面倒は嫌いだが、これくらいは仕方がない
私達がやるべきは、勇者が自発的に村から離れるように差し向ける事だ。
正義感の強い勇者にどんな理屈を申し立てたとしても、きっと安心できるまではここを離れたりしないだろう。
それに関しては、ガレルアも同じ意見のようだった。
「皆さん、これを見てください!」
ガレルアが叫ぶ。
今、勇者一行は森の中で正体不明の相手を追っている。
イビル・ボウを仕留めた相手の捜索である。
そして、差し当たり私とガレルアが行う第一の作戦の只中だ。
「この生き物の死骸を見てください!」
ガレルアが、猿のような死骸を持ち上げる。
手分けをしていた仲間たちはガレルアの声に集まり、その死骸を見るや気持ちの悪そうに顔をしかめている。
そして、私は木の上からその様子を見る。現状、私に気がついている者は一人もいない。
ガレルアの持つ死骸は、私が大急ぎで作った手製だ。
野生動物の亡骸を見つけて、私の能力で手を加え、あたかもそんな生物がいるかのように偽装した。
倫理観に欠ける? そりゃそうだ、私は魔王だからな。
ガレルアには、それらしい死骸を用意するとだけ言っておいた。
少し不思議がっていたが、勇者の旅を続けられるのならそれで良いらしい。
「こ、これはシザーズエイプでは!?」
祈祷師のマナ・ルアンナが息を飲む。
事実、それは驚愕に値するものの筈だ。
シザーズエイプ。
ワイルド・ボウと同じく、本来ならばこんな人間領の近くには現れない魔物だ。
猿によく似た華奢な体躯と、ハサミのような形状をした鋭利な左腕が特徴の魔物である。
「おそらく、イビル・ボウはコイツに……」
少し演技が臭いが、ガレルアは打ち合わせ通りの台詞を言う。
私たちの用意したシナリオはこうだ。
ワイルド・ボウとシザーズエイプは何らかの理由で戦闘状態に入り、それが長引いて人間領にまで来てしまった。
そして辛くもワイルド・ボウの首を刈り取ったシザーズエイプだったが、激しい戦いであったためにこの場で力尽きてしまう。
完璧だ。
ワイルド・ボウの死骸には首がないので、それらしい魔物を取り繕った。
オークや脳喰いのような獲物の頭を好んで食らう魔物でも良かったが、アレらは群れで行動する。
勇者なら群れを打尽にするまでこの場から離れないと言うに違いないと考えたのだ。
「いやあ、シザーズエイプが死んでるならもう安心ですね。よかったよかった」
アイツ嘘だろ?
あまりにも演技が下手すぎる。
もしもこんなのが劇場公演されたら、観客が全員暴徒と化すぞ。猿でももっとマシだ。
あ、ほらあ、皆んな怪しそうに見てるじゃん。
コレで失敗したら恨むぞ。
「いや、よく見て」
うわ、何も言うな勇者。
「こいつ、手や身体には返り血を浴びてるけど、顔は全然だよ。特に、口元に血が付いていないのはおかしい」
やっべ、私のミスじゃん。
ガレルア、恨んですまん。
「こんな辺境にまで来るんだから、縄張り争いじゃない。多分、食物連鎖。どちらかがどちらかを食べようとしたんじゃないかな。でも、こいつは相手を倒してから食べもせずに場所を離れてる」
意外に鋭いな、困った。
正義感が強い事以外は結構呑気だと思っていた。喋り方がそんな感じだったから。
意外だ。いやホントに意外だ。
まさか、そんな事にまで気が利くとは思ってもみなかった。
ぶっちゃけ馬鹿だと思っていた。
「これはきっと、イビル・ボウとは無関係だよ。むしろ、こんなのまでいるなんて、心配が増えちゃった」
心配を増やしちゃった。
「あ、はい、そうですね」
ガレルアなんて真顔だ。
どうしようかな、コレ。
◆
「どうするんですか……!」
「いや、すまん。まさか、勇者があそこまでキレるとは」
真夜中。
誰もが寝静まった時間帯に、ガレルアと作戦会議をする。
私達がつながっている事がバレれば、作戦は全て無駄だからだ。
だから小声で、静かに、その上で誰も気が付かないうちに済ませてしまう必要がある。
「勇者様を軽んじるのは辞めてもらいましょう。彼女は紛れもなく、魔王を打ち倒す英雄となる方なのですから」
魔王ここにいるのにどうやって倒すんだろう。
「分かった、もう油断はなしだ」
「ほう、何か考えが?」
勇者は現在、森の中に強大な魔物がいると考えている。
少なくとも、それは捜索から隠れるだけの知能を持ち、ワイルド・ボウとシザーズエイプを倒せるだけの力がある。
さて、どうすれば勇者はこの村から離れるだろうか。
事態はすでに解決しているように見せかける作戦は失敗だった。
「魔物が、森を離れたような痕跡を作る」
「ほほう?」
「例えば足跡、折れた枝、かき分けた茂み。そういう物で、魔物がここから離れたかのように偽る」
「なるほど、魔物が移動したのなら、勇者様もそれを追う事でしょうね」
それにて解決。
その後はガレルアが取り繕う事になるが、その辺りは丸投げしてしまおう。
こいつ偉そうにしてる割には全然意見とか出さないからな。