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25.狙われた朱雀

 文献を読んだ朱雀は階段を駆け上がって二階の自分の寝室の扉を開けた。毎日緑が掃除をしてくれて、窓を開けて空気の入れ替えもしていてくれるので、部屋は涼しく心地よい風が通っていた。

 部屋の奥の机に向かって赤い石で彫られた鳥の置物を撫でると、朱雀は魔法で通信を行っていた。映し出されたのは青灰色の髪に青い目に褐色の肌の小柄な妖精種の女性、青龍だった。


『どうしたの、朱雀?』

「村を離れた妖精種たちと連絡を取り合っているか?」

『朱雀はあまり触れない方がいいかもしれないと思って私たちからは連絡を取らなかったけれど、他のひとたちは時々連絡を取っているわよ。でも、そうね……最近連絡の取れないひとが数人いるかもしれない』


 青龍の言葉に朱雀はやはりと確信を深める。


「魔王が妖精種を狙っている可能性がある。妖精種を攫って食らったり、性的に搾取したりして、魔力を奪おうとしている」

『魔王が!? 水面下で動き出しているっていう話は聞いていたけれど……』

「村を出た妖精種の中で、連絡が取れるものには注意喚起をして欲しい」


 妖精種の村は魔力の強い妖精種たちで固まって暮らしているので魔族が攻めて来たところで返り討ちにされるのが関の山だが、朱雀のようにわけあって妖精種の村を出たものの中には魔族から自分の身を守れなかったり、油断して連れ去られてしまったりしているものがいるかもしれない。

 朱雀の言葉を青龍は重くとらえてくれたようだった。


『分かったわ。連絡がつくものには全員に注意喚起をする。朱雀、あなたは平気?』

「私もできる限り気を付けるつもりだ」


 青龍に答えて通信を切って、朱雀は長く息を吐いた。青慈と紫音を守ることばかり考えていたが、朱雀が狙われるという可能性について、これまで朱雀は考えたことがなかった。

 希少な妖精種であるし、朱雀は肉体強化の基礎的な魔法しか発動させることのできない朱雀は、調合の腕は確かだが、魔王に狙われていてもおかしくはなかった。

 庭で遊んでいる紫音と青慈の姿を窓から見て、不安に駆られて朱雀は階段を駆け下りた。結界の張られているこの家ならば大丈夫ではないかと考えていたが、この場所に妖精種である朱雀の家があることは麓の街の人間なら誰でも知っている。それだけでなく魔法薬を求めて遠くの街から身分を隠した客が来ることがあるくらいなのだから、朱雀が感じているよりも『山の賢者』の名前は広く知れ渡っているのかもしれない。

 恐らくは王都の方から来たであろう青慈と紫音の祖父母も、朱雀を山の賢者と呼んでいたし、青慈の両親も山の賢者である朱雀を頼ってこの山に来たと祖父母は言っていた。

 山の賢者である自分の存在が青慈と紫音を危険に晒すかもしれない。

 そのことに気付いてしまうと朱雀はいてもたってもいられなくなってしまう。


「藍さん、青慈と紫音を連れて家に戻って」

「もうお昼ご飯?」

「せー、おなかすいたー!」

「しー、おなかちーた!」


 呑気に答える藍と、お腹が空いたと言って家に入る青慈と紫音にこのことをどう伝えればいいのだろう。朱雀は言葉を選ぶ。


「魔王は妖精種を食らったり、搾取したりして、魔力を奪うと文献に書かれていた。これまでの魔族も私を狙って来ていたかもしれない」

「青慈と紫音じゃなくて、朱雀さんを狙ってってこと?」

「青慈、朱雀さんを守らなきゃ!」

「てんてきは、こかんをえい!」

「そうよ、青慈、上手よ」


 部屋の中で片付けをしていてくれた緑と杏が会話に入って来て、青慈は足を蹴り上げて、戦いの姿勢を取る。そんな簡単なものではないし、青慈にはまだ魔王と相対する力はないのではないかと思ってしまう朱雀だが、紫音も拳を突き出して気合を入れている。


「えい! つる!」

「魔王は倒すのよ」

「きよめまつ!」


 聖女らしい言葉は藍が教えたのだろうか。清めるという言葉と、正拳突きが全く合っていないのだが、それは聖女としてどうなのだろう。

 考えている間にも時間は過ぎる。お昼ご飯の準備をしなければいけなくなって、朱雀は台所に立った。


「藍さんと杏さんと緑さんには、街に戻ってもらった方がいいかもしれない」


 お昼ご飯を卓に並べながら言えば、藍と杏と緑はそれを了承しなかった。


「わたしたちも、青慈と紫音の家族よ」

「朱雀さんと青慈と紫音だけを置いて平和な場所になんて行けないわ」

「そもそも、住む場所も、働く場所もここしかないし」


 藍も杏も緑も、絶対にここから離れないと決めているようだ。悩ましく思っていると、お腹がいっぱいになった紫音が卓に突っ伏して眠りそうになっていた。青慈も頭がぐらぐらしている。

 紫音と青慈を寝台に寝かせてから、朱雀は庭の結界を強化するために魔法薬を作ることにした。

 庭の畑の薬草を摘んでいると、上空に黒い影が過る。


「お前が山の賢者……妖精種か」


 降りて来たのは四人の魔族たちだった。一人ずつならば対処もできたかもしれないが、四人も一度になると、対処のしようがない。しかも、この四人は朱雀の張っている結界を破って家の敷地内に入ってくることができるような強い魔族だった。

 これまでの魔族はみすぼらしいぼろ布を纏っていたようだが、この魔族たちは赤、青、緑、黄色の鮮やかな色彩の布を体に巻いて、肩に蛇の飾りの付いたブローチで布を留めていた。


「連れて行きましょう」

「魔王様もお喜びになるはずだ」

「前の餌が壊れてしまったからな」


 笑いながら話している魔族たちに、朱雀は肉体強化の魔法を唱えて対抗しようとする。


「前の餌が壊れた……だと?」

「妖精種は乱暴に抱くとすぐに壊れる」

「脆い種族だとお伝えしているのに」

「お前はどれくらいもつかな?」


 獲物として見定められていることに気付いた朱雀は、家の扉が開くのに気を取られてしまった。お昼寝から起きた青慈と紫音を藍が庭に連れ出そうとしているのだ。


「藍さん、青慈と紫音を、家の中に!」

「え!?」


 驚きとっさに動けない藍の元に、素早く魔族が歩み寄った。捕らえられてしまった藍の首筋に、魔族が極彩色の毒蛇をくるりと巻き付ける。


「この子たちは勇者と聖女か」

「勇者と聖女も見付けられるなんて」

「あいさんをはなせ!」

「あいたん、たわるな!」


 青慈と紫音が藍を助けようとするが、魔族が藍の首に巻いた蛇を指で示す。


「この蛇に噛まれたら、この女は死んでしまうよ。いい子で我々についてこないと、この女の命はない」

「勇者と聖女も食えば力がつくかもしれない」

「魔王様に捧げよう」

「さぁ、こい!」


 乱暴に青慈と紫音が捕まえられるのを見て、大根と人参が青慈と紫音のがま口に入って逃げている。兎の白もこの状況を察知して檻の中で暴れているが、出て来ることはできない。


「藍さん! 青慈、紫音!」

「ダメよ、杏さん、緑さん! 家の中に戻って!」

「藍さんを連れて行かないで! 藍さんの代わりに私を」

「杏さん、緑さん、お願い、逃げて!」


 魔族に捕らわれて首に細い毒蛇を首飾りのように巻かれた藍が、必死にこちらへ来ようとする杏と緑を止めている。悔しそうにしながら、杏と緑は動けずにいた。

 魔族の一人が朱雀の腰に腕を回す。藍が人質に取られているので抵抗できないままに、朱雀は魔族の小脇に抱えられる形になる。


「あいたーん! とーたん!」

「あいさん! おとうさーん!」


 紫音と青慈がぼろぼろと涙を流しているのが分かったが、朱雀には拭いてやることもできない。


「あいたん、はなて!」

「おとうさんに、さわるなー!」


 手甲を着けた拳を構える紫音と、深靴を履いた足で蹴りを放とうとする青慈だが、魔族に止められる。魔族の腕には首に蛇を巻かれた藍がいた。


「暴れると、女と妖精種がどうなるか分からないぞ?」

「びええええ! あいたーん!」

「ふぇえええ! おとうさーん!」


 大声で泣きだしてしまった青慈と紫音を抱えた魔族と、朱雀を抱えた魔族と、藍を抱えた魔族、そして何も抱えていないまま一番先に飛び上がった魔族は、魔族たちの領域に飛んでいく。抵抗すれば藍の命がない。

 どうしようもない状態で、朱雀は連れ去られるしかなかった。


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