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19.紫音の歌の先生

 紫音の歌の先生について、朱雀が一番最初に相談したのは青龍だった。


「紫音には魔力のこもった歌を歌える才能がある。誰かいい先生はいないものか」


 相談すると青龍はすぐに思い付いたようだ。


『王都に妖精種の作曲家がいるわ』

「王都までは私が毎回送って行くわけにはいかない」


 魔法が得意ではない朱雀は、転移の魔法を気軽に使えない。困っていると、青龍がそうではないと言ってくれる。


『先生の方に来てもらえばいいのよ』

「そんなことができるのか?」

『聖女だったら、教えたいって思うはずよ』


 もうすぐ4歳になる紫音だが、まだまだ小さい。こんな小さい子どもを聖女とはいえ真剣に歌を教えてくれる相手がいるのだろうか。懐疑的な気持ちはあったが、青龍に教えてもらって、朱雀は妖精種の作曲家に手紙を書いた。

 手紙の返事は、すぐに来た。


「『聖女様にお会いしたいので、そちらを訪問させていただきます』……え!? 今日!?」


 青龍に相談してまだ数時間も経っていない。急な展開に慌てて朱雀は寝室から居間に階段を駆け下りて行った。


「紫音、お歌の先生が来るよ」

「おうたのてんてー?」

「そうだよ。紫音にお歌を教えてくれる先生が……」


 話している間に、庭の柵の門が叩かれた気がした。部屋用の靴から外用の靴に履き替えて、慌てて朱雀は門を開ける。門の前には銀色の髪に、灰色の目の男性が立っていた。褐色の肌で耳が尖っているので、妖精種だと分かる。


銀鼠(ぎんねず)という。山の賢者で、勇者と聖女を育てている朱雀殿だな。よろしくお願いする」

「朱雀です。よろしくお願いします」

「堅苦しい敬語はいらない。私のことは銀とでも呼んでくれ」


 長い銀色の真っすぐな髪を一つに括っている銀鼠は、早く紫音に会いたい様子だった。家の中に招いて、紫音を紹介する。


「この子が聖女の紫音だ。紫音、このひとは銀鼠さん。紫音の先生だよ」

「ぎんねずてんてー!」

「銀で構わない」

「ぎんてんてー! しおんです!」


 上手にご挨拶ができた紫音に銀鼠は肩からかけている小さな鞄から、小さな竪琴を取り出した。竪琴を奏でながら歌を歌う。紫音はその歌を紫のお目目を見開いて聞いていた。


「今の歌を真似できるかな?」

「できる!」


 聞いた曲を紫音がそのままに歌っていく。一度しか聞いていないのに、歌詞はむちゃくちゃだが、旋律は美しく歌えていて、銀鼠は紫音に可能性を見出したようだった。


「さすが聖女様だ。報酬はいらない。この家に三日に一度通わせてもらって、紫音ちゃんに歌を教えさせてくれ」

「ぎんてんてー、きてくれるの?」

「来てもいいかな?」

「わたち、あいたんにすてきなおうた、きかせたいの。おしえてくれる?」

「教えるとも」


 青慈が春から学校に行くのに、紫音だけ取り残されることがないかと心配していた朱雀だが、紫音にはいい歌の先生ができたようだ。銀鼠に藍も挨拶をしている。


「紫音の乳母の藍です。どうぞよろしくお願いします」

「藍殿、畏まらなくていい。普通に話してくれ」

「あ、はい……春からは青慈を学校に送って、その後で紫音を見てもらう感じでいいのかしら?」

「来る前に連絡を入れよう」


 銀鼠とも連絡をこまめにとらなければいけなくなりそうだし、青龍や玄武や白虎とも連絡を気軽に取りたい。朱雀は居間に赤い鳥を彫った置物を持ってくることにした。

 三日に一度銀鼠が来て紫音に歌を教える。歌っている紫音の後ろで、西瓜猫の鈴と鎧を着た大根と遊びながら、ちらちらと青慈も銀鼠のことを気にしているようだった。青慈はもうすぐ学校に行くようになるので、銀鼠の練習を継続して受けることはできない。それでも、紫音が教わっていることは青慈も興味があるのだろう。


「銀さん、青慈にも学校に行くまでの期間でいいから、歌を教えてもらえないか?」

「おとうさん、いいの?」

「練習する意欲のある子は大歓迎だ」

「ぎんせんせい、ありがとう」


 練習に混ぜてもらえることが決まった青慈は嬉しそうに紫音と並んで銀鼠の前に立った。銀鼠が竪琴で弾く曲に、紫音も青慈も耳を澄ましている。


「今の曲が歌えるかな? 青慈くんから」

「は、はい!」


 聞いた曲を青慈は再現しようとしているが、どうしてもうまくいかない。歌詞は歌えているのだが、旋律がバラバラになってしまう。


「次は紫音ちゃん」

「はい!」


 紫音の方は歌詞は全然歌えないのだが、旋律はしっかりと奏でられた。


「しおんちゃん、るーららー、じゃなくて、かぜのおとー、だよ」


 満足そうな顔をしている紫音に、青慈が歌詞を教えている。


「ちがった?」

「よぞらにひびく、かぜのおとー、でもういっかい、うたってみて」

「よぞらにひびく、かぜのおと……わかった!」


 教えられた歌詞で紫音が歌うと、青慈がそれを聞いて、旋律を修正している。二人揃うと歌が少しずつ完璧になっていくようだ。


「青慈くんは歌詞をよく聞いているな。よく覚えられている」

「ありがとうございます!」

「紫音ちゃんは上手く旋律を覚えられてるな。歌詞がこれに伴えば、最高なんだが」

「がんばりまつ!」


 二人で歌っていると補い合っていくのがさすが兄妹だと調合しながら聞いていた朱雀は感心してしまった。

 お誕生日が来て、もうすぐ青慈は学校に行くようになるが、時間をずらしてもらって、青慈が学校から帰って来てから紫音と一緒に歌の練習をした方がいいのかもしれない。


「銀さん、青慈が学校に行くようになったら、青慈が帰ってから歌の練習をしてくれるようにお願いできるか?」

「私もその話をしようと思っていた。青慈くんと紫音ちゃんはお互いに補い合っている。二人で一緒に練習を受けた方が成長するだろう」


 歌の先生として銀鼠は優秀なようで、朱雀が考えていたことには既に気付いていたようだった。銀鼠からも申し出てもらえて朱雀はホッとする。


「青慈の学校が始まったら、帰る時間が分かるから、そのときにまた打ち合わせをしよう」

「分かった。よろしくお願いする」


 学校が始まってから、青慈と紫音の歌の練習の時間は決めることを約束して銀鼠は帰って行った。

 お誕生日が近くなった青慈と紫音のために、藍が朱雀にお願いしてきた。


「銀先生も来てくれるようになったし、青慈は学校に行くし、二人に新しい服を買ってあげたいんだけど」

「そうだったな。衣装のことまでは考えていなかった」

「紫音のこと、私はお姫様みたいに育てたいから、三日に一度銀先生が来るなら、もっと可愛い格好をさせたいのよ」


 切実な藍の願いに、朱雀は大きな街に行くことにした。

 学校に入学するにあたって、青慈にも新しい服が必要なのは間違いなかった。

 これまで着ていた服が少し小さくなってきていたような気がしていたのだ。

 大きな街に買い物に行けると聞いて、杏と緑も喜んでいた。


「買い足したいものが色々あるのよね」

「雪が溶けて、お客さんも増えて来たし、薬を入れる袋や持ち帰りの手提げ袋も準備しなきゃ」


 薬屋として仕事をしている杏と緑にとっては、麓の街では買えない商売用の備品も定期的に買い足すことが必要なようだった。

 馬車で大きな街に行って、朱雀と藍は青慈と紫音の服を買い込み、杏と緑は薬屋のための備品を買い込む。買い物が終わって宿で合流して、一泊して次の日に帰って来た朱雀と藍と青慈と紫音と杏と緑は、一日家を空けた間の薬草の世話に追われた。

 雑草は抜いても抜いても毎日生えて来るし、害虫もどこからか湧いてくる。餌を多めに置いておいたはずの白と雪も、「何にも食べていません」とばかりにお腹を空かせて朱雀たちの帰りを待っていた。


「とーたん、ゆきたんのこやをつくって」


 春になったのでそこそこ大きくなった雪の小屋を作って欲しいと紫音は強請って来る。

 忙しく朱雀は動き回っていた。

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