1.青慈と紫音の友達
麓の街へ降りて行くと雑貨を売っている店の母親が、学校から帰って来た娘を迎えていた。大きな鞄を背負って帰って来た娘は、母親に甘えている。
「今日はこっちにいたい」
「商売があるから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行っていなさい」
「弟が遊ぼうってうるさいんだもん。宿題もできないわ」
大人しくしているから店で過ごしたいという娘に、母親はため息を吐きながら奥の部屋に娘を連れて行った。一部始終を見ていた朱雀は青慈の方を見る。青慈は娘に話しかけたかったようだが、行ってしまってがっかりしていた。
「青慈、あの子とお話ししたかったのかな?」
「うん、がっこうってどんなところか、ききたかったの」
青慈よりも三つほど年上のあの娘は二年前から学校に通っている。今年で三年生になったのではないだろうか。青慈は来年の春に6歳になるので、朱雀は来年から学校に行かせるつもりだった。
「娘と話したかったの? いいわよ。ちょっと呼んでくるわね」
雑貨屋の母親に事情を話すと奥の部屋から娘を呼んで来てくれる。青慈よりも背の高い娘は、青慈と紫音に見上げられて不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「おれ、がっこうってどんなところかしらないんだ」
「学校は同じ年の友達が一つの部屋で勉強するところよ」
「おれもがっこうにいけるかな?」
「みんな、6歳になったら行かなきゃいけないんだって、母さんが言ってた」
娘の言葉に、紫音が紫色の目を輝かせる。
「わたち、みっちゅ!」
「それなら、後三年は行けないわね」
「おれはいつつだよ」
「あなたは、来年から行くんじゃないかな」
学校の話を聞いて青慈と紫音は期待を高めているようだった。青慈と紫音は大黒熊の顎を砕き、魔族の頬骨を砕くような腕力を持っている。普通の子どもと遊べるかが朱雀には心配だった。
「今度、うちに遊びに来ないか?」
「いいの?」
「学校が休みの日に、迎えに来るから、山にある私の家で青慈と紫音と遊んでくれる?」
「ねぇ、お母さん、今度朱雀さんの家に遊びに行ってもいい?」
娘が母親に聞きに行くと、母親は嬉しそうにしていた。
「近所の子どもと遊ぶのに飽きていたみたいなのよね。山のお家がどんなだったか、よく見て教えてくれる?」
「わかったわ、お母さん」
小豆という名前の娘は、次の学校の休みを朱雀に教えてくれて、青慈と紫音と遊ぶのと楽しみにして雑貨屋から送り出してくれた。
小豆が遊びに来るにあたって、朱雀は藍と杏と緑に相談する。
「青慈に年上のお友達を作ろうと思っているんだが、おやつは何を用意したらいいかな?」
「私はあれが好き、桃饅頭!」
「私は焼き菓子が好きかな。バターの香りのするやつ」
「お茶は牛乳を入れると喜ばれると思うわ」
桃饅頭にするか、焼き菓子にするか悩んでいると話を聞いていた紫音の口から涎が垂れている。もう食べる気になっているのだろう。
「紫音は桃饅頭と焼き菓子、どっちが好きかな?」
「どっちも、たべう!」
「青慈は?」
「どっちもあっていいんじゃないかな。おみやげにしてもいいし」
来られなかった弟の方のお土産にしてもいい。
そう言う青慈に、朱雀ははたと気付いた。姉だけ招待して弟を招待しないというのは酷かったのではないだろうか。
普通の家ならばあまりにも小さい子は預かるのを躊躇うかもしれないが、もう2歳くらいになっているはずの弟ならば、乳母の藍がいて、家事の達人の杏と緑がいてくれるならば、預かるのはそれほど難しくない。
「弟の方も呼んでみようかな……」
姉は青慈の三つ上、弟は紫音の一つ下で、遊びに呼ぶのはちょうどいいかもしれない。
小豆と約束をした日の朝に雑貨屋に行くと、小豆は鞄を背負って準備をしていた。
「迷惑でなければ弟さんの方も遊びに来てもらってもいいのですが、どうですか?」
朱雀が雑貨屋の母親に聞くと、母親は背中におんぶ紐で括りつけていた息子を急いで降ろして、荷物を用意していた。
「預かってくれるのは大歓迎だよ。今日はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに用事があって、私が見なきゃいけなくてどうしようと思っていたところだったのよ」
「お名前は?」
「雄黄っていうのよ。ゆうちゃんって呼んでるの」
小豆が教えてくれる名前に、雄黄が「あい!」と手を上げて返事をしていた。
「まだ長い距離は歩けないから、家につくまでは抱っこかおんぶしてもらえると助かるわ」
青慈は2歳で山道をしっかり歩いていたが、それは勇者だったからで、雄黄はまだ長距離を歩けないと雑貨屋の母親は言っている。抱き上げると、ふわふわとして甘いミルクの匂いがした。
抱っこされても大人しくしている雄黄をそのままに、小豆と青慈と紫音が歩いて山の中に入って行く。小豆はもうかなり大きいので大丈夫かと思ったが、山道を歩いているのはきついようで、何度か休憩を挟まなければいけなかった。
山の家につく頃にはお昼ご飯の時間になっていた。炊き込みご飯をおにぎりにして、豚汁と漬物と一緒に出すと、小豆が驚いている。
「お汁に豚肉が入ってる! ごうか!」
「おとうさんのごはんは、おいしいんだよ」
「おにぎりに海苔も巻かれてる! すごーい!」
朱雀には自覚がなかったが、朱雀の作る料理はそれなりにお金をかけたものだったようだ。小豆と青慈と紫音と雄黄は手を洗って椅子に座って、お昼ご飯を食べ始める。雄黄と紫音は海苔がなかなか噛み千切れなくて「んぎぎぎぎぎ」と苦戦していた。雄黄のために藍がおにぎりを解して匙で食べさせる。
小豆は自分のおにぎりと豚汁を食べ終わって、お代わりまでしていた。青慈も負けずにお代わりをしてたっぷり食べる。
「学校にはお昼寝はないのよ」
「おれ、おひるねしない」
「ちない」
「ねんね」
小豆に教えてもらってお昼寝をしないと宣言する青慈と紫音に、もう頭がぐらぐらし始めている雄黄は長椅子で寝かされた。
紫音は小豆が来てくれたのが嬉しいのか、濡れ縁で兎の白を見せている。
「これ、ちろたん! わたちのうたぎ!」
「大きい兎ね! 魔法がかかっているの?」
「だいこんとにんじんのはっぱをあげたから、おおきくなったみたい」
「大根と人参?」
不思議そうにしている小豆の前で青慈が首から下げたがま口に手を入れて鎧を着た大根を掴み出している。紫音は首から下げたがま口からドレスを着た人参を掴み出していた。
「大根と人参に顔と手足があって、鎧と異国の服を着てるわ」
「かーいーでちょ?」
「紫音の大事な人参なのね」
「おれのだいこん、かっこういいでしょ?」
「青慈の大根、勇ましいわ」
褒められて嬉しそうにしているが、紫音の方はかなり目が虚ろになってきていた。眠いのだろう。青慈はもう5歳なのでお昼寝が我慢できるかもしれないが、紫音はどうしても眠いようだ。濡れ縁に座ってこくりこくりと眠り始めている。
子どもたちの様子を見ていた朱雀と藍が、紫音を回収して、長椅子に寝かせた。
「ねない……のぉ……」
最後の抵抗とばかりに少し暴れたが、紫音は長椅子で眠ってしまった。
青慈はその間も小豆と遊んでいる。
「がっこうごっこしよ。あずき、せんせいをして」
「分かったわ。青慈は生徒よ?」
部屋に戻って椅子を並べて青慈と小豆が学校ごっこをする。
鞄から鉛筆と紙を出して、文字や計算の式を紙に書いて小豆は青慈に解かせようとするが、まだ鉛筆も握ったことのない青慈は戸惑って解くことができない。
「これはね、自分のお名前を書くのよ」
「むずかしくて、かけない」
「それじゃ、宿題にします。今度会うときに持ってくるように」
「はい、せんせい!」
できなくても癇癪を起すことなく、青慈は素直に小豆の指示に従っている。
青慈や紫音が普通の子どもよりも腕力が強いことを朱雀はとても気にしていた。学校に行ったら、同年代の子どもたちと喧嘩になって、怪我をさせてしまうのではないか。
その心配を払しょくするように、青慈は小豆と仲良く遊んでいた。
「ちっち!」
「ゆうちゃん、おしっこが出たの?」
「私が替えるからいいわよ。小豆ちゃんと青慈は遊んでて」
二人の遊びを邪魔しないように起きた雄黄の着替えは藍が請け負ってくれた。朱雀は紫音を着替えさせる。
お昼寝から雄黄と紫音が起きたので、おやつに焼き菓子と桃饅頭を出すと、小豆も雄黄も感激していた。
「すごくぜいたく! 私、毎日でもこのお家来たい」
「ゆー、ちたい!」
「ねー、ゆうちゃん」
「ねー、ねぇね!」
小豆と雄黄はすっかりと朱雀の家が気に入ったようだった。これから青慈と紫音の友達として、二人を何度も招こうと朱雀は決めていた。




