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5.小豆と雄黄と青慈の部屋

 雑貨屋の小豆と雄黄は頻繁に朱雀の家に遊びに来るようになった。青慈と紫音が遊びたがっているのもあって、大黒熊除けの匂い袋を持った藍が迎えに行って連れて来るのだ。

 学校が休みの日にやって来た小豆は、青慈に勉強を教えている。学校ごっことして勉強を教えられる青慈は嬉しそうにしている。


「前の宿題はできましたか?」

「むずかしかったの」

「それじゃ、先生が教えてあげます」


 雄黄の姉である小豆はとても世話焼きで、青慈に文字の読み方や計算の仕方を細かく教えてくれる。教えてもらったことを青慈もよく覚えていた。これまで鉛筆も握ったことのなかった青慈が、しっかりとした字が書けるようになったのも、小豆のおかげだ。

 学校に行くようになってから勉強すればいいかと朱雀はゆったりと構えていたが、青慈は学校に興味津々で、勉強がしたかったようだ。そのことを朱雀や藍には言えなくても、年の近い小豆には言えた。それだけでも小豆と雄黄に遊びに来てもらった甲斐があった。


「私のお父さん、雑貨の仕入れのために色んな街に行っているのよ」

「おとうさんといっしょにくらしてないの?」

「時々戻って来て、私を連れて旅行に行ってくれるの。この前は海沿いの街に行って、お刺身を食べたわ」

「おさしみ?」

「おたちみ?」


 食べ物の話題が出て来ると、学校ごっこに加わらずに雄黄とおままごとをしていた紫音が、ドレスを着た人参の入った玩具の鍋を持って顔を出す。


「生のお魚の身を切ったのに、お醤油をつけて食べるんだけど、とっても美味しくて、私、いっぱい食べちゃった」

「おさしみ! おとうさん、おさしみたべたい!」

「おたちみ! おたちみ、たべちゃい!」


 涎を垂らして駆け寄ってくる青慈と紫音に、朱雀は困ってしまった。海沿いの街から少し離れた麓の街には、お刺身になるような新鮮な魚は売っていない。寄生虫や食中毒の危険性があるし、朱雀はあまりお刺身自体を食べたことがなかった。


「お刺身か……うちでは無理だな」

「そっか……」

「たべちゃかった……」


 しょんぼりとする青慈と紫音にお刺身を食べさせてやりたい気持ちはあった。そのためにはこの山の家から海沿いの街まで出なければいけない。


「夏の旅行をするか」

「りょこうで、おさしみ、たべられる?」

「あいたんもいっちょ?」


 お刺身を食べるための旅行というのも悪くはないかもしれない。

 雄黄と小豆にパンケーキを出すと、二人とも目を輝かせて食べていた。


「牛乳もある!」

「にゅーにゅー!」

「お茶に牛乳が入ってるなんて、すごく贅沢だわ」


 小さなことにも驚き喜んでくれる小豆も雄黄も、朱雀にとっては可愛い子どもたちになりつつあった。青慈と紫音は自分の子どものように思っているので別格だが、小豆と雄黄の二人は近所の子どもとしてはとても可愛い部類に入る。

 にこにこしておやつを食べるのを見守り、藍と青慈と紫音で麓の街まで送って行くのを見送った。


「うちは、一年のほとんど、仕入れでお父さんがいないから、朱雀さんのお家に行くの、本当に楽しみなのよ」

「だいすち!」

「おとうさんとけっこんするのは、おれだよ!」

「大丈夫よ、そういう好きじゃないから。ね、雄黄?」

「おいちい、いっぱい! だいすち!」


 雄黄の言葉に心配になってしまう青慈に、小豆が明るく言う。雄黄は美味しいものがいっぱい出て来るから好きだと自分で言っている。


「またいつでもおいで」

「嬉しいわ」

「うれちい」

「ありがとうございました」

「ごじゃまちた」


 頭を下げて小豆と雄黄の姉弟は帰って行った。年の離れた姉弟だが、仲はいいようだ。朱雀の家には藍という子どもに集中して見守ってくれる大人がいるので、喧嘩せずに仲良く遊べるのかもしれない。


「あずきちゃん、おとうさんがいなくてさびしいよね」

「ゆーおーたん、たびちいね」


 雑貨を仕入れるために仕方がないのだろうが、父親は色んな街に行っていて、母親が雑貨屋の店主として働いている小豆と雄黄は、なかなか父親に会えず、母親も忙しいので祖父母宅に普段は預けられて、寂しい思いをしているのだろう。それが朱雀の家に来ることで少しでも紛れるのならば、朱雀も二人のことは可愛いし、青慈と紫音は遊び相手ができて嬉しそうだし、いつ来てもらっても構わないつもりだった。


「おとうさん、うみって、なぁに?」


 山の麓の村から馬車で一時間ほどの場所に海沿いの街がある。大きな街ではないが、魚を獲る漁師や貝や海苔の養殖をしている漁師たちがいるはずだ。


「大きな水の集まりかな。そこに魚が住んでいるんだ」

「おれがたべるさかなも、そこでとれるの?」

「そうだよ。青慈は魚が大好きだよね」

「うん、おれ、さかながすき」


 小さな頃から魚が好きだった青慈は、お刺身も魚だから興味を持ったのだろう。小豆の言うように海沿いの街ならば新鮮な魚が獲れて、生魚も食べられる。


「夏の今年の私のお誕生日は海沿いの街への旅行にしようか?」

「おさしみで、おめでとうするんだね!」

「おたちみで、おめでとー!」


 飛び跳ねて喜ぶ青慈と紫音に、朱雀は旅行の計画を立て始めていた。

 青慈が来年から学校に通うということで、朱雀は青慈に一人部屋を与えるために寝室の横の部屋を片付けていた。物置のようになっていた部屋から物を出して、寝台と机を揃える。鉛筆やクレヨンなど、青慈の筆記用具も買い揃えて部屋の棚に置いた。

 着替えも箪笥を用意して、下の段の手の届く範囲に青慈の服を入れておく。上の段は青慈がかつて着ていた服や、懐かしくて捨てられない服を入れた。

 本棚には青慈のための本や辞書も揃えて、部屋を作ったのだが、青慈の表情は曇っていた。


「おれ、おとうさんとべつべつにねないといけないの?」

「青慈が寂しかったら、私の部屋に来てもいいよ?」

「わたち、あいたんとねたい!」

「藍さんとは寝させられないけど、紫音にも寝台が必要になってくる時期かな」


 しっかりと食べてむちむちと肉付きの良い紫音は、赤ん坊用の寝台ではもう狭くて寝返りを打つたびに柵に頭をぶつけて、夜中に「びええええ!」と魘されて起きることがある。

 紫音のためにも新しい寝台が必要だとは考えていたので、青慈の寝台を買い揃えたときに寝台は買っているのだが、まだ紫音は一人で夜眠るには早すぎる。寝台は朱雀の部屋を片付けて、朱雀の寝台とくっ付けるようにして置こうかと朱雀は考えていた。


「おとうさんとねたいよぉ」


 半分泣き顔になっている青慈を朱雀は抱き締める。


「いつまでそういう可愛いことを言ってくれるのかな?」

「ずっとだよ。おれとおとうさんはけっこんするんだからね」

「大きくなったら、私のことなんてただの父親だと思うようになるよ」

「ならない! おれはおとうさんがだいすきだもん!」


 子どもは父親に憧れる時期があって、今はそういう時期で、過ぎ去ってしまえば青慈は正しい相手のことを好きになるのだ。自分にそう言い聞かせる朱雀は、胸に一抹の寂しさを抱えていた。

 親離れして欲しいと思うけれど、実際に青慈が離れていくのは寂しいなんて、朱雀はなんて勝手なのだろう。

 自分の我が儘さを知りながら、朱雀は青慈のさらさらの黒髪を撫で続けていた。

 青慈の部屋を作ってから、青慈は一応、自分の部屋の寝台に入る。


「お休み、青慈」

「おやすみなさい、おとうさん、しおん」


 お目目にいっぱい涙を溜めているのが可哀そうで、すぐにでも「私の部屋においで」と言いたいのを朱雀は必死に耐えていた。

 紫音が寝台の上で大の字で眠り始めるころ、とんとんと朱雀の寝室の扉を叩く音が聞こえた。躊躇いがちに青慈が入って来て、薄暗がりの中、朱雀の布団に潜り込む。

 何も言わないでいると、青慈は朱雀の胸に頭を乗せて、すんすんと洟を啜りながら眠ってしまった。その頬が濡れているのは、一人で寂しかったからだろう。

 まだ一人部屋を与えるのは早かったかもしれない。

 そう思う朱雀だが、学校に行く年になるのに青慈が一人で眠れないような環境を作ってしまうのもどうかと考えて、それを言い出すことはできないのだった。

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