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9.3歳と5歳の疑問

 外が雨で庭で遊べない夏の日に、窓を開けても部屋の中は湿っぽくて暑さが抜けなかった。濡れ縁に出ていた青慈と紫音が何か話しながら部屋の中に戻ってくる。調合がちょうどひと段落した朱雀は、二人のために冷たい麦茶を小さな茶杯に用意していた。

 杏と緑は自分たちの家兼店で店番と調合をしている。この雨の中来る客はいないだろうと思われるが、忍んで来たい客もいないわけではないのだ。

 藍は杏と緑がいない分、室内に洗濯物を干してくれていた。


「ぜったい、ちがうとおもうんだけどなぁ」

「そーなの? せーは、みたの?」

「しおんちゃんをおとうさんたちがやまでひろうまえに、ざっかやのあずきちゃんとゆうおうくんのおかあさんのおなかがおおきかったよ」

「おなか? おなかなの?」


 青慈と紫音は何か真剣に話し合っているようだ。茶杯を渡されて一気に麦茶を飲んでから、朱雀に向き直った。


「のどがかわいてたんだ、ありがとう、とうさん」

「おとと、あついねー」

「汗かいてるね。水浴びをする?」


 茶杯を返されて朱雀はもう一杯麦茶を注いで青慈と紫音に渡してやる。麦茶を飲みながら青慈と紫音は話し合っていた内容を朱雀に教えてくれた。


「おとうさん、あかちゃんはどこからくるの? おれは、おかあさんのおなかだとおもってるんだけど」

「ちやうよ。かごにはいって、とどけられるんらよ」

「しおんちゃんはそうだったけど、ゆうおうくんはおなかにいたもんなぁ」


 赤ん坊がどこから来るか。

 子どもが育つうえでいつかは辿り着く疑問に、5歳の青慈と3歳の紫音は立ち向かっていたようだ。青慈の方は紫音を拾う前に雑貨屋の母親が雄黄を妊娠していたのを覚えていたようだ。その頃は紫音はまだ乳児だったので覚えているはずがない。紫音は自分が籠に入って山に棄てられていたのを保護された話は聞いているので、赤ん坊は籠に入って誰かが届けると思い込んでいるようだ。


「赤ちゃんは、お母さんのお腹の中から生まれて来るんだよ」

「ほらね。やっぱり」

「わたちのおかーたんは?」

「紫音が前に青慈の本当のお父さんとお母さんのお墓の前で会ったひとがいるだろう。あのひとが紫音のお母さんだよ」


 説明すると、紫音はまだ納得していない顔をしている。


「せー、おとーたん、おかーたん、おはかでねんねちてる。わたちのおとーたんは、とーたん?」

「え? 私じゃないよ?」

「とーたんは、おとーたんじゃなくて、わたちのおとーたんはだぁれ?」


 混乱してしまっている紫音に朱雀はどう説明すればいいのか迷ってしまう。紫音の母親の奉公先の主人が父親で、妻子がいる相手との間に紫音を身籠った母親は、自分では育てられずに紫音をこの山に捨てた。


「おかーたん、けっこんつるっていってた。そのひとが、おとーたん?」

「そうじゃないんだよな。どう言えばいいんだろう」


 3歳の紫音に分かるように説明できたとしても、自分が不倫の末に望まれずに生まれてきたことを知って紫音は心に傷を負わないだろうか。小さいからと言って、朱雀は紫音を傷付けたくはなかった。


「紫音のお父さんは別にいるけど、その相手は私も知らないんだ。いつか紫音が大きくなったら、紫音のお母さんが話してくれるかもしれない」

「とーたんは、なぁに?」

「紫音の本当のお父さんじゃないけど、本当のお父さんみたいに紫音を可愛く思っているし、愛しているよ」

「そっか。わたちも、とーたん、だいすき!」


 朱雀の答えで紫音なりに納得ができたのか、にぱっと笑う様子が可愛い。紫音を抱き締めて、青慈も抱き締めると、二人とも服がじっとりと湿っていることに朱雀は気付いた。


「雨で少し濡れたみたいだね。水浴びをして着替えようか」

「おとうさんとみずあびしたい!」

「あいたんとすゆ! あいたーん!」


 素直に朱雀と水浴びをするという青慈を連れて風呂場に行って、朱雀も服を脱いで青慈の服も脱がせて一緒に水浴びをする。さっぱりと汗を流して着替えると、続いて藍が紫音を水浴びさせていた。


「それにしても暑いわね。早く秋にならないかしら」

「まだまだ暑さは続くかなぁ」


 水浴びを終えて髪が乾いていないくるくるの紫音を団扇で扇ぎながら藍が長椅子で麦茶を飲んでいる。朱雀も青慈を団扇で扇ぎながら、冷たい麦茶で涼をとる。


「ひむろにはいっちゃえばいいんじゃない?」

「凍えるよ」

「ちょっとだけならだいじょうぶだとおもう」

「出られなくなるからやめなさい」

「ちょっちらけ」

「紫音は前に出られなくなって、大変だっただろう?」


 暑さから逃れるために氷室に入りたがる青慈と紫音を朱雀は説得して止めた。その代わりに思い付いたことがあった。

 氷室から氷を取り出して、風の魔法でふわふわに削って行く。削った氷が溶ける前に、果物を煮た汁をかけて、青慈と紫音と藍と朱雀の分を皿に盛った。匙で掬って食べると、口の中が冷たくて心地いい。


「おいちい!」

「つめたいね! きもちいい!」

「妖精種の村で夏に食べていた記憶がある。かき氷と言ったっけ?」

「かきごおり、すき!」

「おれも、すき!」


 あっという間に青慈も紫音も食べてしまったが、溶けるより先に口の中に入ったようで朱雀はほっとしていた。


「おれは、おはかにうめられてるおかあさんのおなかからうまれたんだよね?」


 しみじみと呟く青慈に、朱雀は真剣な面持ちで答える。


「そうだよ。青慈はお墓にいるお母さんのお腹から生まれたんだよ」

「おとうさんは、あかちゃんをうんだことはないの?」

「え?」


 そこからだったかと朱雀が思っていると、聞いていた藍が苦笑していた。


「赤ちゃんを産めるのは女のひとだけなのよ」

「あいたん、あかたんうんだの?」


 その問いかけに関しては紫音の無邪気な疑問から出たものだが、藍には痛みを伴うものではないのだろうかと心配して、朱雀が誤魔化そうとする前に、藍が凛と顔を上げて答えた。


「私は赤ちゃんを産もうとして、お腹の中で赤ちゃんが死んでしまったの。とても悲しかった」

「あいたん、あかたん、しんじゃったの?」

「そうよ。それから、私はもう赤ちゃんは産めないって言われているわ。だから、私は青慈と紫音のところにきた」

「あかたんがうめないから?」

「青慈を自分の子どもにしたいって思ったこともあったけど、そうしなくてよかったと今は思ってるわ。青慈と紫音の乳母として成長を見られることが、私は何よりも嬉しいのよ。もう悲しくないわ」


 微笑む藍の強さに朱雀は言葉を失っていた。紫音が藍の膝の上に乗って、藍のお腹に顔をくっ付けている。


「わたちがいるからね」

「えぇ、紫音、私がしっかり育てるわ」

「ずっとずっとあいたんといっしょよ」

「それはどうかは分からないけど」


 藍のお腹に顔をつけている紫音の表情は真剣なものだった。それを見て青慈も朱雀のお膝の上に上がってくる。


「おれはおとうさんとずっといっしょだよ」

「そう言ってくれるのも何歳までかな」

「ずっとだよ! おとうさんとけっこんするんだからね!」


 必死に言う青慈に、紫音も「わたち、あいたんとけっこんすゆ!」と言っている。

 男性同士の結婚も、女性同士の結婚も、この国では認められている。ただ、結婚するとすれば、藍は紫音よりも二十歳以上年上だし、朱雀は妖精種で青慈と種族が違う。年の差や種族の差はどうしても乗り越えられないものがあった。


「そういえば、紫音、玄武からもらった魔法薬をどうしたのかな?」


 ずっと聞けなかったことを朱雀が口にすると、紫音は紫色の目をくりくりと丸くしている。


「ちらない」

「なくしてしまったのかな?」

「ちらないの。わたち、ちらないよ」

「そうか……」


 3歳だから大事にがま口に仕舞ったものでも、なくしてしまうのはよくあることだ。きっとなくしてしまったのだと朱雀は信じたかったが、紫音が寝ている間に見てしまったがま口の中の空の瓶が頭に引っかかっていた。

 玄武は少ししか寿命が延びないと言っていたが、妖精種の言う「少し」なのであまりにも当てにならない。


「朱雀さん、平気よ。紫音はまだ3歳だもの。私に飲ませるような知恵はないわ」


 藍は完全に紫音を信頼しているようだが、空の瓶に何が入っていたのか、朱雀はまだ気になっていた。

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