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6.王都での夜

 夕食が終わって長椅子で寛ぎながらお茶をいただいている間も、青慈と紫音は銀鼠の暮らしに興味津々だった。


「王都は魔法を使えるひともたくさんいるんでしょう? 新鮮な魚介類も乳製品も、すぐに届けられるんじゃない?」

「そういうことができるのは貴族くらいで庶民の手には届かない」

「そうなの!? 俺の家は乳製品を作ってる農家さんと、海沿いの街の漁師さんと契約を結んで、転移の箱に届けてもらってるけどなぁ」

「個人的にそういう契約ができる朱雀殿の家の方がずっと贅沢かもしれないな」


 紫音の疑問に答えた銀鼠に、青慈が驚いて自分の家のことを話している。個人的に契約して新鮮な乳製品や魚介類を届けてもらっている朱雀の家は、銀鼠の王都暮らしよりも贅沢だったようだ。


「確かにお父さんのご飯は美味しいもんな。銀先生の家のご飯みたいに色んな種類はないけど、美味しいのが二種類くらいドカッと出て来る」


 青慈の言うように、成長期の青慈と紫音、それにそれぞれ家庭を持った後の杏や緑も子どもを連れて食事をしにきたりするので、朱雀は何種類も料理を作るよりも二種類くらいの料理を大量に作ることに慣れていた。銀鼠の屋敷のように次々と料理は運ばれてこないが、その二品は朱雀が心を込めて作ったものだ。

 それを美味しいと言われて嬉しくないはずがない。密かににやけていると、銀鼠がふっと笑って朱雀を見た気がした。


「銀先生は国王陛下の仕事も請けているんでしょう? 国王陛下に私たちに干渉しないように言ってくれないかしら」


 国王が朱雀に手紙を送ったり、青慈と紫音を誘拐しようとしたりしてきたことが、紫音の頭の中にはあったのだろう。銀鼠に頼むと、銀鼠は静かに答える。


「国王陛下の音楽隊の曲を作っていると言っても、国王陛下に従うものが使いに来て、曲を依頼して、私は曲を作って渡すだけ。国王陛下からお褒めの言葉もないような状態だよ」


 王城に招かれたこともない。国王は銀鼠に仕事は頼むが、王城に招いて礼をするような相手とは思っていないようだ。


「金は潤沢にもらえているし、設備も整えてもらっているし、いい暮らしはさせてもらっているけれど、国王陛下と直接会うようなことはないんだ」

「そうなのね」

「お父さんを悩ませないでくれると嬉しいんだけど」


 青慈の言葉に朱雀は飲んでいたお茶の茶杯を下に敷く皿の上に置いて、卓の上に置いた。


「青慈は国王から私が悩まされていると思っているのか?」

「手紙が来てるのは知ってるよ。お父さんがそれを握り潰してるのも」

「私、山で私と青慈を捕まえようとする奴らに会ったことがある」

「あのときは、近くの木を殴って紫音ちゃんが倒したら逃げて行ったね」


 国王からの手紙のことを青慈は知っていただけでなく、紫音は国王から派遣された勇者と聖女を捕えるための兵士を追い返していたようだ。聞いていなかったことを聞かされて、朱雀は渋い顔になる。


「そういうことがあったなら教えてほしかった。保護者として知っておきたかった」

「ごめんなさい、お父さんが心配するかと思ったんだ」

「木を殴ったくらいで逃げて行ったから、平気かと思ったの。お父さん、ごめんなさい」


 素直に謝って来る青慈と紫音に、朱雀は藍に向き直る。


「藍さんは知ってたのか?」

「紫音から聞かされてたわ。朱雀さんは青慈から聞かされているものだとばかり思っていた」


 藍の方は紫音がちゃんと報告していたようだ。藍は青慈と紫音の乳母で、紫音が一番信頼していて、恋愛的に愛しているのだと分かっている。それにしても、朱雀は青慈と紫音の養父なのに知らされていなかったことが若干解せない。

 それでも、謝られてしまうと青慈と紫音が可愛くて朱雀は許すしかなくなる。


「デザートを食べようか?」

「でざあとって何?」

「美味しいもの?」

「夕食の最後に出て来る甘いもののことを異国でデザートというらしい」

「私、食べたい!」

「俺も!」


 お腹いっぱい晩ご飯を食べたはずなのに、運ばれて来るデザートに紫音と青慈は目を輝かせている。物を食べているときは、青慈も紫音も小さな頃と全く印象が同じになる。

 丸い白玉団子の入った冷たく冷やされたぜんざいが出されて、その上に生クリームが飾ってあるのを見て、青慈も紫音も匙を手に取った。匙に掬って大きなお口で食べているのが可愛い。16歳と14歳になったとしても、ケーキを吸い込むようにして食べていた小さな青慈と紫音と、今の青慈と紫音は、朱雀の中で全く印象が変わっていなかった。

 朱雀も器に匙を入れて食べる。茶杯が下げられて、今度は黒い飲み物が用意されている。取っ手のある茶杯に入った黒い飲み物を一口飲んで、青慈と紫音が悲鳴を上げた。


「ぎゃ! 苦い!」

「苦いわ! なにこれ!」

珈琲(コーヒー)という異国の豆を炒ってすり潰して抽出した飲み物だ。とても香りがいいから楽しんでもらえたらと思ったのだが」

「にがぁい!」

「牛乳を入れてみるか?」

「牛乳!」


 苦さに顔を顰めている青慈と紫音に、牛乳の入った小さな容器が運ばれてきた。青慈も紫音もたっぷりと牛乳を珈琲に入れて、紫音は藍の分にも牛乳を入れている。


「牛乳美味しいから、入れてあげるわ」

「ありがとう、紫音」

「お父さんの分がなくなっちゃった」

「私はなくても平気だよ」


 確かに珈琲は苦かったけれど、香りがあって酸味もあってよく味わうと苦いだけではない美味しさが分かる。甘いぜんざいに珈琲はよく合って、朱雀は牛乳を入れなくても珈琲を飲み干していた。


「牛乳を入れると美味しいね」

「紫音ちゃん、表面張力になっちゃうくらいまで入れたの?」

「だって、牛乳は美味しいんだもの」


 紫音の茶杯は表面に白濁した珈琲が膨らんで見える表面張力が起きるくらい牛乳が入れられていた。それを飲みつつ紫音は満足そうな顔でぜんざいを食べている。

 食べ終わったら、風呂場を案内されて、客間に通された。


「風呂は自由な時間に入っていい。結構広い風呂だから、寛いでもらえたら嬉しい。客間はこっちが女性用、こっちが男性用に準備している」


 覗いた客間は男性用の部屋に寝台が二つ、女性用の部屋に寝台が二つ用意されていた。寝台は部屋の端と端に離されているが、何となく配置に意識をしなくもない。朱雀がそわそわしていると、青慈が元気よく紫音に言っていた。


「紫音ちゃん、先にお風呂に入ったらいいよ」

「そうさせてもらおうかな。藍さん、一緒に入る?」

「一人で入るのが怖いの?」

「広いお風呂だから一緒に入ってもいいでしょう?」


 初めての場所だから一人では心細いという雰囲気を出す紫音に、藍が苦笑しながら着替えを用意して風呂場に行っている。


「青慈、一人でお風呂に入れるかな?」

「俺はもう16歳なんだってば!」


 初めての場所なので不安かもしれないと声をかけた朱雀に、青慈が大きな声で反論していた。どうしても朱雀は青慈が小さな天使のままの印象が抜けない。大きくなってもこの世で一番可愛い天使だと思っていることには変わりがないのだが、16歳にもなってしまったことをすぐに忘れてしまう。

 十年なんて朱雀の中では一瞬過ぎて、過ぎ去ったことを認められないのだ。藍の外見が変わらずにいたことにすら、杏と緑に指摘されるまで気付かなかった朱雀である。青慈が大きくなったと認識を改めるのは相当難しい気がする。

 紫音と藍が風呂から出てきて、青慈が朱雀を促す。


「お父さん、先に入ってきていいよ」

「青慈が先でいいよ」

「そう? それじゃ、入ってくるね」


 一人で風呂に向かった青慈の背中を見送って、朱雀は寝台に腰かけた。今日は早朝から畑の世話をして、兎の白と雪に餌を多めに上げて、麓の街に降りて馬車に乗って大きな街に行って、列車に乗り換えてかなり疲れていた。目を閉じると意識が薄れて来るのを感じる。


「お父さん? お風呂に入らずに寝ちゃうの? お父さん?」


 青慈の声が聞こえて、優しい手が頬を撫でるのを感じる。目を閉じたままでいると、青慈の顔が近付いてくるのに気付いた。息が触れるくらいの至近距離で、青慈が朱雀の顔に顔を近付けている。

 このまま口付けられて、強引に奪われてしまったら、朱雀はきっと流されてしまう。朱雀が欲しいと青慈に熱っぽく求められれば、青慈可愛さに朱雀は断ることができない。

 このまま奪ってくれればいいのにという気持ちと、それはいけないという理性が絡み合う。


「お父さん、お風呂!」


 ゴツンッと衝撃を受けて、朱雀は青慈に額に額をぶつけられたのだと気付いた。目を開けると青慈は既に顔を離していた。


「ごめん、疲れて寝ちゃってた」

「そうかなと思ったんだけど、今日はかなり移動してるし、お風呂に入ってから寝た方が気持ちいいよ」

「そうだな。起こしてくれてありがとう」


 額を押さえつつ朱雀は立ち上がって風呂場に向かった。脱衣所で服を脱ぎながら、胸がドキドキと早鐘のように打っているのを感じる。青慈は朱雀の顔が赤かったことに気付かなかっただろうか。脱衣所の姿見には褐色の肌の朱雀の姿が映っている。肌の色が濃いので朱雀は赤面しても気付かれない。

 風呂場に入ると広い洗い場と檜の大きな湯船のある豪華な風呂だった。洗い場で身体と髪を洗って、溜まっているお湯に浸かる。温かなお湯に浸かっていると、先ほどまでのことが思い出されてきた。

 あのまま強引に奪われていたら流されていたかもしれないなんて、いけないと大人の理性で思うのだが、青慈が本当に望むのならば朱雀は自分の身など差し出してしまうかもしれない。


「青慈……」


 口付けをされるかと思った。

 唇に指で触れて、朱雀はしばらく湯船の中から動けなかった。

 身体と髪を拭いて寝巻に着替えて部屋に戻ると、青慈は寝台でもうぐっすりと眠っていた。

 朱雀も寝台に入ったがなかなか眠れないままに何度も寝返りを打っていた。

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