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10.青慈の願いと紫音の願い

 秋が近くなると朱雀の庭も、杏と緑の庭も、畑の収穫をする。収穫を手伝う青慈と紫音は、鎧を着た大根とドレスを着た人参を連れていた。初めに朱雀の畑から収穫が始まる。


「だいこんさーん、にんじんさーん、かぶさーん、でてきてー!」

「だいこんたん、にんじんたん、かぶたん、ならんで!」

「びゃいびょん、びんびょん、びょびゅ、ぎぇぎぇぎげ!」

「びゃびゃべ!」


 青慈の鎧を着た大根と、紫音のドレスを着た人参も何か言っている気がする。

 その様子を朱雀が見守っていると、マンドラゴラを植えている畝からぞろぞろと大根と人参と蕪が出てきて、それぞれならんでいた。並んだ大根と人参と蕪を捕まえて、藍と杏と緑が洗っていく。

 朱雀は他の薬草を摘んでいたが、それも青慈と紫音は手伝ってくれる。株ごと薬草を引き抜いてしまう青慈と紫音には、種を取るために残す株を伝えておかなければいけない。


「この三本は残すからね」

「わかったよ、おとうさん!」

「あい、まかてて!」


 引き抜いた株から葉っぱや実を収穫するのも藍と杏と緑が手伝ってくれた。


「今日はうちの畑で、明日は杏さんと緑さんの畑だね」

「同じ庭だから手を貸してもらえて助かるわ」

「青慈と紫音にも会えて寂しくないし」

「食事とおやつは一緒だし」


 家兼店が出来上がっても、杏と緑は食事とおやつには朱雀の家を訪れていた。離れの棟を挟んで繋がっているので、雨の日でも濡れることなく移動できるのだ。

 畑仕事に精を出して汗びっしょりになった青慈は朱雀と、紫音は藍と一緒にお風呂に入った。ぬるいお湯を張った湯船に青慈を座らせて、朱雀も座って浸かっていると、青慈が朱雀の平たいお腹に触れてくる。


「おれ、おとうさんのおなかからうまれたかった」


 ぽつりと零した言葉に、朱雀は驚いてしまった。お墓を見ているが青慈には本当の両親の実感はわいていないのだろう。誰のお腹から生まれたか分かっていないからこそ、そういう言葉が出てしまうのかもしれない。


「私は男だから、赤ん坊を産むことはできないんだよ」

「おとうさんのこどもだったら、ようせいしゅで、ずっといっしょにいられたのに」


 妖精種と人間との寿命の違いを青慈なりに理解してきたようだ。まだ小さくて成長途中の青慈だが、大人になってしまえば、朱雀の外見年齢をすぐに追い越してしまうだろう。青年のような姿で長く生きる朱雀にとっては、青慈が大人になるのは嬉しいが、自分より先に死んでしまうと考えるだけで、心を引き千切られるように苦しく悲しくなってしまう。

 不老長寿の妙薬を開発して青慈に飲ませるという手段は、朱雀はできるなら取りたくなかった。人間としての生を歪めてまで青慈に生きて欲しいとは思わない。

 いや、思うのだが必死にその気持ちに歯止めをかけている。

 可愛く愛しい青慈を自分の寂しさだけで寿命を延ばすようなことをしていいはずがない。頬に触れると青慈が朱雀の手に擦り寄る。柔らかな丸い頬の感触に、朱雀は涙が出そうになるのを誤魔化して、風呂から出た。

 先に風呂から出ていた紫音が藍に団扇で扇いでもらって、長椅子で涼をとっている。湯上りの青慈を朱雀も団扇で扇ぐ。


「おとうさんのおなかからうまれたかったけど、おとうさんはおとこだからむりだっていわれちゃった」

「わたち、あいたんのおなかから、うまれたくないよ?」

「どうして? しおんちゃんはあいさんがすきなんじゃないの?」

「あいたんのおなかからうまれたら、けっこんできないんじゃないの?」


 泣き出しそうになっている青慈に紫音があっさりと答える。紫音の答えを聞いて、青慈が藍と朱雀の方を見ている。


「そうね。本当の親子は結婚できないわ」

「そうなの!?」

「青慈は朱雀さんから生まれてたら、朱雀さんとは結婚できないわ」


 あっさりとした藍の返事に、泣きそうに震えていた青慈は目にたまった涙をぐいっと手の平の甲で拭ってにぱっと笑った。


「なぁんだ、そっか。じゃあ、おれ、おとうさんのおなかからうまれなくてもいいや」

「え? そういう問題?」

「うん、おとうさんとはけっこんするんだもん」


 泣き顔だった青慈が笑ったのはよかったが、その理由が朱雀と結婚できるからだと分かってしまうと朱雀も複雑な気持ちになる。青慈はまだ5歳で結婚の意味すらよく分かっていないのではないだろうか。男性が子どもを産めないということも以前に教えたはずなのに、忘れてしまっていた。

 そんな風に朱雀と結婚したいと言ったことも忘れて、誰か他の相手と恋をするようになるのかもしれない。そのときが来ることを考えると、寂しいような、苦しいような気分に朱雀はなってしまう。


「青慈もいつか山を下りるのかな」

「紫音もそうよね」

「おりないよ! あ、がっこうにはいく! がっこうはいかないと、おとうさんとけっこんできないからね」

「わたちも、ずっとあいたんといっしょ! どこにもいかない」


 5歳と3歳の決意など当てにならないと分かっているのだが、答えを聞くと悩みと苦しみが薄れるようで朱雀は胸中で自嘲する。どれだけ青慈に自由に生きて欲しいと言葉で言っていても、結局朱雀は青慈が離れて行って欲しくはないのだ。紫音も一緒にいてくれるとなると、尚更嬉しさすら浮かんでくる自分を朱雀は愚かだと思う。

 信じて裏切られた方がつらいのに、朱雀は5歳と3歳の幼児の言葉を信じようとしている。


「とーたん、わたち、ほちいものがあるの」


 真剣な眼差しで紫音に語り掛けられて、朱雀は何だろうと耳を傾ける。藍の寿命を延ばすような薬だったら作ることはできないが、紫音は一体何が欲しいのだろう。


「しろたん、おおきくなったの。しろたんに、およめたんがほしいの」


 兎の白は確かに大きくなっていたが、その白にお嫁さんが欲しいという言葉に、朱雀は躊躇ってしまう。白一匹でもかなり大きくて濡れ縁に檻のある小屋を作っているのに、もう一匹増やすとなると濡れ縁がほとんど埋まってしまうのではないだろうか。

 それに、白にお嫁さんが来ると、繁殖を紫音は期待しているわけで、兎が大量に生まれてくる可能性もある。


「紫音、白は雌よ?」

「めつ?」

「女の子なの。連れて来るなら、お嫁さんじゃなくて、お婿さんかしら?」

「わたち、おんなのこ。あいたん、おんなのこ。しろたん、おんなのこでも、およめさん、よくない?」


 藍は紫音が白の性別を分かっていないからお嫁さんと言ったのだと思っていたが、紫音は白の性別が分かったうえでお嫁さんだと言っていた。朱雀の方は白の性別など気にしたことがなかったので確かめたことはなかった。


「白は雌なのか?」

「そうよ。時々、おしっこに血が混じってることがあるわ。あれは月のものよ」

「そうなのか……」


 白が雌だということも朱雀は知らなかったが、紫音はそれを知ったうえで白にお嫁さんを欲しがっている。雌同士で飼うことがいけないわけではないし、子どもが増えないのでそれは悪くないのかもしれない。


「雌同士なら、飼ってもいいかもしれないな」

「とーたん、しろたんに、およめたん、くれる?」

「また罠を仕掛けて、引っかかった雌を取って来ないといけないけれど」

「わな、ちかけて!」


 可愛い紫音にねだられてしまうと朱雀も弱い。

 森に罠を仕掛けに出かけることにした。湯上りでまだ湿った髪が風に吹かれて涼しく揺れる。夏場なので餌はたくさんあるだろうから兎がかかるかどうかは分からなかったが、朱雀は幾つか森に罠を設置しておいた。


「しろたんのおよめたん、はやくきてね」


 歌うように言う紫音に、本当に白のお嫁さんでいいのかと考えてしまうが、紫音が納得しているのならばいいだろう。


「おれも、ほんとうは、ウサギにのりたかったんだ」


 朱雀の上衣の裾を掴みながら小さく告げた青慈のためにも、朱雀は罠に兎がかかってくれることを願っていた。

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