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2.杏と緑の店

 杏と緑がもう少ししたら自分たちで薬屋を開きたいと言っていた。そのことを朱雀は忘れていない。時間があるときには、家の敷地を広げるべく、木を切って根を掘り返し、土を慣らして整地していた。ちょうど杏と緑の住む家兼お店と、畑のある庭が作れそうな土地が出来上がったところで、朱雀はまず自分の家の周囲の柵につなげて木の杭を打って柵を作り始めた。


「わたち、てつだう!」

「おれもやるよ!」


 かなり長くて太い杭を、紫音と青慈が運んで来てくれる。二人に手伝ってもらって、新しい土地の周りをぐるりと杭で囲んで柵を作り、朱雀は自分の家との境界線にあった杭を外して二つの土地を繋げた。

 それから、乾かしておいた切った木で家兼店を建て始める。家兼店を建てるのは少し時間がかかりそうだが、その間に緑と杏は土を耕して庭になる部分に畑を作っていた。


「薬草の種を少しもらってもいい?」

「欲しいものはもらって行っていいよ」

「店を作っても最初はお客さんが来ないだろうから、朱雀さんのところでしっかり働かないとね」


 早めに家兼店を作ろうと朱雀が考えたのは、一つの思い付きがあったからだった。


「これから杏さんと緑さんのお店に私の薬草や魔法薬を卸して、麓の薬屋には行かなくて済むようにしようと思ってる」

「朱雀さんの薬を最初は売ればいいのね」

「調合も教えてね」

「最終的には、私の薬を売ってもらいながら、杏さんと緑さんも自分で作った薬を売れるようになればいいと思っているよ」


 山奥だからお客が来るかどうかは分からないが、朱雀の薬はそれなりに有名なようだ。特に魔法薬は薬効が高いと噂になっている。朱雀が麓の街に魔法薬を卸さなくなれば、少し不便でも山の杏と緑の薬屋までお客が来る可能性はある。

 悪意のあるものは、野生動物は入れないように結界を張っておいたけれど、お客は来れるようにしなければいけない。

 この山は大黒熊の生息地でもあるので、お客が安全に薬屋まで来られる道も舗装しておかなければいけない。


「大黒熊除けの匂い袋を、麓の街の雑貨屋で売ってもらおうかな」

「それだと安心してお客さんが来られるわよね」

「杏さんと私のお店、どうなるか楽しみだわ」


 朱雀の家の母屋から離れの棟を通じて、杏と緑の家には通路が繋がるように設計していた。大雨の日でも、雪で閉ざされる冬でも、外を通ることなく杏と緑は朱雀の家と自分の家を行き来できる。


「あんたん、みろりたん、いなくなゆ!? やーの!」

「いなくならないわよ、紫音」

「お隣りの家に移るだけ。お隣りの家に紫音も青慈も遊びに来て良いのよ」

「お庭とお家が広くなっただけと思えばいいわ」


 杏と緑の説明に、二人がいなくなるかと衝撃を受けていた紫音は落ち着いたようだった。紫音にとっては生まれたときから朱雀と藍と杏と緑と青慈がいて、誰か欠けるなどということは考えたこともないのだろう。


「あんずさんと、みどりさんは、けっこんしていなくなったりしないの?」


 5歳の青慈の方はもう少し複雑に物事を考えているようだった。杏と緑ももう適齢期になっていることは確かだ。いつ結婚してもおかしくない年齢だった。


「そうね、この山で一緒に薬屋をしてくれるひととなら結婚してもいいわ」

「そうしたら、また家を増やさないといけないわね」

「山の中にまた家が増えるのね」


 山の中で暮らす覚悟がない相手とは結婚しないと杏も緑も決めているようだ。二人ともお嫁に行くのではなく、相手の方が来てくれないと結婚はしないと言っているので、青慈も安心した様子だった。


「あんずさんとみどりさんがいなくならなくてよかった」

「いなくならなくて、よかったねー」

「ね、しおんちゃん」

「うん」


 青慈にとっても紫音にとっても、朱雀にとっても、杏も緑も家族のような存在だ。いなくならないと分かるとホッとする。

 毎日少しずつ家を建てて行って、外装が出来上がると、内装は杏も緑も自分好みにしたいようで、朱雀に注文をつけてきた。


「ここに作り付けの棚が欲しいわ」

「この部屋は薬草の保管庫にしましょう」

「氷室は作れるかしら?」

「台所は魔法具で火が点くようにできる?」


 口々に言う二人の注文を、朱雀は全部叶えるつもりでいた。二人は自分たちのために山に残ってくれる。その二人が不自由なく暮らせることが朱雀の願いだった。

 家兼店がほとんど出来上がると、杏と緑は家具を揃えるために大きな街に行きたいと言ってきた。朱雀も久しぶりに大きな街で魔法具を揃えたかったので、麓の街に馬車を手配して、朱雀と青慈と紫音と藍と杏と緑で出かける。

 春の麗らかな日差しの中、馬車は半日かけて大きな街に辿り着いた。

 魔法具を売っている店に行くと、扉を開けたところで店主が駆け寄ってくる。


「山の賢者が勇者と聖女と一緒に魔王を降伏させたって、噂になってるよ。山の賢者の薬を買いたいってひともたくさんいる。うちと契約を結ばないか?」


 魔法具を売っている店の店主は、朱雀から魔法薬を買い取りたいようだった。


「残念ながら、山に店を作って売ってもらうことになったんです。宣伝してくれたら、山道を安全に歩ける、大黒熊除けの匂い袋をただでお譲りしますけど、どうですか?」

「もう計画済みだったのか。匂い袋はここで売らせてもらおう」


 宣伝の代わりにただで渡した匂い袋の利益は魔法具を売っている店の店主に入るようにすると朱雀が言えば、店主は納得してくれた。

 台所で使う魔法具などを朱雀が仕入れている間に、杏と緑は家具を売っている店に行ったようだ。朱雀の足元をちょろちょろとしている青慈と紫音が、「あー!」と欲しいものを見付けて声を上げていた。


「おとうさん、おれのだいこんに、かたなをかって!」

「青慈の刀じゃないのか?」

「だいこんのかたなだよ。おれはかたなとかいらない」


 大根に大きさがぴったりの刀は、封筒を開けたり、紙を切ったりするためのもののようだ。青慈が欲しがっているのならばそれくらい買っても構わないと朱雀は買い物かごの中に入れる。


「これ、ほちーの!」

「どれかな?」

「これ……」


 紫音が欲しがったのは、色とりどりのリボンという細長い綺麗な布だった。


「これを、わたちとあいたんとにんじんたんのかみのけにつけるの」


 人参に関しては髪の毛ではなく葉っぱのような気がしたが、朱雀は深くは追及せず、そのリボンを紫音に買ってあげることにした。


「刀には切れ味が落ちない魔法が、リボンには付けたものを守る魔法がかかってるよ」

「どっちも買います。会計をよろしく」


 青慈と紫音に甘すぎるかもしれないが、二人とも山の中の家に閉じこもって暮らしているのだ。少しくらい楽しみがあってもいいはずだ。

 買い物を終えると、藍が近くのお茶屋で茶葉を見ていた。


「この前、青龍さんが淹れてくれたお茶がものすごく美味しかったのよね。水色(すいしょく)が赤茶色のやつ」

「茶葉を発酵させた、紅茶というのじゃないかな?」


 普段は茉莉花で匂いを付けた花茶や緑茶やほうじ茶や烏龍茶を飲んでいるので、藍は青龍の家で初めて紅茶を飲んだのだ。麓の街では手に入らないので、朱雀も紅茶は買っていなかった。


「あれは紅茶なのね。紅茶を買いましょう」


 店員を呼んで藍は紅茶を買って、杏と緑と合流する宿に朱雀と青慈と紫音と一緒に向かった。

 家具を買い込んだ杏と緑は上機嫌だった。


「店員さんが驚いていたのよ」

「この小さな鞄の中に、なんでも入ってしまうから」


 倉庫一つ分は入るように拡張された小さな鞄は、杏と緑の買い求めた家具を全部入れても平気だったのだろう。長椅子や卓や椅子が小さな鞄に入るところを見ていたら、それは店員も驚いただろう。


「これまで働いてきたお給金をほとんど使っちゃった」

「新しい生活のための家具が買えたから使っても本望だわ」

「薬屋、楽しみね、緑さん」

「頑張りましょうね、杏さん」


 もうほとんど出来上がった家兼店に足りないのは中に置く家具だけ。

 夏までには杏と緑は新しい生活を始められそうだった。

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