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11.大黒熊退治

 兎の罠が荒らされていた。

 魔族はもうこの国には来ていないはずだし、罠の檻を破った痕が酷く乱雑なことから、これは大黒熊の仕業だとしか思えなかった。壊れた罠と周辺に飛び散った血や毛を見て紫音がぷるぷると震えている。


「紫音、抱っこしましょうか?」

「ゆるせないの……うさぎたん……」


 兎が食われてしまった衝撃と恐怖で震えているわけではなくて、紫音は怒りで震えているようだ。


「おおくろくまは、たいじしよう!」

「わたちもそうおもってた!」

「まちにおりていってわるさをすることもあるって、あずきちゃんとゆうちゃんのおかあさんもいってた!」


 大黒熊を退治する気になっている青慈と紫音を止めようとする朱雀だが、藍も真剣な表情になっていた。


「山を登って杏さんと緑さんのお店にやってくるお客さんも、匂い袋がないと来られないのは不便だし、大黒熊は一度全滅させた方がいいんじゃないかしら」

「そうなると山の生態系が崩れてしまうよ」

「それにしても、大黒熊は増えすぎてる気がするわ。ひとが設置した罠まで狙って来るんだから」

「かずをへらそう!」

「えい! する!」


 やる気満々の青慈と紫音に、藍までやる気になってしまっていることが朱雀には怖かった。藍と杏と緑は、青慈に蹴りを教え、紫音に殴る拳の動作を教え、魔王を倒すまでにさせた女性たちなのだ。

 勇者と聖女という生い立ちを持つ青慈と紫音にとっては、生まれてからの年月が魔族に狙われる日々だった。自衛のために教えた蹴りと拳が、大黒熊の顎を砕き、魔族の頬骨を砕く恐ろしいものだとは分かっていたが、朱雀はできる限り青慈と紫音に危ない目には遭って欲しくなかった。勇者と聖女である青慈と紫音が強いとは言っても、まだ5歳と3歳なのだ。生き物を殺すような場面は見せたくないし、本人たちにも殺させたくはない。

 止めたいのにやる気満々の青慈と紫音を朱雀はどうすれば説得できるか必死に考えていた。


「大黒熊は私が倒すから、青慈と紫音はお留守番じゃダメかな?」

「おとうさんがあぶないよ! おれ、おとうさんをまもる!」

「わたちもとーたん、まもる!」

「そうなっちゃうか……。私は肉体強化の魔法も使えるし、平気なはず、なんだけどな」

「おとうさん、おれのいないところであぶないことはしないで」

「わたちがついてる! まかてて!」


 朱雀が一人で大黒熊に挑もうとすると、逆に心配されてしまう。大黒熊をおびき寄せるにしても、どこから来るか分からないから危険なのだが、青慈と紫音は既にやる気になっていた。

 がま口から取り出したのは、深靴と手甲である。青慈は深靴に履き替えて、紫音は手甲を藍につけてもらう。

 青慈は足を蹴り上げる動作で準備運動をして、紫音は正拳突きの動作をしている。


「朱雀さん、諦めた方がいいわよ」

「青慈と紫音にそんなことさせたくないんだ」

「青慈は勇者で、紫音は聖女なの。それを認めるのも、朱雀さんには必要なことだわ」


 そう言われてしまったが、朱雀は納得できていなかった。

 大黒熊除けの匂い袋を藍が鞄に仕舞ってしまうと、次の罠のところに青慈と紫音と歩いて行く。先に立って朱雀が青慈と紫音と藍を守ろうとするが、次の罠にはなにもかかっていなかった。


「やっぱり今の時期は食べ物がたくさんあるから、兎も罠にかかりにくいんだよ」


 白を捕まえたのは餌の少ない冬場だった。冬毛で真っ白だった白も、今は薄茶色の毛皮に変わっている。冬になるとまた毛が抜けて真っ白に戻るのだろう。


「おおくろくまはいないのか」

「わたちが、えい! するのに!」

「おれも、けってたおすよ!」


 勇ましい青慈と紫音に不安を覚えつつ、朱雀は川べりの方まで来ていた。川ではばしゃばしゃと水音がしている。この時期は川を遡って鮭が産卵に来るので、大黒熊はそれを狙っていることがある。


「おおくろくま、いたー!」

「かくごー!」


 川の中に飛び込んで行こうとする青慈を朱雀が止めて、紫音を藍が抱き留める。


「やー! とー!」

「えい! えい!」


 空振りに終わる青慈の蹴りと紫音の正拳突き。

 人間が近くに来たことに気付いた大黒熊は、ぐるるると低い鳴き声を上げながら、朱雀たちの方にやってくる。

 普段ならば炎の魔法でも一つ唱えて、大黒熊を追い払うのだが、腕の中でじたばたと戦う気でいる青慈が止まらない。


「おとうさん、てをはなして!」

「あいたん、いかてて!」


 手を放した瞬間、青慈の飛び蹴りと、走り込んだ紫音の正拳突きが炸裂した。額を蹴り割られ、顎を正拳突きで砕かれた大黒熊が血泡を吐いて水辺に倒れる。水しぶきを浴びて少し濡れた青慈と紫音は、息を吐いて満足そうにしていた。


「えーっと、死体は処理しようね」

「おとうさん、くまってたべられる?」

「え? 私は食べたことないかな」


 熊が食べられるか青慈に聞かれて、朱雀は驚いてしまう。基本的に熊は雑食で、木の実や肉を食べる。雑食の動物とは臭みが強くて美味しくないのだと妖精種の村で朱雀は教えられていた。


「食べられないんじゃないかな」

「そっか……ざんねん」

「兎は美味しいわよ」

「やーの! あいたん、うさぎたん、たべないでー!?」


 悪戯っぽく言った藍に、紫音が悲鳴を上げていた。

 大黒熊の死骸は炎の魔法で焼いて埋めたが、その匂いに釣られて他の大黒熊がやってきた。朱雀たちを見ると、餌を見付けたかのように濁った眼を血走らせて、乱食いの牙から涎を垂らして襲ってくる。


「えい!」

「やー!」


 駆け出した青慈と紫音を止めることもできず、立ち上がって襲い掛かろうとした大黒熊は、腹に青慈の蹴りを受け、蹲ったところで頭に紫音の正拳突きを受け、頭蓋骨を砕かれて倒れた。


「もう終わり! やりすぎ!」

「おとうさん、かったよ!」

「にひき、たおした!」


 この山が大黒熊の生息域で、最近大黒熊が増えているとはいっても、二匹倒した時点で、残りの数は少なくなっているだろう。大黒熊の縄張りは広く、この山に数頭住んでいるだけだ。最近は山の鹿や兎が増えていて、そのせいで子熊が多く産まれて、育ったのだろうが、二頭減らしておけばかなり安心のはずだ。


「これ以上減らすと、今度は鹿や兎が増えすぎて、麓の街の畑に降りて行って、被害が出る」


 闇雲に大黒熊だけを減らせばいいのではないということを告げると、青慈も紫音も青と紫の目をくりくりさせて聞いていた。


「しかさんと、ウサギさん、ふえるの?」

「ふえたら、はたけ、もぐもぐすゆ?」

「そうだよ。生態系って言って、一つの生物が増えすぎても減りすぎても、山の理が壊れてしまうんだよ」


 今回大黒熊を二匹始末したことも、朱雀には正しかったのかどうか分からない。人間の計り知れないところで、自然の理というものは巡っている。人間がそこに介入することによって、山がおかしくなってしまうというのも、考え物だった。


「大黒熊が減ると、猪も増えるだろうし……」

「いのちち! いのちち、たおす!」

「もう、倒すのはやめておこうね、紫音」

「猪は結構美味しいのよね」

「藍さんも紫音を煽るようなことはやめて」


 猪も倒すと正拳突きを始める紫音を、朱雀は抱き上げた。抱き上げると紫音の身体が熱くなっているのが分かる。熱が出ているわけではなくて、眠くなっているのだ。


「家に帰ってお昼ご飯を食べて、少し寝よう」

「うさぎたん、ほちかった」

「また罠を仕掛けるからね」


 朱雀の言葉にこくんと頷いた紫音のお腹がきゅるきゅると鳴る。青慈のお腹も可愛くきゅるきゅると鳴っていた。


「おとうさん、おれ、もうすぐがっこうににゅうがくするから、おひるねはしないよ」

「それは無理をしないでね?」

「だいじょうぶだもん」


 話しながら帰る朱雀と青慈と紫音と藍の一行。

 兎はまだまだ罠にかかることがないようだった。

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