12.栗のケーキと天ぷらで誕生日
秋には杏と緑のお誕生日がある。
ケーキに飾る果物を買い出しに行った青果店で、朱雀は栗に目を止めていた。
「栗を甘く煮て、栗きんとんみたいにしたら、ケーキに飾っても美味しいんじゃないだろうか」
「あ、それ、異国のお菓子の作り方の本に書いてあったわ。なんだったっけ……も……も……とにかく、『も』が付くケーキだったわ」
青果店を一緒に見ていた藍が、本に載っていたと背中を押してくれた。栗を甘露煮にしたものを乗せても美味しいのではないかと思って、朱雀は栗を買うことにした。
「わたち、おいも、すき!」
「紫音はサツマイモが大好きよね」
「とーたん、おいも、てんぷらにしてくだたい」
お芋の天ぷらが食べたいという紫音のために、お芋も買う。晩ご飯を天ぷらにするならば、他の野菜も買い込まなければいけなかった。
「青慈は何の天ぷらが好き?」
「おれは、かぼちゃ!」
「南瓜も買おうか」
「私は、茄子と椎茸も好きよ」
青慈の求める南瓜も、藍の好物の茄子と椎茸も買って、朱雀の好きな玉ねぎも買った。杏と緑が薬屋を始めてから魔法薬を卸していなかったが、青果店で買い物を終えて久しぶりに薬屋の前を通ると、店主から声をかけられた。
「大黒熊除けの匂い袋、売れてるよ。もっとないかい?」
「今手持ちに少しあります」
大黒熊除けの匂い袋を渡して、料金をもらった朱雀に、店主が種を見せて来た。
「山の賢者様ならこれを育てられるんじゃないかと思って」
「これはなんですか?」
「新種のマンドラゴラの種なんだが、農家に預けて育ててもらった分は、全部育たなかった」
朱雀と杏と緑の畑で育てているマンドラゴラは大根と人参と蕪だが、それだけではない別の種類もあるようだ。薬効が違うようなので、その辺りの文献は青龍に頼んで取り寄せてもらわなければいけないだろうが、新しいマンドラゴラを育てるのに朱雀は意欲的だった。
「買い取りましょう」
「よかった。農家と契約して育ててもらおうとしたんだが失敗してしまって、赤字になるところだった」
お金を払って受け取った種の袋には、サツマイモとか玉ねぎとか山芋とか書かれている。
「山芋……山芋の天ぷらも悪くないかもしれないな」
「やまいも! おれ、やまいもすき!」
種を見て、朱雀は一度青果店に戻って山芋と里芋も買っておいた。
海沿いの街から魚介類は届く日なので、買わなくてもいい。肉類も少し買い足して、杏と緑と雑貨屋で合流すると、二人は取っ手付きの異国の茶杯を見ていた。
「ティーカップって言うんだって」
「下のお皿はソーサーって言うんだけど、お洒落よね」
「紅茶はこういう茶杯で飲むのが異国では普通だって聞いたわ」
「ちょっとお高いけど、買っちゃう」
値段で悩んでいる杏と緑に、朱雀は後ろからそっと声をかけた。
「そういう茶杯でお茶をするのもいいかもしれないね。杏さんと緑さんのお誕生日にかこつけて、全員分買っちゃおうか」
「いいの!?」
「こんな綺麗な茶杯でお茶が飲めるの?」
白地に水色と銀で模様の描かれた茶杯はとても美しい。朱雀と藍と杏と緑の分を買って、青慈と紫音にはもう少し小ぶりの赤い鬱金香の描かれた取っ手付きの茶杯を買った。
新しい茶杯も買うことができて、杏と緑のお誕生日お祝いも準備ができたと朱雀は安心していた。
「おとうさん、おれ、これがほしいんだけど」
「わたち、これ、ほちい」
会計を済ませようとする朱雀の元に青慈が持ってきたのは、小豆が学校で使っている勉強用の帳面で、紫音が持ってきたのは色鉛筆だった。クレヨンではなく小豆が色鉛筆を使っているのを、紫音はきちんと見ていたのだろう。
紫音の小さな手に色鉛筆は少し早い気もしたが、学校への憧れが胸いっぱいになっているのだろう。
「青慈は紫音の分も帳面を持っておいで。紫音は青慈の分も色鉛筆をもっておいで」
「おれも、いろえんぴつかってもらえるの?」
「わたちも、ちょーめん、いいの?」
二つも買ってもらえると思っていなかった青慈と紫音は大喜びで雑貨屋の棚から勉強用の帳面と色鉛筆を持って来ていた。
勉強用の帳面と色鉛筆は青慈と紫音のがま口の中に仕舞われた。
山道を登って家に帰る途中で、罠の場所を見回るのも青慈と紫音の日課になっていた。秋でまだ食べるものがあるので、罠の中に野菜を入れていても兎はかかっていない。
「おとうさん、おれ、かんがえたんだけどね」
「うん、青慈、何かな?」
「ダイコンのはっぱだったら、ウサギがくるんじゃないかな」
「せー、それ! わたち、ニンジンたんのはっぱをいれる!」
マンドラゴラの葉っぱを兎の白はとても好んで食べている。青慈と紫音の考えは妙案に思えた。
「青慈と紫音の大根と人参の葉っぱは、白にあげているから、使ってしまうと白のご馳走がなくなってしまうだろう。私が保存しているマンドラゴラの葉っぱを次から仕掛けてみよう」
「ありがとう、おとうさん!」
「ウサギたん、つかまえられるといーな」
楽しみにしている青慈と紫音のためにも、朱雀は兎を捕まえたかったが、雌でないといけないという条件を満たさなければいけないということも分かっていた。紫音が欲しいのは、白のお嫁さんの雌の兎なのだ。雄だと繁殖して増えてしまうので、朱雀も兎をどうするか困ってしまうので、雌同士だと助かるのだが、雌だけが罠にかかるとは限らないのだ。
「白のお嫁さんか……」
同性同士の結婚もこの国では珍しくないが、兎同士だとどうなのだろう。白がお嫁さんを受け入れるかどうかは、朱雀にも予測できなかった。
家に帰り付くと、お昼ご飯を作って、青慈は自分でほとんど食べられるようになったので見守って、紫音は藍に介助してもらってもりもりと食べている。杏と緑も食事は朱雀の家の母屋で一緒に食べていた。
「最近、頻繁に来るお客さんから、杏さん、口説かれているのよ」
「緑さんも、他のお客さんに口説かれてるじゃない」
「山の中で一緒に住んでくれるならいいわよって言ってるけど」
「家を増築しなきゃいけなくなるわ」
杏と緑はそれぞれに客から惚れられているようだ。家族が増えるとなると家も増築しなければいけない。食事も一緒に食べることはなくなるのだと思うと少し寂しいが、杏と緑が結婚するのならば朱雀はそれを応援したかった。
お昼寝をしない宣言をしても、お昼ご飯を食べ終わると頭がぐらぐらする青慈は、長椅子で静かに絵本を読んでいた。紫音は寝室で藍に寝かしつけられている。
台所で栗の皮を剥いて、朱雀は栗を甘く柔らかく煮始めた。異国のお菓子の本を見ると、栗を潰して生クリームと合わせて、ケーキの上に飾るようだ。ケーキの生地を焼いて、煮た栗を潰して、生クリームと合わせてケーキの上に絞っていく。
出来上がったケーキを卓の上に運ぶ頃には、紫音もお昼寝から起きていた。青慈は長椅子で座ったまま寝ていたが、藍に声をかけられてはっと目を覚ます。
「ねちゃった! ねないつもりだったのに」
「まだお昼寝をする年なんだからいいんだよ」
「ねたくないんだ。おれ、がっこうにいくんだもん」
学校に行くことを楽しみにしている青慈は少しでも早くその日が来るのを待ち望んでいるようだった。
おやつの栗のケーキを切り分けて、藍に紅茶を淹れてもらう。青慈は牛乳たっぷりの紅茶を飲んで、紫音は牛乳だけを鬱金香の描かれた茶杯に入れて飲んでいる。
「晩ご飯は天ぷらだよ」
この日のために、朱雀は前もって海沿いの街の漁師に手紙を書いておいた。
転移の魔法のかかった箱を開けると、活きのいい大きな海老が何匹も入って、ぴちぴちと跳ねていた。
「えび!?」
「すごい、えびてんがたべられる!」
紫音と青慈が海老を見て飛び上がって喜んでいる。
晩ご飯は人数分以上の海老がありそうで、天ぷらを作る朱雀も楽しみだった。




