苦くて甘い、あのころを~企画会議のそのあとに
ハッピー・バレンタイン!
突発ですが上梓いたします!
「これは……かわいいですけど、やめた方がいいと思います」
「アイデア自体は、悪くないんですけど……」
「ですが絶対本物と間違われてクレームきますって! リアルすぎですもの!」
「そんなああ……」
企画会議の終わった後。俺はデスクで干物になっていた。
きたるべきバレンタイン商戦に投入する新商品のプレゼンで、まさかの大コケを喫してしまったのだ。
今度のプロジェクトはわが社が固形のチョコをも扱う、トータルチョコレートメーカーとして飛躍するための第一歩。
俺は満を持して最高の傑作を用意し、プレゼンに臨んだのだったが。
「ううう……こんなにかわいいのに……ミーコのあしあとチョコ……
右前足の掌球と四つの指球……微妙な形から位置関係まで本物そっくり忠実に再現したのに……
ハッ?! 香りか?! あの甘く香ばしい、まるでやきたてクレープとポップコーンを足して二で割って媚薬をまぶしたような、あの魅惑の……」
「こら」
そのとき、トン。だれかが頭にかるくチョップをくれた。
振り返ればそこにいたのは、おどろくほどのイケメン――俺の親友にして、この会社の創業者にして、現社長。
チョコ愛以外には取り柄とてなく、さえない日々を送っていた俺のため、チョコファウンテンの機器とソースをトータルプロデュースする会社を作って迎えに来てくれた大恩人。俺が誰より信頼する男だ。
やつは甘い香りを放つカップを俺のデスクに置くと、どこからか引っ張ってきたキャスターつきのイスを俺の隣に。かろやかな動きで腰を掛ける。
背は俺より高いのに座高は同じくらい。そんな解せない男は、俺と視線の高さを合わせてこう言った。
「リアルすぎる、と言われていたのをわすれたか?
ミーコはとても愛くるしい。そのミーコの足跡なんだ、チョコに押されたレプリカだって可愛くないわけがない。俺も正直顔が緩んだ。
けれどな、こいつが1000枚あったとする。
そしてもし、その全部をミーコがぷにぷにと押していたならばと……想像してしまったならどうだ?」
「……!!!!」
ベルトコンベアのうえ流れてくるのは、まだほのかにあたたかいチョコレートの板。
コンベアの脇には、キュートに座って待機している三毛猫ミーコの姿。
チョコレートの板がミーコの前に停止すれば、ミーコは可愛らしくぺたん、足型を押す。
コンベアが動く。ミーコがふたたび足型をぺたん。
コンベアが動く。ミーコがふたたびぺたん。
コンベアが動く。ミーコがふたたび……
「うわあああミーコォォォ!! 可愛いけれど超かわいいけどかわいそうだあああ!!
ごめんよミーコ! ごめんよおおおお!!」
号泣する俺の肩を、やつが優しく叩く。
「わかってくれたか。
ほら、飲め。ホットチョコだ。
『アイデア自体は悪くない』とみんな言っていただろう。
いっそ逆に、思い切ってデフォルメしてみたらどうだ? ミーコがモデルなんだから、どう転がしたって可愛くなるに決まってる。
一息ついて、また頑張ろう」
「うん……?!」
カップの中身を一口飲んで、俺はおどろいた。
「これっ?」
「ああ、この間のイベントでお前がブレンドしたチョコソース、ことのほか好評でな。
いっそのこと、ホットチョコとして売り出さないかという話が来ている。
これはその試作品なのだが、どう思う、原作者」
「………………うまい」
胃の腑に温かさがしみ込んだら、じんわりとべつの涙が湧いてきた。
思えばこの時、俺はちょっと焦っていたのだと思う。
この会社にいるのは俺以外、みんな優秀な奴らばかり。
それを鼻にかけたりは決してしないし、俺のことも対等の仲間として気さくに接してくれるのだが、それでもどこかにコンプレックスがあったのだろう。
俺は、『社長とのコネしかない、役立たず』なんかじゃない――
そのことをなんとか、証明したくって。
けれどその努力は、知らないところでもう認められていた。
俺の入社一周年まで、あと少し。
一足早いバレンタインプレゼントは、甘くあたたかく、心を溶かしてくれたのだった。