫音が歌う前で鎧を着た大根とドレスを着た人参が踊っている。魔法具の店で買っただけはあって、大根の鎧も人参のドレスも、買って十年以上経っているのに少しも汚れたり劣化したりしていない。


「びぎゃびぎゃぎゃ!」

「びょえ! びょわわ!」


 大根と人参は台詞を言っているようだ。

 その光景を集まった山の集落の子どもたちが見守っている。


「王都の歌劇団ってこんなだったのかなぁ」

「ニンジンさん、かわいいわ」

「ダイコンさん、かっこいい」

「素敵ね」


 足を止めて見ていた杏と緑とその子どもたちも、うっとりとしている。紫音は歌劇団の歌を一度聞いただけでかなり覚えていたようだ。大根と人参の歌劇の演目は大盛況だった。

 歌い終わって濡れ縁に座って水筒からお茶を飲む紫音に、兎の白と雪が近付いてきている。おやつを欲しがる白と雪に、紫音は王都から買って来た林檎を素手で二つに割って渡していた。

 しょりしょりといい音を立てて白と雪が林檎を食べている。

 麗らかな春の日に、異変が起きたのはそのときだった。


「びぎゃー!」

「びょわー!」


 朱雀の庭のマンドラゴラが逃げ出した。

 種植えが終わったばかりでまだ十分に育っていないはずなのに、丸々とよく太っている大根と人参と蕪。いや、太っているのではない。


「なんだ、この筋肉質っぽい大根と人参と蕪は」


 追いかけながら朱雀が驚いていると、庭で子どもたちに絵本を読んであげていた青慈が立ち上がった。青慈の足元には鎧を着た大根がいる。


「びょまびぇ!」


 鎧を着た大根の号令に逃げ出していた大根と人参と蕪がぴたりと足を止めて、敬礼をする。葉っぱを掴んで持ち上げた朱雀はその重さに驚いていた。


「やたらと身が詰まっている!?」

「この時期に収穫できるはずがないのに、おかしいね」

「びょぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ! ぎょわ!」

「え!? そうなの!?」


 鎧を着た大根が主張する言葉に青慈が驚いている。朱雀には何を言っているか全くわからないが、青慈は難しい表情をしていた。


「この子たち、巨大猪の血を吸って大きくなっちゃったんじゃないかって言ってる気がする」

「大根の言葉が分かるのか?」

「なんとなく分かる気がするんだ。この大根さんは俺が小さい頃からずっと一緒だから」


 小さい頃から大根と一緒に過ごしてきた青慈は、その言葉が分かるようになっていた。鎧を着た大根の方も青慈と紫音と一緒にずっといて、萎れることなく、元気に葉っぱを茂らせているのだから、十年以上経てば言葉くらい分かるようになるのかもしれない。

 何よりも鎧を着た大根とドレスを着た人参は、勇者と聖女の使役で、二匹は魔力を帯びていた。


「この大根と人参と蕪をどうするの、お父さん?」

「魔法薬の材料に使ってもいいけど、巨大猪の血を吸って育ったなら、妙な効能がありそうだな」


 魔法薬の調合には気軽に使える雰囲気ではない筋肉質な大根と人参と蕪を、朱雀はどうするか迷っていた。こんな大根と人参と蕪が育ったのは初めてなので、薬草を育てるのを得意としている玄武に聞いてみることにする。

 魔法具は王都で買っていたので、首から下げた管状の硝子に手を触れて玄武と通信すると、玄武はすぐに返事をしてくれた。


『久しぶりだな、朱雀。最近、銀鼠と仲がいいようだが』

「銀さんを知っているのか?」

『まぁ、知っているというか……恋人同士だぞ?』


 玄武の言葉に朱雀は聞くことを忘れそうになるくらい驚いていた。十年以上朱雀の家に通って来ている銀鼠は自分のことをあまり多く語らない。物静かな質なので、朱雀の方も深くは聞かなかったが、銀鼠と玄武がそういう関係だとは知らなかった。


「銀さんと玄武が……」

『たまに王都に泊まりに行っているよ。銀鼠の屋敷には俺のための部屋がある』

「意外だった……」

『それで、何か用だったんじゃないか?』


 玄武に促されて、朱雀は用事を思い出す。葉っぱを掴んだ筋肉質な大根と人参と蕪を立体映像で映して見せた。


「これは巨大猪の血を吸ってしまったようなんだ。魔法薬に使うとしても、効能が変わっているかもしれないから、どうしようか悩んでいて」

『それなら、品評会に出してみるのはどうだ?』

「品評会?」


 そんなものがあるのかと朱雀が聞き返すと、玄武は詳しく教えてくれた。


『貴族の中には魔法植物を飼いたがるひとたちがいるし、それ以外にも良質な魔法植物を求めているひとがいるんだ。そのひとたちに売り付けてしまえばいいんじゃないかな』


 効能が分からなくても、飼う分には問題はないのかもしれない。

 お金に困っているわけではないが、何をするにもお金はかかってしまうものだ。青慈と紫音と藍と平穏に暮らすために蓄えはいくらあっても困ることはなかった。


「品評会はいつ、どこで開かれるんだ?」

『王都で今月末に開かれるよ。毎月月末に開かれている』


 教えてもらった朱雀は銀鼠が紫音を迎えに来たときに相談しようと考えていた。


『俺も参加するから、そのときは迎えに行こうか?』

「いいのか、玄武?」

『ちょっと寄り道するくらいは簡単だよ』


 銀鼠に紫音の歌の練習の日をずらしてもらう相談をしようと考えていた朱雀だったが玄武が転移の魔法で来てくれて連れて行ってくれるならばそれに甘えることにした。


「よろしく頼むよ」

『また、当日に迎えに来る前に連絡するよ』


 快い返事をくれて玄武は通信を切った。

 品評会に出る前に、朱雀は青慈と紫音と藍に相談することにした。


「王都で月末に魔法植物の品評会が開かれるみたいなんだ。巨大猪の血を吸って急成長してしまった大根と人参と蕪を連れて行こうかと思っている。青慈と紫音と藍さんも一緒に来るか?」

「俺もお父さんと一緒に行きたい! 品評会って大根や人参や蕪以外の魔法植物も売られるんだろう? 見てみたいよ」

「私も行きたいわ! どんな魔法植物が出品されるのかしら」

「私も行っていいのかしら」


 青慈も紫音も藍も品評会に行くのには乗り気なようだ。全員で行っても玄武は移動に不自由しないだろうから、月末までに準備を進めておくことにした。

 また王都に行くので国王軍の兵士には警戒しないといけないが、先日の紫音の脅して国王も諦めはしないだろうか。青慈と紫音を捕えることの方がとても危険だということに朱雀は気付いて欲しいと思っていた。

 魔王と四天王を5歳と3歳で倒してしまった青慈と紫音である。

 勇者の青慈と聖女の紫音をそばに置くことで魔王や魔族除けになると思っているのかもしれないが、嫌ならば壁を突き破ってでも逃げ出すだろうし、壁を突き破られた王城がそのまま建っていられるかも疑問でしかない。

 王城を壊してしまったとなるとさすがの青慈と紫音も国王から指名手配されるようになってしまうかもしれない。今の状況もあまり歓迎できないが、この上山の集落にまで国王軍が雪崩れ込んでくるようになれば、面倒ごとが増えてしまう。


「紫音はくれぐれも目立つ行動はしないように」

「分かったわ。今度は歌わないように気を付ける」

「青慈も大人しくしていてくれよ」

「お父さんに手を出す奴がいたら容赦しないけど、そうじゃなかったら大人しくしておくよ」

「私も藍さんに手を出す奴がいたら容赦しないわ」


 青慈と紫音の「容赦しない」は本当に人死にの出るようなものだから、朱雀は心配になって来る。何より、青慈も紫音も二人ともとても可愛かった。

 艶々の真っすぐな黒髪を横で結んだ青い目の背の高い青慈と、ふわふわの癖のある髪を背中に流している美少女の紫音。天使のように可愛い二人に目を付けて、ちょっかいを出してこない命知らずな輩がいないとも限らない。


「今回は別行動はしないからね? 絶対に私のそばを離れないこと」

「分かった、約束するよ」

「藍さんとお父さんと一緒にいるわ」

「みんなではぐれないようにしましょうね」


 全員で固まって動けば逃げるときも少しは安心だろう。

 朱雀は一応前回の王都行きのときも作った魔力を上げる魔法薬を調合した。これを使えば朱雀も転移の魔法を使えるはずだ。

 消耗が激しいので気軽には使えないが、必要なときには朱雀はいつでもそれを使うつもりだった。

 魔法植物の品評会まで、もう少し時間があった。


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