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6.海沿いの街へ

 朱雀の誕生日の正確な日付は朱雀にも分からない。長いときを生きる妖精種は自分の誕生日に無頓着で、生まれた季節くらいしか覚えていない。朱雀の両親も妖精種の村で健在のはずだが、聞いてみても朱雀の誕生日を知ることはできないだろう。

 そういう朱雀だから青慈と紫音の正確な誕生日を知るすべはあるのに、それを実行しようとしない。青慈と紫音の祖父母や、紫音の母親に聞けばいいのだが、青慈と紫音は自分の子どものように思っているので、できる限り二人の本当の血縁とは会わせたくないのだ。会わせてしまうと二人を取られるような気分にすらなってしまう。

 自分が本当の青慈と紫音の父親ではないことが分かっているだけに、朱雀はその辺りは非常に警戒していた。

 夏の日、朱雀は麓の街に馬車を呼んで、青慈と紫音と藍と杏と緑と一緒に海沿いの街まで小旅行に出かけることにした。王都へと繋がる列車の駅のある大きな街と違って、海沿いの街は麓の街くらいの小ぢんまりとした街で、麓の街から小一時間で馬車で行くことができた。

 馬車が海沿いの街に近付くにつれて、磯の香りがしてくる。独特の匂いに青慈も紫音もお目目を丸くして、くんくんと鼻を鳴らして嗅いでいた。


「おさかなのにおいかな?」

「海の匂いだよ」

「あいたん、うみ、いったことある?」

「海に行ったことはあるけど、泳いだことはないわね」

「私、水着持ってないわよ」

「私も海に行ったことない」


 藍は海に行ったことがあるが、杏と緑は海が初めてのようだ。水着というもの自体、朱雀にはどんなものか想像できていなかったが、海で泳ぐには着なければいけないようだ。


「藍さんと杏さんと緑さんは、泳ぎたいのかな?」

「泳がなくていいけど、青慈と紫音だけを泳がせるのはさすがに危ないわ」

「私も泳がなくていい。海に足はつけてみたいけど」

「海って、広いのよね。見てみたいわ」


 藍と杏と緑に聞いてみると、藍は青慈と紫音の安全のために大人も泳げる格好をした方がいいという考えのようだが、杏も緑も特に泳ぎたいとは考えていないようだった。

 海沿いの街には水着や下駄の売っている店がある。青慈には膝丈の下半身だけの水着を買って、朱雀も同じく膝丈の下半身だけの水着を買う。派手な花柄の上衣を見付けて、青慈がそれを指さしている。


「おとうさん、おそろいにしよう!」

「綺麗な上衣だね」


 赤い花の描かれた上衣を朱雀に青慈が選んでくれて、朱雀は青慈に青い花の上衣を選んだ。

 試着室からは藍と紫音が水着を着て出てきている。紫音の水着は腰にひらひらと布の付いた上半身まである形のもので、藍の水着は太ももまである細身のズボンと袖のない上衣の組み合わせだった。


「あ! とーたんとせー、おとろいちてる! わたちとあいたんも、ちよ!」

「そうね、これじゃ少し恥ずかしいわ」


 上半身にぴったりとした袖なしの上衣の水着の藍は、紫音に青い亀の柄の上衣を選んでもらって、藍は紫音に紫の亀の柄の上衣を選ぶ。全部揃えてお会計を終えて、朱雀と青慈と紫音と藍と杏と緑は、下駄をからころと鳴らしながら海に向かった。

 砂浜で下駄を脱いで荷物を杏と緑に預かってもらって、海風の中波に飛び込んでいく青慈と紫音を、朱雀と藍も慌てて追いかける。

 海に飛び込んだ紫音は、見事に沈んでいた。

 慌てた藍が抱き上げると、お目目を回している。


「しょっぱーい!」

「海の水はしょっぱいのよ」

「わたち、ころんだの。たてなくなっちゃった」

「気を付けないと」


 藍に見守られて海で遊ぶ紫音と、慎重に海の深さを確かめて歩いて進んでいく青慈。


「青慈、泳げないよね?」

「おとうさん、およげる?」

「私も泳げない」


 泳ぎを教えてあげたいが、ここには誰も泳げる人間がいない。我流でばしゃばしゃとしぶきを上げながら青慈は泳いでいるが、意外と形になっているのはさすが勇者と言ったところだろう。紫音は波打ち際に座って、手で海面を叩いて楽しんでいる。

 波打ち際を長い上衣の裾を摘まんで、杏と緑が足を濡らしながら歩いている。

 泳ぐことはできないが、それぞれに海を楽しんでいた。

 街の銭湯で朱雀は青慈と男湯に入り、紫音は藍と杏と緑と女湯に入り、全身さっぱりと洗って出て来た。濡れた髪に夏の風が心地よい。

 漁師のやっているお店という謳い文句の店に入ると、魚の香りが店中にしていた。


「お刺身を食べられますか?」

「今朝獲れた新鮮な魚が入ってるよ。海鮮丼がお勧めだね」

「青慈、紫音、海鮮丼、食べてみる?」

「たべる!」

「たべう!」


 元気よく手を上げた二人に、朱雀は余ったときのために自分は頼まずに、海鮮丼を二つ注文した。杏と緑は刺身定食を、藍は天ぷらと刺身の定食を注文している。

 運ばれてきた海鮮丼はご飯の上に大量のお刺身が乗っていた。涎を垂らして食べたそうにしている二人を止めて、朱雀は端っこに乗っているワサビを別の皿に外した。お醤油をかけて差し出す。


「どうぞ」

「いただきます!」

「いたらきまつ!」


 手を合わせて添えられた匙で紫音と青慈は海鮮丼を掻き込んでいく。


「なまのおさかな、おいしい!」

「おさかま、おいちい!」

「ぜんぜん、なまぐさくないよ! おとうさんもたべてみて?」

「あいたんも! あいたんも!」


 大喜びで食べている青慈に勧められて、朱雀もお刺身とご飯を食べてみた。刺身は身がぷりぷりとして全く生臭さがなくて、ご飯の甘さと醤油の塩辛さがよく合う。


「美味しいな」

「ぜんぶたべちゃう!」

「わたちも!」

「紫音、食べ過ぎないでね?」

「おいちいんらもん!」


 口いっぱいに頬張っている紫音は、大盛りの海鮮丼を本当に一人で食べてしまった。青慈から分けてもらった一口しか口に入らなかった朱雀は、改めて海鮮丼を注文して自分用に食べる。

 ワサビを醤油で溶かして混ぜ込むと、ぴりりとした辛みと鼻に抜ける香りが、刺身を更に美味しく感じさせる。


「これは本当に美味しいな」

「おとうさん、おれ、おさしみ、いえでもたべたいな」

「どうにかしてお刺身を家でも食べられないものかな」


 悩んでいると、店の主人がお茶を持ってきてくれた。


「お嬢ちゃんもお坊ちゃんも、いい食べっぷりで見てて気持ちよかったよ」

「とってもおいしかった!」

「おいちくて、とまらなかったの」

「そうかい。そう言ってもらえると嬉しいね」


 店の中には朱雀たち一行以外の客はなく、店主は話をしようと椅子を持って来て朱雀たちの卓に一緒に座った。


「毎朝漁に出てるけど、大きさの半端なものや、数の半端なものは、市で売れないんだよ。それをここで料理して出しているのさ」

「売れない魚があるんですか?」

「綺麗な形と大きさで、ある程度量が揃ってないと、市には出せないね」


 売れない魚を店で出しているのだが、この店は客は今は朱雀たちだけで繁盛しているようには見えない。


「このお店で売れなかった魚を使いきれますか?」

「難しいね。この街では漁師はたくさんいるから、自分たちが獲ったものを食べることが多いんだよ。観光客がもっと来てくれれば、店も繁盛するんだけど」


 余った魚は廃棄していると聞いて、朱雀はお刺身を家でも食べる方法を思い付いた。


「その魚を買わせてもらえませんか?」

「え? 輸送料だけで価格が跳ね上がるし、新鮮さも落ちてしまうよ」

「魔法で転移させるんです」


 腰の鞄から箱を取り出すと、朱雀はその箱を店主の家に設置させてもらう交渉をした。


「この箱の中に、箱に入れた魚を入れると、魔法で私の家に送られます。私は魚を見て、代金を自分の家の箱に入れる。そうすれば、あなたの家に箱にお金が送られる仕組みです」

「そんなことができるのか!? すごいな! さすが妖精種様だ」


 驚いている店主は、その契約を受けてくれた。


「売れ残った魚を買ってくれるなら、うちも大助かりさ。漁に出られない日もあるし、売れ残らない日もあるんだが、そのときはどうすればいい?」

「そういう日は、『今日はありません』と手紙を入れてくれれば大丈夫です」

「分かったよ。妖精種様と商売ができるなんて幸運だ」


 喜ぶ店主に、青慈も飛び上がって喜んでいた。


「おさしみがうちでもたべられるー! やったー!」

「魚をお刺身にする方法を教えてもらえますか?」

「ちょっと厨房に来てくれ」


 店主に教えてもらって、魚の捌き方も習った朱雀は、転移の魔法のかかった箱を店主の家に設置させてもらって、海沿いの街から帰った。

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