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7.朱雀の誕生日と注射

 朱雀のお誕生日は海沿いの街に旅行に行くことで終わらせるつもりだったのに、藍と杏と緑はそれだけでは済ませなかった。海沿いの街から帰った次の日に、杏と緑は仕事を休んだ。台所で何か作るというのだ。食材も潤沢にあるはずなので、作るものに困ってはいないはずだ。


「朱雀さん、この本借りていくからね」

「頑張ってみるわ」


 異国のお菓子の作り方の書かれた本を持って台所に篭る二人に、台所が使えずに朱雀は庭で青慈と紫音が遊んでいるのを見守っていた。元気よく白と庭を走り回る青慈と紫音。杏と緑の店兼家ができて、庭も広がったので、追いかけっこで使える場所も増えた。


「つぎ、しおんちゃんがおにだよ」

「はーい! いーち、にー、さーん、しー、ごー、はーち、じゅう!」

「あ、ずるい! ちゃんとかぞえて!」


 十までまだきちんと数えられない紫音に青慈が文句を言っている。紫音は眉を下げてぷるぷると震えていた。


「かぞえたもん!」

「かぞえられてないよ! ごのつぎは、ろくだよ!」

「わかんない! もう、わたち、ちらない!」


 癇癪を起して鬼ごっこをやめてしまおうとする紫音に、藍が寄り添う。


「一緒に数えましょう? 紫音はまだ小さいから、私と数えていいわよね、青慈?」

「いいよ、あいさん」

「あいたんとかぞえゆ」


 再び紫音が数え始めて、その間に青慈が逃げる。十まで数えると紫音はものすごい勢いで青慈を追い駆けて突撃していた。青慈の方も突撃されるとなると、腰を低く落として受け止める姿勢になる。


「ちゅかまえたー!」

「つかまったー!」


 突撃していった紫音が青慈に抱き留められた形になったが、おにごっこはそれで終わった。汗をかいた青慈と紫音は、濡れ縁に座って、強い日差しを避けながら水筒からお茶と牛乳を飲んでいる。

 可愛らしい二人の光景に朱雀も畑の世話をしながら心を和ませていると、室内から声がかかる。


「できたわよー!」

「今日のお昼ご飯は、パンケーキよ」


 二段になっているパンケーキの上に泡立てた生クリームと煮込んだ苺が乗せられたものを見て、紫音が子ども用の椅子によじ登ろうとしている。


「紫音、先に手を洗うわよ!」

「あ、わすれてた!」

「おれもてをあらうよ」


 洗面所に連れていかれて、紫音と青慈は藍と手を洗っていた。朱雀は台所で収穫した薬草を洗って干して、手も洗う。


「朱雀さん、お誕生日おめでとう!」

「今年もよろしくね、朱雀さん」


 誕生日を祝われて嬉しいような照れるような気分の朱雀に、青慈ががま口から花を取り出した。紫音は歌を歌ってくれる。

 野の花の花束と、紫音の歌に祝われて、朱雀は幸せにパンケーキを食べた。甘いパンケーキは上手に膨らんでいて、ふわふわだった。

 誕生日のお祝いが終わると、居間に置いてある箱を朱雀は確認する。中には箱に入った魚が入っていた。中身は魔法で拡張されているので、箱を取り出すとかなり大きいことが分かる。魚を確認して、朱雀は料金を箱の中に入れて送った。

 魚の鱗を取って、内臓を出して捌いていく。お刺身にするにはどれが美味しいか、干物にするにはどれがいいか、あの店の漁師はきっちりと書いてくれている。

 お刺身の準備をして、今日の晩ご飯に食べようと氷室に入れて、干物にする分は氷室で冷やしながら干しておく。新鮮な魚なので、生臭さはそれほどなかったが、それでも作業を終えると手を洗っても魚臭さが残った。


「今日のご飯はお刺身かしら?」

「おたちみ!」

「おとうさん、おしょうゆかってたもんね」


 刺身用の醤油を海沿いの街で朱雀は買い込んで来ていた。しょっぱいだけではなく、少し甘みのあるようなねっとりとした醤油は刺身によく合う。ワサビも買って来たかったが、海沿いの街には売っていなかった。


「ワサビも買えるようになったらいいのにな」

「ワサビ、おはなが、つーん! だよ?」

「あれが美味しいんだよ。青慈も大人になったら分かるよ」

「おとうさんはあれがおいしいとおもうんだ」


 ワサビに関しては5歳の青慈からは理解は得られなかった。


「ゆうたん、ちっくんつる。あいたんも、わたちにちっくんつる?」

「ちっくん? 雄黄くんがどうしたの?」

「おいしゃたんで、ちっくんつるんだって」


 「ちっくん」とは何か分からないで意思疎通ができていない紫音と藍に、青慈が説明に入る。


「ちゅうしゃするんだって。おれ、ちゅうしゃって、されたことないけど、しないとだめなのかな?」

「雄黄くんは注射……あぁ! 朱雀さん、もしかして、青慈と紫音に予防接種を受けさせていないんじゃない!?」


 慌て出した藍の様子に、朱雀は不思議に思って首を傾げる。注射などしなくても青慈も紫音も健康に過ごせていた。


「学校に入ると、色んな伝染病をもらってくるのよ。大人になってから伝染病にかかると、死んでしまうこともあるわ」

「人間はそうなのか?」

「妖精種はそういうことはしないのかもしれないけど、伝染病を防ぐために、先に予防接種を打って、免疫を付けておくの」


 当然人間の子どもならばしているはずだろうという思い込みが藍にはあったようだが、朱雀は予防接種自体どういうものかを知らずに青慈にも紫音にも受けさせていなかった。


「受けないと大人になって死んでしまう……青慈、紫音、行くよ?」

「びゃああああー!? ちっくん、いやああああ!?」

「が、がんばる! おれ、なかないから、おとうさん、ぎゅっとしてて?」

「あいたん、やーの! わたち、ちっくんちないー!」


 恐怖に泣き出した紫音も、震えながら健気に頑張るという青慈も、朱雀は二人の命に関わるのならば予防接種を受けさせるつもりだった。お昼ご飯後だったし、眠かった紫音が眠っているうちに、抱き上げて山から下りて麓の街の医者の所に行く。

 医者は青慈と紫音のことを知っていた。


「山で育っている勇者様と聖女様ですね。そのうちお会いするとは思っていました」

「青慈はまだ予防接種が間に合いますか?」

「何度か来ていただかないといけませんが、学校に入るまでには終わりますよ」

「ひぇ!? なんどもあるの!?」


 朱雀にしがみ付いている青慈がぶるぶると震えている。腕を出して注射を打ってもらうと、青慈が顔をくっ付けている朱雀の胸の辺りと、青慈が座っている朱雀の膝の上が温かくなった。

 痛みに泣いてしまった上、青慈は漏らしてしまったようだ。ぐすぐすと泣いている青慈を部屋を借りて着替えさせて、朱雀は抱き直す。朱雀のズボンは濡れていたが、気にしないことにする。


「ぎゃあああああーーー!?」


 寝ている間に終わらせようと思った紫音も藍に抱っこされて注射を打った瞬間目覚めたようだった。


「おちっこ、もれた……」


 驚きと痛みでおしっこが漏れてしまっても、誰も紫音を咎めない。紫音も別室を借りて着替えさせて事なきを得た。

 それからは山から下りて買い物に行くついでなどに、朱雀は青慈と紫音に予防接種を受けさせたが、二人とも全く慣れることはなく、朱雀と藍は自分の着替えも持って行くようになった。


「きょうはちっくんない?」

「ちゅうしゃしないひだよね?」

「今日はないよ。買い物だけだよ」

「ほんとう?」


 青慈も紫音も警戒するようになって、麓の街に行くときに青慈は朱雀の鞄の中を覗き込んで、紫音は藍の鞄の中を覗き込んで、着替えが入っていないのを確かめるようになってしまった。朱雀と藍が着替えを持って行っていない日は病院で予防接種もないと分かっているようだ。


「青慈と紫音が予防接種をすっかり怖がってしまってますよ」

「うちのゆうちゃんもそうなのよ。毎回大泣きよ」

「あ、これ、うちで作った干物です。お裾分けに」

「ありがとう、おはぎを作ったのよ。もらって行かない?」


 雑貨屋の母親と話をして干物をお裾分けして、おはぎをもらって朱雀と青慈と紫音と藍は山の家に帰る。杏と緑は大黒熊除けの匂い袋があるので自分たちの必要なときに麓の街に行けるようになっていた。

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