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18.春の開墾と西瓜猫の名前

 雪が降る日が少なくなって、火が過ぎて、遂に雪が解けた。庭の土が見える状態になって、青慈と紫音はまだ冷たい風に外套を着ながらも楽しそうに庭で走り回っている。

 朱雀と杏と緑は、今年の開墾計画を立てていた。


「先に私の畑を開墾しよう。その次に杏さんと緑さんの畑の開墾を」

「もう雪は降らないかしら」

「寒さが戻ってくるってこともあるからねぇ」


 寒さが戻って来て雪が降り積もったり、土が凍ってしまったりしたら、作業は中断される。充分に春の兆しが見えて雪はもう降らないだろうと思っていても、ここは山の中で天候が変わりやすくて、寒さも戻って来やすいのだ。


「開墾が終わるまでは種は蒔かないことにしよう。それなら、雪がまた降っても、土が凍っても安心だ」

「そうね。種まきの準備だけしておきましょう」

「今年は何を植える?」


 緑の疑問に朱雀が答える。


「去年玄武から種をもらって試しに育ててみた西瓜猫と南瓜頭犬が結構使えたから、本格的に育ててみたい」

「私も気になっていたのよね、西瓜猫と南瓜頭犬」

「逃げ出したりするのかしら」


 杏と緑の視線の先には、俊敏な動作で逃げ回っている青慈の西瓜猫の姿があった。不思議な客が来たときに青慈に与えた西瓜猫だが、今ではすっかりと青慈の遊び相手になっていた。走り回る西瓜猫と兎の雪と白を、青慈と紫音で笑い声を上げながら追いかけている。

 あれだけ俊敏ならば、逃げ出すことがあるかもしれない。去年は試しで少ししか育てていなかったので、気付かないことがあったかもしれないが、西瓜猫と南瓜頭犬には気を付けなければいけない気がする。


「後で青慈と図鑑を読んでみよう」


 青龍が届けてくれた魔法生物の図鑑には、西瓜猫と南瓜頭犬のことも載っているだろう。


「それじゃ、明日から始めましょうね」

「よろしく、朱雀さん!」


 畑仕事は早朝に行うので、その日は計画を立てるだけで終わった。

 次の日は早朝に起きて畑の開墾をする。朱雀の畑を掘り返していると、青慈と紫音も手伝いに来た。


「おとうさん、おれもやるよ!」

「わたち、くわ、かちて!」

「鍬は危ないから円匙(えんし)を使うといいよ」


 大きな先の尖った匙のようになっている円匙の柄を握って、青慈と紫音がしゃがみ込んで土を掘り返している。冬の間雪に閉ざされていた硬い土も、青慈と紫音の腕力では軽々と掘り返されていた。


「あ! おとうさん、ミミズ!」

「めめぞ!」

「ミミズは土を豊かにしてくれるから、土の中に戻してあげて」

「わかった、ミミズ、またね」

「めめぞ、またね!」


 ミミズは土の中に戻して、青慈も紫音も一生懸命土を掘り返す。

 その日の朝ご飯までの時間に、朱雀の畑はしっかりと耕された。後は畝を作って種まきに備えるだけだ。

 朝ご飯には汁麺を作って、湯気の中、吹き冷ましながら食べる。青慈には中くらいのお椀、紫音には小さなお椀で出したが、二人ともお代わりをしていた。

 次の日には杏と緑の畑を掘り返して耕した。外套を着ていると青慈も紫音も汗びっしょりになっていた。汗をかいたままにしておくと風邪を引くので、青慈は朱雀と、紫音は藍とお風呂に入って汗を流す。


「あしたは、うねをつくるの?」

「そうだよ。そうしたら、種を蒔けるからね」

「おれも、たねまきしたい」


 楽しみにしている青慈に、朱雀は翌日も作業を続けるつもりだった。

 その夜はキンと冷たい空気が張り詰めていて、嫌な予感はしていた。

 翌日起きてみると、庭は一面の銀世界になっていた。寒さが戻って来たのだ。


「おとうさん、へいきだよ、そんなにつもってない」

「まだ種まきをしなくてよかった」


 深靴を履いて玄関の扉を開けた青慈が、深靴の足首くらいまでしか雪が積もっていないのを確かめて、朱雀を慰める。寒さが戻ってくる可能性があるのは想定内だったので、朱雀はその日は畑の作業は諦めて、家で調合をしていた。

 その次の日には雪は溶けて、日差しも暖かくなっていた。

 朱雀と青慈と紫音と藍と杏と緑で、今度こそ畑に畝を作る。朱雀の畑の畝と、杏と緑の畑の畝が出来上がった。


「種まきは一週間くらい待ってからにしようか」

「また寒さが戻ってくるかもしれないものね」

「急がなくても、季節に合わせれば大丈夫よ」


 朱雀の提案に杏も緑も賛成してくれた。

 朝食の後で朱雀は青慈と紫音と魔法植物の図鑑を見ていた。注目したのは西瓜猫と南瓜頭犬の項目だ。

 青龍は子ども用ではない、しっかりと詳細な説明のある図鑑を送ってくれていた。

 図鑑の頁を捲ると、西瓜猫と南瓜頭犬の載っている場所に来る。


「充分に成長すると、尻尾の蔓を切って、自分で種を残したい場所に移動する……やはり、逃げ出すのか」

「え!? スイカねこ、にげだすの!?」


 読んでいる朱雀の声を聞いて、青慈が西瓜猫をしっかりと抱き締める。抱き締められて西瓜猫は「びにゃー!」と暴れている。


「栄養剤を与えて飼っている西瓜猫は逃げ出さないと思うよ」

「よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす青慈が、朱雀を真剣な顔で見つめる。


「おれ、このこにおなまえをつけてあげたいんだ」

「いいんじゃないかな」


 紫音は兎の白と雪を飼っているが、青慈は特に何も飼っていない。飼っているとすれば大根くらいだ。大根は大根なので、青慈の中では動物の分類ではなくて、野菜の分類なのだろう。西瓜猫も同じく魔法植物なのだが、猫の姿をしているということが少し青慈の中では違うようだ。


「おなまえ、なにがいいかな?」

「青慈の好きな名前でいいよ」

「えっと、えっと……」


 一生懸命考えている青慈は、朱雀の手を握った。


「おとうさんのおなまえ、かみにかいてくれる?」

「いいよ?」


 何のことかと思いながらも朱雀は請われた通りに青慈の前で紙に自分の名前を書いた。青慈が朱雀の『朱』という字を指さして問いかける。


「これはどういういみ?」

「これは、朱色っていう意味だよ」

「あかいの?」

「そう」

「こっちは?」


 続いて青慈は『雀』の文字を指さす。


「これは雀。小鳥の雀の字だよ」

「すずめ! おとうさんのなまえは、あかいすずめなんだね」

「まぁ、そうなるね」


 答えた朱雀に、青慈は西瓜猫の名前を決めたようだった。


「すずちゃんにする」

「すずちゃんか。鈴みたいだな」

「それいいね! すずみたいにまるいもの」


 最初は雀から思い付いたのだろうが、西瓜猫の名前は鈴に決まってしまった。確かによく太った西瓜猫は身体も頭も鈴のように丸い。鳴き声は掠れて潰れていて、とても鈴とは言えなかったが、青慈の思い付いた名前に、朱雀は文句をつけるつもりはなかった。


「しおんちゃん、おれのスイカねこ、すずちゃんだよ」

「すずたん!」

「あいさん、おれのスイカねこ、みて! すずちゃんっておなまえつけたんだよ」

「可愛い名前ね」


 西瓜猫を抱き締めて紫音と藍に見せに行く青慈の姿に、朱雀は頬が緩むのを感じた。

 青慈の西瓜猫の名前も決まって、一週間の時間が経って、朱雀は畑に種まきを始めた。

 畝に青慈と紫音が指で小さな穴を開けて、中に一粒ずつ大事にマンドラゴラと西瓜猫と南瓜頭犬の種を植えている。種を植えた後には、如雨露で水をあげていた。藍が二人の作業を見守っている。

 朱雀と杏と緑は、薬草の種を別の畝に植えていた。

 二日がかりで朱雀の畑の種まきと、杏と緑の畑の種まきが終わった。

 これから毎日早朝に水やりをしなければいけない日々が戻ってくる。


「種まきが終わると春になった感じがするわね」


 藍の嬉しそうな表情に、紫音も土塗れの手を上げて歌を歌っている。


「青慈が学校に通ってる間、紫音を歌の先生のところに通わせた方がいいんだろうか」

「そうね。紫音ももう4歳になるんだものね」


 朱雀の呟きに藍が頷いている。

 青慈と紫音の誕生日も近い。

 聖女として成長するために、紫音はこれから歌の先生を探さなければいけない。青慈と紫音を勇者と聖女として特別扱いするつもりはなかったが、紫音が歌が好きで、自分で作った歌を歌っている様子を見ると、朱雀は紫音の才能を伸ばしてやるべきだろうと思ってしまうのだ。

 紫音が4歳になったら歌の先生を。

 朱雀はそのことを検討していた。

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