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23.青慈と紫音の祖父母の登場

 春が来て、青慈と紫音のお誕生日が来た。

 青慈は5歳に、紫音は3歳になる。

 山の雪は溶けて森の木々の葉の間から春の日差しが降り注いでいる。畑仕事を終えた後で、朱雀は青慈と紫音を連れて青慈の両親を埋めた場所に来ていた。度々来ているので、青慈も紫音も道中で花を摘むことがすっかりと習慣付いている。

 摘んだ花をお墓に供えて、青慈と朱雀が並んで、藍と紫音が並んでお墓に手を合わせる。


「青慈も無事に5歳の誕生日を迎えられます。これからも青慈のことを見守っていてください」

「ほんとうのおとうさん、おかあさん、みててくれるの?」

「きっとどこかから見ててくれるよ」

「おとうさんと、しおんちゃんと、あいさんと、あんずさんと、みどりさんを、まもってください」


 5歳になる青慈は喋りもはっきりとしてきていた。手を合わせて祈りを捧げる青慈と朱雀と藍と紫音。山を登って来る人影に気付いたのは、朱雀だった。青慈を庇うようにして抱き上げて、藍が紫音を抱き上げて朱雀の後ろに隠れる。警戒する朱雀と藍の前に現れたのは、壮年の夫婦だった。


「私の娘が、私たちに黙って奉公先で子どもを産んで捨てたのがこの辺りだと聞いていました」


 夫婦のうち男性の方が言うのに、藍が身を固くして紫音を抱き締めたのが分かった。青慈はよく分からずに朱雀に抱っこされてにこにこ嬉しそうにしている。


「私たちの息子とその嫁も、子どもを連れて山の賢者様に助けを求めると行ったきり戻って来ませんでした」


 女性の方が言う。

 その夫婦は、青慈と紫音の祖父母のようだった。

 勇者と聖女は親戚同士で生まれてくると聞いていたが、まさか青慈と紫音の祖父母が同じ相手だとは思っていなかった。驚きながらも朱雀は青慈をしっかりと抱き締めて、藍が紫音を離すまいとしている。


「青慈は私が育てました。お返しすることはできません」

「紫音も私たちの大事な家族です。お渡しできません!」


 緊張した面持ちで朱雀と藍が言うのに、壮年の夫婦は「とんでもない」と答えた。


「生まれた子が聖女だということを知らされて驚きました」

「紫音と名前を付けていただいたのですね」

「その子は山の賢者様と生きる方が安全で幸せと分かっています」


 物わかりのいい青慈と紫音の祖父母の言葉に藍がほっと息をついたのが分かった。


「勇者の方は青慈という名前なんですね」

「青慈は山の賢者様に守られていないと、私たちではとても守れません」

「青慈のことをよろしくお願いします」


 この夫婦が青慈と紫音を取り返しに来たのではないと理解して、朱雀と藍は僅かに緊張を解いた。夫婦は話す。


「勇者と聖女は近い関係で生まれてくると言います」

「勇者の父親がわたしたちの息子で、聖女の母親はその妹です」


 夫婦の息子が青慈の父親で、娘が紫音の母親ということは、青慈と紫音は従兄妹同士ということになる。息子から生まれた子どもが勇者だったので、娘が産んだ子どもが聖女だったのではないかと考えて、夫婦は山の賢者と呼ばれているらしい朱雀のところを訪ねてきたようだ。

 青慈と紫音を取り返す気がないのならば挨拶をするためだけに来たのだろうか。

 朱雀が訝しんでいると、青慈と紫音の祖父が朱雀に、青慈と紫音の祖母が藍に何か箱を渡す。受け取った朱雀が中を見ると子ども用の異国ではブーツとも呼ばれる深靴が入っていた。藍の方には紫色の手甲が入っている。


「勇者の武器です。魔法具職人に作ってもらいました。どんなものがいいか分からないと言ったら、勇者の使えるものを魔法で探って作ってくれました」

「私たちにも何故深靴なのか分からないのですが、受け取っていただけると嬉しいです」


 魔法で探られたというのはあまりいい気持ちはしなかったが、その深靴は青慈の山歩きや水遊びにも使えそうだ。


「聖女に武器とはおかしいかもしれませんが、私たちも魔法具職人に作ってもらいました」

「何故手甲なのかは分かりませんが、大きさが自然に変わって、大きくなっても使えると言っていました」


 魔法で大きさの調整もできるらしい深靴と手甲を受け取らない理由はなかった。


「おじいさん、おばあさんなの? せーのおじいさんとおばあさん?」

「私をお祖父さんと呼んでくれるのか?」

「お祖母さんですよ」


 青慈に呼ばれて青慈と紫音の祖父母は涙ぐんでいる。


「しーの、じいたん、ばあたん?」

「そうだよ、紫音のお祖父さんだよ」

「お祖母さんと呼んでくれるのですね……嬉しいわ」


 紫音にも呼ばれて、青慈と紫音の祖父母も涙を流して喜んでいる。


「また様子を見に来てください。この道を上がったところに、青慈の両親のお墓があります。木の杭を立てただけの簡単なものですが」

「埋葬してくださったのですね。ありがとうございます」

「お参りしてから帰ります」

「また来ます」

「本当にありがとうございました」


 頭を下げる夫婦に、青慈と紫音が手を振って「またね」と言っている。青慈も紫音も祖父母が現れても自分たちで言った通りに朱雀の家で暮らすことを当然と思っているし、祖父母も青慈と紫音を奪うようなことはしなかった。

 もらった深靴と手甲がどうしてその形なのか理解できないが、勇者と聖女の武器だと言われれば受け取るしかなくて、青慈と紫音を歩かせて、朱雀は深靴の入った箱を、藍は手甲の入った箱を持って家に帰った。

 広い庭を囲う門の中にはいると、杏が洗濯物を干していて、緑が濡れ縁をごしごしと長柄付きの雑巾で掃除していた。


「お帰りなさい。濡れ縁では裸足で遊べるようにしようと思って」

「寝台の敷布も、布団の包布(ほうふ)も洗ってるわよ。布団も敷布団も干してるし」


 春になって洗濯物を外に干せるようになったので、杏は張り切っているようだ。緑も濡れ縁で青慈と紫音が遊べるように心を砕いてくれている。

 家に入ると朱雀は調合を終えて、昼食を作り始めた。青慈と紫音のためのケーキも作らなければいけない。ケーキを焼いて粗熱を取って、泡立てた生クリームを塗って、切った苺を飾る。出来上がったケーキは氷室に入れて保存しておいた。

 お昼ご飯を青慈と紫音と藍と杏と緑と食べるときに、朱雀は杏と緑に青慈と紫音の祖父母に会った話をした。


「青慈と紫音のお祖父さんとお祖母さんがこの山を訪ねて来ていたんだ。青慈の父親と紫音の母親は兄妹だったみたいだ」

「聖女が勇者の親戚として生まれるって本当なのね」

「髪質以外は二人とも似ているものね」


 青慈の父親と紫音の母親が兄妹だと聞いて杏も緑も納得している。


「なぜか青慈に深靴を、紫音に手甲をもらったんだが……」

「それは青慈の蹴りがすごいからね!」

「紫音の拳もなかなかのものよ!」

「やっぱり、そうなのか?」


 勇者と聖女というと、勇者が刀か何かで戦って、聖女は祈りを捧げる印象しかない朱雀だが、青慈は刃物など使ったことはなく、初めて大黒熊を倒したときは小さな足でけり上げて顎の骨を砕いていた。魔族に捕らわれたときに紫音は拳で魔族の頬骨を砕いていた。

 それを考えると深靴と手甲は十分な武器なのだろうが、何か解せない気のする朱雀だった。

 お昼ご飯の後にはお昼寝をして、起きたところで藍が青慈と紫音を着替えさせている間に、朱雀はケーキとお茶の用意をする。お誕生日のケーキとお茶が出てきて、青慈と紫音はいそいそと子ども用の椅子に座っていた。青慈は体が大きくなってきたので、子ども用の椅子が少し小さくなった気がする。


「青慈、こっちに座ろうか?」

「いいの?」

「座布団を重ねよう」


 大人用の椅子の上に座布団を重ねて青慈が座る場所を確保した朱雀に、大人用の椅子に座れて青慈は誇らし気に鼻の穴を膨らませている。


「青慈、お誕生日おめでとう」

「紫音も、お誕生日おめでとう」


 朱雀と藍が言うと、青慈は紫音に「おめでとう」と言って、紫音は青慈に「おめめと」と言っていた。

 青慈と紫音の祖父母が来たのだから正確な誕生日を聞いておけばよかったと朱雀は少しだけ後悔したが、朱雀の中ではもう青慈と紫音は春生まれで、二人とも一緒にお誕生日を祝って年を取るのが当然になっている。朱雀の青慈と紫音なのだから、もうこれでいいのだろうと朱雀は考え直した。


「いただきます!」

「いたらきまつ!」

「ケーキ、おいしい! ぎゅうにゅう、おかわり!」

「しーも、にゅーにゅー、おかあり!」


 口の周りにクリームをつけて美味しそうにケーキを食べて、牛乳を飲んでいる青慈と紫音に朱雀は微笑みながら口の周りを拭いてあげる。

 その日、青慈は5歳に、紫音は3歳になった。


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