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14.誕生日の意味

 冬の間、朱雀は結界や目くらましの魔法について勉強し直していた。妖精種の村にいた頃は、自分は魔法の才がなくてできることは肉体強化の魔法くらいで、村を出てから始めた調合で思わぬ才能に気付いたが、それでも朱雀にはずっと劣等感があった。努力しても自分はどうせ魔法を使うことができないのだ。呪いのように絡み付く生まれた妖精種の村での出来事を忘れることはできないが、改めて魔法を勉強しようと思ったのは、青慈と紫音を守るためだった。

 大寒波の今年の冬に川が凍ってもおかしくはなかったが、そうそう川というのは凍るものではない。表面に氷が張ってもその下は凍らずに流れていることが多いのだ。それなのに川から引いている水が止まっておかしいと思って見に行ったら、水を引く管が作為的に捻じ曲げられていた。

 管を直していると青慈と紫音を見てもらっていた藍の前に魔族が降り立った。青慈の両親を殺した刺客の魔族で、ずっと聖女を探していたのだろう。青慈を勇者、紫音を聖女と見抜いた魔族を生かしておくことはできなかったし、青慈が蹴りで股間を潰して瀕死状態だったので、朱雀が止めを刺して遺体を焼いて埋めて処理した。

 これから先刺客が送られてきて、青慈と紫音が危険に晒されたり、藍と杏と緑も危険に晒されたりすることは朱雀の本意ではない。

 自分が馬鹿にされたときにはただ諦めてしまったことも、朱雀は守るものができたので挑戦することができた。


「魔法が苦手なら、持続する魔法薬を調合で作ればいいのか……それなら、私にもできなくはない」


 魔法を発動させること自体が苦手で肉体強化か簡単なものしかできないのならば、結界の代わりや目くらましに使える魔法薬を調合すればいい。それを定期的に家の周りの柵に撒いていけば、結界の代わりになって魔族の目からこの家を隠してくれる。目くらましの薬は出かけるときに青慈と紫音の服に振りかけておけばいい。

 自分なりにできることがあるのだと気付いた朱雀はそれを行動に移した。魔法薬の調合をしている間、足元で青慈と紫音がおままごとをして、調合のまねごとをしている。おままごと用のまな板の上に乗せられて、木で作った包丁で切る真似をされている大根は、「びぎゃーーーー!?」と恐怖の悲鳴を上げていた。おままごと用の鍋の中に入れられた人参は、優雅にお風呂に入っているかのように寛いでいる。

 調理台の上では実際に大根や人参のマンドラゴラを使って、すり潰して汁を絞ったりしていたから、おままごとに使われている大根の恐怖も仕方がないのだろう。


「あいたん、いいおくすりできたよー!」

「じぇったー!」

「それじゃあ、飲ませてもらおうかな」


 居間で紫音と青慈の服を畳んでいた藍の元に走って行く青慈と紫音を見ながら、朱雀は魔法薬を作り上げていた。

 必死で唱えた結界の魔法は、あまりにも粗くてほとんど役に立たなかったけれど、魔法薬は別だ。魔法を発動させる才能は朱雀にはほとんどなかったが、魔法薬を作る才能はある。庭をぐるりと取り囲む柵に魔法薬を撒いていくと、確かな結界が張られて家の敷地内が隠されていくのを感じる。

 もっと前から危機感を持ってこうしていればよかったのだが、朱雀は実際に魔族が襲って来るまで甘く見ていたのだ。自分が油断していたことを痛感した朱雀は、春になったら遠くの大きな街まで行って、魔法具を買い足そうと考えていた。


「もうすぐ春ね」

「はる? はるってなぁに?」

「今は冬。雪が溶けて暖かくなったら春。春には庭の畑を開墾して種まきをするよ」

「たねまき! せーできるよ!」


 外に洗濯物が干せないので、暖炉の近くに干していた洗濯物が乾いているかを確かめながら、杏が青慈と話しているのが聞こえる。


「春になったら、青慈は4歳ね」

「せー、よっつ! おとーたんとけっこんできる?」

「まだよ。学校に行って、たくさん勉強して、大人にならないと結婚できないわ」

「せー、けっこんできない」


 しょんぼりしている青慈と話しているのは、部屋を掃除してくれている緑だ。紫音のオムツを替えた藍もそこに加わった。


「春には青慈も紫音もお誕生日が来るわね」

「おたんどーび、なぁに?」

「生まれた日のことだけど、青慈も紫音も正確な生まれた日が分からないから、春がお誕生日にしてるんだって」

「うまれたひ……」


 藍の言葉を聞いて青慈は何か考えているようだ。


「ほんとうのおとーたんとおかーたんのおはか、いく?」

「そうね、お誕生日には行った方がいいかな。それにお祝いをしなくちゃね」


 お祝いという単語が藍の口から出て、朱雀は思わず口を挟んでいた。


「誕生日にはお祝いをするものなのか?」

「私の家は貧しかったから、お祝いはしてもらえなかったけど」

「私はお誕生日にはちょっとだけご馳走を作ってもらったりしたわ」

「贈り物をする家もあるって聞いたことがある」


 藍と杏と緑の情報は朱雀にとっては初耳だった。長い時間を生きる妖精種にとっては、生まれた日はそれほど重要ではなく、生まれた季節は覚えているが、自分の年もまともに数えていないことが多い。数えたところで長すぎて覚えていられなくなるのが関の山だ。

 妖精種だったので朱雀は正確な誕生日が青慈も紫音も分からなくても季節で年を数えていけばいいと思っていたし、お祝いも贈り物もするのだと知らなかった。


「そうだったのか……私が人間のことを知らないせいで、青慈も紫音も、お誕生日を祝ったことがなかった」

「私が言えばよかったわね」

「朱雀さんがお誕生日を祝うのを知らないなんて思ってなかった」

「大丈夫よ、まだ間に合うわ。小さい頃は祝わない家庭はたくさんあるもの。今年から祝って行けばいいのよ」


 自分が言わなかったことを反省する藍に、朱雀が知らなかったとは思っていなかった杏。緑は今年から祝えばいいと前向きな発言をしてくれる。


「お誕生日か……青慈と紫音に何をあげればいいだろう」

「それは、朱雀さんが決めた方がいいわよ」

「春になったら魔法具を買い足しに、大きな街に行こうと思っているんだが、そこで買えばいいだろうか」

「えーっと、異国では甘いものを作ってお祝いするって聞いたことがあるわ」

「甘いものも作り方の本を見て作ろう」

「春は青慈と紫音のお誕生日お祝いね」


 藍と杏と緑の助言を受けて、朱雀は雪が溶けたら行くつもりの魔法具を売っているお店のある大きな街で青慈と紫音のお誕生日の贈り物を探すことに決めた。

 雪解けと共に朱雀は馬車を麓の街に手配して、少し遠くの大きな街まで青慈と紫音と藍と緑と杏と一緒に出掛けて行った。大きな街までは馬車でも半日かかるので、泊りがけの旅行になる。もうすぐ4歳になる青慈ともうすぐ2歳になる紫音には、それぞれ以前買った青い小鳥と紫の小鳥を模した小さながま口を渡しておいた。首から下げた小さながま口は、魔法で倉庫一つ分くらい物が入るように拡張されている。小鳥のがま口の中には、それぞれの着替えやおもちゃやお気に入りの絵本が入っていた。

 魔法具を売っている店に行くと、朱雀は布や毛糸を選んで行った。


「これで青慈と紫音の上着を作れるか?」

「縫物は得意じゃないけど……」

「私は得意よ」

「編み物なら任せて!」


 夏は日除けにもなる涼しい上着を縫ってもらって、冬は防寒具にもなる暖かな上着を編んでもらう。布にも毛糸にも目くらましの魔法がかけられているから、親しいもの以外には勇者と聖女の気配を消して気付かせないようにすることができるだろう。


「おとーたん、こえ!」

「青慈、どれかな?」

「こえ、だいこんたんにほしい!」


 青慈が指さして欲しがったのは、人形用の鎧だった。確かに大きさが大根にぴったりだ。大根も「びぎゃびぎゃ!」と自己主張をしてその鎧を欲しがっている。


「青慈はこれが欲しいのか」

「うん、だいこんたんにきせる!」

「そうか……」


 誕生日のお祝いを悩んでいたが、青慈が欲しいものを送るのが一番いいのかもしれない。朱雀がそう判断してその鎧を買おうとすると、紫音にズボンを引っ張られた。


「ほちー!」

「紫音、どれ?」

「こえ!」


 大きな声で紫音が言って欲しがっているのは、小さな人形用の異国風のドレスだ。確かに大きさは人参に着せるのにぴったりなようだ。


「青慈に買って、紫音に買わないわけにはいかないからな」

「よろい、ほしい!」

「ほちー!」


 青慈と紫音におねだりされて、朱雀は魔法具のお店で人形用の鎧と異国風のドレスを買ったのだった。鎧は大根に着せられて、ドレスは人参に着せられた。とても似合っているとは言えない混沌とした様子だったが、青慈と紫音は満足したようで、鎧を着た大根とドレスを着た人参を抱いて、鼻の穴を膨らませて店から出て行った。

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