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愛と呪い

作者: スルメイカ

※この小説はコロナ自粛で暇な人間が適当に書いたクソ作品です。投稿者は初投稿かつ文才がないのであまりの下手さに読んだことによるありとあらゆる精神的被害が出る可能性がありますが責任は負いかねます。

また残酷な描写や強い性的な描写はありませんが死についてや性行為が存在したことを示す表現はありますので苦手な方は御遠慮ください。

彼女のことはもうほとんど覚えていない。ただ、心から愛していたことだけは確かだった。

あれから40もの季節が過ぎ去り街並みは大きく変わった。視覚でわかる生活の場の変化は否が応でもあの頃の記憶を風化させていき、最後に残ったのは純粋な感情の記憶。

それは未だに呪いとして纏わりついて心を縛り続けている。


5年前、親からの勧めで受けた縁談があった。彼は結婚願望があるわけではなかったしよく知らぬ人と話すことは得意ではなかった。

しかし独り身の自分の身を案じ、私たちを安心させてくれと訴えかけてくる瞳に年老いた両親の哀しみを見た以上彼はとりあえず会ってみると言う他なかった。

待ち合わせた場に現れたのは長い髪に清楚な服を着た、何故だか愛されて育ったことがひしひしと伝わってくるような女性で名を久子と言った。

久子は礼儀正しく頭を下げるとにこやかに微笑み彼の目の前に座った。

正直、悪くないと思ってしまった。全く乗り気ではなかった縁談だが話を聞くと久子は育ちもよく、教養もあり、東京の一流と言える企業で働いておりこの機を逃せばいつまた両親を安心させられるかを考えると久子のことを承諾してよいように思えた。

彼は結婚を前提とした交際について受け入れ、以来2人はよく会うようになった。

2人は客観的に見ても幸せと言えただろう。

2人で出かけては映画を見て共に涙を流し、街の喫茶店のナポリタンの味に舌を巻いた。

会わぬ日も連絡は多くとったし次第に彼は両親の心配を晴らす為ではなく彼自身が望んででの久子との結婚を夢見るようになった。

ある日、久子との帰り道に2人は寄り添い合い手を繋いで街を歩いた。それはまるで学生に戻ったかのような気恥しさと共に大きな幸福感を彼に与えた。2人はそのまま取り留めのない会話を交し街明かりの中をゆっくりと進んで行った。

しかし、何か違う。いつもとは決定的に何かがおかしい。脳内を駆け巡る違和感に従い、彼は自らの神経の感覚を研ぎ澄ますことによって原因を突き止めた。

この手は久子のものではない。違う。久子の手とは違った感覚だ。

慌てて視線を手から顔に移すがそこに居たのは久子以外の何者でもなかった。

この手はなんだ。彼は違和感と共に徐々に懐かしさが湧き上がるのを感じた。

…これは彼女の手だ。頭からは全て抜け落ち、忘れてしまったが体は覚えていた。何度も握りしめ何度も温めたあの手にほかならない。

冬の寒空のせいではない寒気がした。言葉に出来ないような感情が身体中を駆け巡り、とめどなく彼を打ち負かそうとしているように感じた。

何かが壊れるような気がした彼は急用を思い出したと嘘を言うと、久子の手を少々乱暴に振り払い走り去ってしまった。

自宅に着いた彼は念入りに手を洗った後もう一度あの感覚に立ち向かおうとした。何故彼女は今になって出てきたのか。彼は自分の中に残った僅かな彼女に問いかけたが答えが返ってくることはなかった。

それ以来彼は久子に彼女の影を見るようになった。日に日に手だけではなく言葉、仕草、体の全てが彼女に近づいているように感じた。

だが彼が愛しているのは彼女ではない。久子だ。彼は懸命に彼女を否定し久子を見ようとし続けた。

ある晩、彼と久子は寝た。お互い婚前交渉を拒否するような人ではなかったし関係が進めば何らおかしいことではなかった。

全てが終わった後、彼は久子を抱き締め見つめようと顔を向けた。

しかしそこはベッドの上ではなくあの日の雪山だった。

今までとは比べ物にならない記憶の波が彼を襲った。

と言っても在りし日の思い出が次々と思い出された訳ではなくたった一つの記憶であった。

雪山で見た彼女の死顔。

雪山で抱きとめた彼女の体はほんの少し前まで血が流れていたとは思えないほど冷たかった。心臓の鼓動も呼吸も瞳孔も何もないただの肉人形でしかなかった。

忘れていた。いや、無理に忘れた記憶がはっきりと蘇る。

他の記憶は忘れれても焼き付いて離れないあの時の顔。

理屈や理由など関係なく一切の言い訳を許さない純粋な「愛」という感情の記憶。

誰よりもそばにいて、誰よりも思いあって、誰よりも愛おしいと感じていた「愛」が「呪い」に変わったあの瞬間。

…彼は突然服を着ると戸惑う久子を後目に無言で部屋を出ていった。

久子からの電話がなる。だがそんなことはどうでもよかった。

彼は久子の番号やメールアドレス、そしてその他痕跡を全てを消し去って久子との連絡を断った。

人間として最低なことをした自覚はあった。だが何故だかそうしなければならない気がした。

愛が愛であるうちに。

久子と過ごしてから5年経った今、久子がどうしているかはわからない。


この街に今年も春が来た。桜が咲き始め、風は春の匂いを運び、愛し合う人が道を歩き、太陽は暖かな光で雪を溶かしていった。

彼はまだあの雪山から下山できていない。

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