5.王都到着
王都の駅はひとの群れでごった返していた。背の高い青慈と朱雀はいいが、小柄な紫音と中背の藍はひとに紛れてしまいそうになる。
「紫音ちゃん、藍さん、こっちに」
「銀さんは来てないのかな」
周囲を見回した朱雀だが銀鼠の姿は見えない。もう少しひとの少ないところに移動しようと歩いて行くと、ひとの流れは馬車の乗り場へと向かっているようだった。逆方向に歩いて行くと、少し空いたスペースがある。
ベンチに腰かけて藍と紫音が水筒からお茶を飲んだ。
小さい頃は水筒にも牛乳を入れておくような紫音だったが大きくなってからはお茶を入れるようになった。冷たいお茶を飲んで息をついていると、駅の入口の方から銀色の髪に灰色の目に褐色の肌の長身の銀鼠が歩いてくる。
「通信で連絡してくれればよかったのに」
「あぁ、そうだった」
通信具がないと通信の魔法も上手く使えないので朱雀は念頭になかったが、銀鼠と会えなかったら通信の魔法で居場所を伝えれば良かった。通信具の赤い鳥を彫った石を置いてきてしまったことを朱雀は後悔する。
「私は通信具がないと通信も碌にできないんだ」
「薬草調合は超一流なのに、魔法が得意ではないというのは本当なんだな。魔法具店に寄って行こう」
通信具がないのは不便なので、銀鼠は駅から歩いて魔法具の売っている店まで連れて行ってくれた。様々な魔法具が並ぶ中で、紫音が興味津々で店長に聞いている。
「不老長寿の妙薬はないの?」
「そんなものが作れるのは一握りの薬師だけですよ。邪法として国では禁じられていますし」
禁じているようなものを国王は青慈と紫音に飲ませようとしている。そのことに若干の憤りを感じながらも、朱雀は首からかける形の管型の赤い硝子の通信具を買った。
通信具を首から下げたのを見て、銀鼠が青慈には青い硝子玉の一個付いた首飾り、紫音には薄紫の硝子玉と薄紅色の硝子玉の組み合わさった首飾り、藍には水色の青い硝子玉と薄紅色の硝子玉の組み合わさった首飾りを差し出して来た。
「それは?」
「通信具と波長を合わせておくと、はぐれたときにどこに行ったかすぐに分かる代物だよ」
「それは助かるわ」
「お父さんのことも探せるのかな?」
「逆もできるよ」
首飾りを気に入っている紫音と、逆に朱雀のことを探せるか気にしている青慈。首飾りをつけている方にも朱雀の居場所が分かるのならば、王都での旅にはかなり役立つだろう。
朱雀は首飾りを纏めて買って金を支払った。
転移の魔法で銀鼠が連れて来てくれたのは、王都の郊外の静かなお屋敷だった。広い庭があって、池もあって、居間には大きなピアノが置かれていた。初めて見るピアノに紫音は興味津々で見つめている。
「触ってみても構わない」
「いいの? 銀先生」
「一曲弾こうか?」
ピアノの椅子に座った銀鼠が蓋を開けて鍵盤を指で叩く。零れてくる音に紫音はうっとりと耳を傾けている。
「銀先生、すごく素敵」
「綺麗な曲ね」
聞いている間に、使用人から朱雀と青慈は長椅子を勧められて、腰かけると取っ手付きの下に皿のある茶杯に紅茶が入れられて運ばれてきた。摘まむお菓子も置いてあって、銀鼠が王都で認められて豊かな暮らしをしているのだとよく分かる。
「あのひとは銀さんのご家族?」
「いや、使用人だ。夕食も厨房の使用人が準備している」
「使用人!? 銀さんは貴族なの!?」
純粋な目で見た青慈にとっては、家でお茶を出してくれるひとは家族しかいない印象だったのだろう。銀鼠があっさりと使用人だと告げているととても驚いている。
「貴族ではないが、貴族並みの扱いはされている。国王陛下の音楽隊の曲を作曲しているし、今回の歌劇団の曲も私が担当した」
「銀先生はすごいひとだったんだ」
「全然知らなかったわ。教えてくれたらよかったのに」
素っ気なくも思える口数の多くない銀鼠は、これまで青慈や紫音に自分の仕事や身分を語って来なかった。そのせいで青慈も紫音も銀鼠が王都でどのような地位を確立しているか全く知らなかったのだ。
話を聞いて青慈も紫音もすごいひとに歌を習っていたのだと認識を新たにしている。
「そんなすごい先生に、私は無償で歌を教えてもらってたのね」
「聖女を教えられる機会があるなんて思わないからな。私の方からお願いしたくらいだ」
聖女である紫音を教えるために銀鼠は自分から申し出てくれた。それだけ聖女という地位がとても貴重だったのだろう。
「聖女は歌で邪を祓う。噂されていた通りに、紫音ちゃんはとても歌の才能があった」
「え……歌で邪を祓う?」
納得している銀鼠に、朱雀の方は聞き捨てならない言葉を聞いた気分で問い返してしまった。歌で邪を祓うと銀鼠は言っているが、紫音の清め方を朱雀は長年目の当たりにしてきた。
「清めます」の掛け声と共に繰り出される拳。
その拳で魔王の四天王も倒されたし、一番近い話では魔物の巨大猪も倒された。どう考えても歌で清めていないのだが、銀鼠は真剣な表情で続ける。
「紫音ちゃんの歌は魔族や魔物を追い払う力が宿っている」
「それなら、なんで歌わないんだ、紫音?」
「えー? えい! した方が簡単じゃない?」
歌って平和に魔物を追い払えるのならば、歌いながら山の中を見回りするだけで魔物はいなくなるはずだった。大黒熊のような魔物ではない動物は残るかもしれないが、それでも、魔物がいないだけで猟師たちはかなり仕事がしやすくなる。
「お願いだから危ないことはしないで、できるだけ歌で対応して欲しい」
朱雀の切なる願いに紫音は納得していない表情だが頷いていた。
食卓に招かれて晩ご飯が運ばれて来る。鶏肉を薄い焼いた小麦粉の皮に包む料理や、豚の三枚肉をとろとろに煮て包に包む料理に、野菜たっぷりのお汁に、餃子とたくさんのご馳走が出て来る。
「全部食べていいの!?」
「こんな豪華なご飯を毎日食べてるの、銀先生?」
目を輝かせる青慈と紫音に、銀鼠が穏やかに頷いて食べるように促す。食べながらも話が弾む。
「銀先生が歌劇団の作曲を手掛けたのよね」
「そうだが」
「紫音にも歌劇団の歌を教えられるってことじゃない?」
藍の提案に、銀鼠が灰色の目を僅かに笑ませた気がした。
「そのつもりで、歌劇団の公演を見てもらいに連れてくる予定だった」
「私、歌劇団の歌が歌えるの?」
「私の渾身の楽曲だから、ぜひ歌えるようになってほしい」
作曲した銀鼠の気持ちとしては、弟子の紫音にもその曲を歌わせたかったようだ。それで紫音を王都に招いてくれたのだ。
「すごく楽しみ。帰ったら練習して、杏さんと緑さんにも歌ってあげなきゃ」
「どんな演目なのかしらね」
紫音と藍は楽し気に話している。
「演目は見てのお楽しみだ」
「俺も招いてくれてありがとう、銀先生。お父さんと歌劇団の公演に行けるなんてすごく楽しみだよ」
「私と行くのが楽しみなのか?」
「お父さんと、特別なお出かけでしょう? 二人きりじゃないのがちょっと残念だけど」
特別なお出かけと言われて朱雀は意識してしまう。頬を染めて嬉しそうにしている青慈はとても可愛い。
藍と紫音も仲睦まじく歌劇が楽しみだと話し合っている。
これはもしかして逢い引きのようなものなのではないか。少なくとも青慈はそのつもりで頬を染めて語っている。
青慈と二人きりではなくて、紫音と藍もいて、家族旅行のような気分で来た朱雀にとっては、青慈が期待していることに気付いてはいてもそれに応えられるかが分からない。
恋人同士なわけではなくて、朱雀と青慈はあくまでも養父と養子だ。血の繋がりがないので結婚できると言われればそれまでだが、朱雀は青慈のことを子どもとして愛して可愛がっている。
「私はただの家族旅行だと思っているよ」
そう告げるのが冷たく聞こえないか、朱雀は気にしながら口にした。
「お父さんは恥ずかしがり屋だもんね」
青慈は大らかに笑っている。
そうではないのだと否定したくても、朱雀は頬が熱い気がして俯いた。




