14.刹那の守護者
時は一週間前に戻り、セツナがソフィリエルと別れた後のこと。深夜の街をセツナは、静かにそして颯爽と駆けて何処かへと向かっていた。
「イブル、おいイブル。これからお前の家に行っていいか」
『あ、どうしたんだよ。こっちは誰かさんが余計な仕事を押し付けてきたせいで眠いんだよ。てことで、おやすみ』
「あー! おいおい。ちょっと待ってくれ。今はそれどころじゃないんだよ。ちょっとやばい事が起きたんだ」
『なんだ、やばいことって。でも、明日にしてくれよ。俺はもう寝るからさ』
セツナがイブルに言いたいこと、それは「守護者」に関してだ。ソフィリエルが言い残した、「あと一週間の間に守護者を選べ」という言葉に従って、セツナは守護者を選ばなくてはならない。
そしてその一週間をセツナは守護者と有効に使いたかったが為にこうしてイブルに連絡しているのだ。勿論、一週間かけて守護者を探して最強メンバーで挑むこともできる。だが、セツナにとってこの一週間はそういう準備として使うものではないと考えている。
もっと大切に使うために、イブルの情報力を使えば最短で呼び寄せられる強者に出会う事ができるとセツナは考えたのだ。
「分かった。じゃあ寝てていいぞ。あと一時間くらいでお前ん家に向かうから、それまでグッスリと」
『はぁー。へいへい、じゃあ待ってるからな』
その言葉を聞いて、セツナはすぐに速度を上げて駆け出した。セツナの現在地から、イブルの家というか隠れ家まで車で四、五十分はかかるくらいだ。イブルもそれは理解している。しかし、それは道に沿って走った車の時間だ。
セツナが最短ルートをかなり速く走れば、それ以上の時間が出るだろう。先程言った一時間は、言わばイブルを納得させるための嘘になる。
本当のセツナなら、四十分くらいで到着できるはずだ。
*
「おい……イブル。着いたぞ」
『あぁ嘘つくな。まだ三十分だぞ。流石に早過ぎるって』
「いや、もう着いたぞ」
『早すぎだろ! はぁー、本当にお前は俺の時間を削るよなぁー。ああーだるいなー』
「てことで、勝手に入るね」
そう言ったセツナの眼前にあるのは、ただの山小屋だった。木で作られているそれはみすぼらしく、今にも壊れそうなくらい隙間は空いてるし、屋根も外れかけている。更に言えば、この小屋は小さいのだ。人一人入れて一杯ぐらいの小屋である。こんな小屋に本当にイブルは住んでいるのだろうか。
セツナはその今にも取れそうなドアノブを握って、中へと入った。中は薄暗く、本当に狭かった。
その中は、農具やホウキなどそれこそ小屋によく入れられる様なものから、よく分からないフィギュアが置かれていたり、変な棒がゴミ袋に突き刺さっていたりしている。
だがセツナは特に驚くことも無く、静かにその変な棒を握って下に下げた。
その瞬間、突如天上に取りつけられた壊れかけの電球が光を発し始めた。そしてその光は、セツナの全身をスキャンしだした。そしてそれが終わると今度は、よく分からないフィギュアから音が聞こえてきた。
「カイセキシュウリョウ。オンセイカクニンヲオコナイマス。ナマエヲイッテクダサイ」
その命令に従ってセツナは、静かに口を開いた。
「セツナ」
「セツナ。ニンショウカンリョウ。ニュウシツヲキョカシマス」
その機械音が響いた後で、セツナの足元が何と沈み始めた。そしてだんだんとそれは下がっていき、セツナを地下へと運んで行った。
勿論セツナは驚く様な素振りは見せていない。それもそうだ。セツナはこの家に何度もきた事があるのだから。それこそ最初は驚いたが、今では手際よく入室できる様になった。
暫くすると目の前に横開きのドアが現れ始めたそして。そして足元の降下は終わり、そのドアが開いた。中はグレーを基調とした壁に囲まれた部屋であった。
そう、この部屋こそイブルの住処なのだ。彼は、こうして地下で生活しているのだ。
「ようイブル。悪いな急に来ちゃって」
セツナの視線の先、そこには大きめのソファがあり、そこに一人の男が座っている。中肉中背で黒髪の短髪、黒いTシャツを着ており、手にしているスマホを忙しくいじっている。
特に目立つ特徴のない彼こそ、【Eーブレイン】通称イブルだ。
「全くだよ。お陰で俺の今日の疲労が蓄積されたよ」
「すみませんね。だけど俺の話を聞いてくれたら、俺が呼び出した理由もわかるよ」
「あっそ。じゃあ手短にね」
そう言われてセツナは、自分の右腕にはめてある赤色の装飾を施された腕輪に触れた。そしてそれを抜き取り、イブルの方に近づく。
「おい、イブル。手を出せ」
「は?」
イブルがセツナの方へ視線を向けた瞬間、イブルは自身の手に何かがはめ込まれたのを感じた。セツナの早技で何かされたのだ。思わずイブルは、スマホを落とした。
「おい、セツ……ウォォォァァァア!」
その時、イブルの頭の中に何かが流れ込んできた。
「イブル、どうした?」
「ワァァァ!」
イブルの頭へ侵入する情報はまだ止まない。その情報はどんどんと入り込んできて、イブルの頭に蓄積され続ける。
そのイブルの咆哮が始まってから二分くらいが経った頃、ようやくそれは治った。それと同時にイブルは、ソファの上に倒れ込んだ。
イブルは呼吸が荒く、汗もびっしょりとかいている。一体彼に何があったのだろうか。
「おい、イブル。大丈夫か?」
「はぁはぁ……あぁ、ちょっと驚いただけだ。……ソフィリエル……はぁ、試練……世界の消滅……一週間後」
イブルの口にした単語、それは正しく先程セツナが何度も聞いた言葉たちであった。そしてこれは、セツナにしか知り得ない情報である。それを知っているとはつまり、彼は守護者の証をはめたことで何かを得たのだ。
「お前、それ。俺の記憶が見えたのか?」
「あぁ。恐らくな。月とか天界とか言ったんだろ。それにあんな綺麗な天使に会えたなんて、羨ましい奴だぜーーこの世界の最強は」
「……イブル」
そう、イブルはこの数分で、守護者となった事で全てを理解したのだ。
「それじゃあ、もう一人の守護者を探さないとな。お前は出来るだけ、速くきて欲しいんだろ?」
「ああ。国外にいる奴、協調性のなさそうな奴は除外して、強そうなのを頼む」
「了解した」
そう言ってイブルは立ち上がり、左へと向かった。そこには扉があり、その中はパソコンルームとなっていた。見るからにハイスペックなパソコンを何台も繋ぎ、机の上には巨大なモニターが三台、横に並べられている。そして、これまた見るからに値段が高そうなキーボードとワイヤレスマウスが置かれていた。
そして、イブルは颯爽と座り心地の良さそうな椅子に座って、カタカタとキーボードをいじり始めた。
「ほらよ。お前の条件に合いそうなのはこいつらかな」
そう言ってイブルがモニターに表示したのは、十数個の名前だ。しかしそれはただの名簿ではない。裏社会で名の知れてるやつや、世に出てない様な恐ろしい強さを有した奴などの名簿だ。
イブルは一様、こう言った輩の名前や素性はハッキングで集めており、今現在どこに居るのかなどを常に把握する様にしているのだ。
「俺のオススメはコイツかな、ガルダ・ガイ。こいつはセツナも知ってるだろ。メリケンサックのガイって呼ばれるくらいに、メリケンサックで色んな物を殴って壊してきたやつ」
そう語るイブルに対し、セツナはどうやら納得していない様だ。いや、むしろこれくらいで納得されたら困るだろう。守護者を選ぶことは、その場の思いつきや単純な力で決める様なものではない。
もっと何かこう、心にくるような力を持った者で無くてはならないのだ。
「んーじゃあ、こいつどうだ。マッスル佐藤。コイツは、日本ではあんまり知られてないが、俺はコイツの強さを知ってる。コイツは百メートル九秒台のスピードに、デッドリフト二百キロの記録を持つ、オールマイティの男だ」
「なあ、イブル。それは俺でも簡単に出来るぞ。さっきのメリケンサックのやつも俺の方が何でも壊せるし、このマッスルも俺と比べたら全然じゃないか。俺が求めているのは、俺やイブルとは違う秀でた強さを持つやつだ」
セツナは、静かにそう言った。誰かを選ぶこと、それはとても難しいことだ。それは別にこの場面だけではない。誰でも誰かを選べと言われた際に、ハッキリとコイツだと断言できる確信を持って選ぶことは難しいだろう。
こっちの方が良かったかもと、悩みが纏わり付いてはいけないのだ。だからこそ、セツナは真剣に選ぶのだ。コイツなら背中を任せられると言う奴に。
「そうか。じゃあ、コイツは、銀弾はどうだ。お前も知ってるだろ、この美少女凄腕スナイパーは。彼女なら実力は勿論、見た目に関しても問題はないと思うぞ」
そう言ってイブルは、パソコンの画面に銀弾のプロフィールらしきものを表示させた。顔写真やら本名、年齢などは不明となっているがその他の項目は結構埋まっている。
素性は不明だが、実力に関しては問題無い逸材だ。
「スナイパー、か。そうだな。そうだよ、イブル。コイツだ。俺は彼女を守護者にしたい。俺とイブルには出来ない遠距離攻撃を彼女に補って貰えば、完璧だ」
セツナは今までに一番の反応を見せた。それ程までにセツナにとって彼女は魅力的だったのだ。
「よし。じゃあ連絡するぞ。いいな」
「ああ勿論だ」
セツナの返事を受け、イブルはスマホを取り出し何処かの電話をかけ始めた。お互いに面識のない相手の電話番号を知っているあたり、やはりイブルは守護者を選ぶ人材としては最適だったといえる。
そして、電話のコール音が鳴り直ぐに相手と繋がった。この向こうに彼女が、銀弾がいるのだろうか。
『もしもし、どなたですか?』
スピーカーモードにしたスマホから聞こえてきた声は女性のそれだった。セツナとイブルは互いに目を合わせ、連絡がついた事に取り敢えず安堵する。
「よぉ初めましてだな、銀弾。俺は、Eーブレインだ。名前くらい知ってるだろ」
『Eーブレイン……そうね、聞いた事はあるわ。自称天才ハッカーの名前だったわね。で、そんな電脳さんが私に何の用なの?』
至って冷静な口調だ。さらには、イブルに対して自称だと煽りも入れきた。ただイブルはそんな事は気にせずに会話を続ける。
「流石、話は早いな。それじゃあ今から指定する場所に直ぐに来てくれ。アンタにしか頼めない急用だ。いいな」
『ふふっ、天才ハッカーは可笑しな事を言うのね。そんな見え透いた罠に私が乗る訳ないでしょ? それとも何、私をからかってる訳?』
彼女の言い分は正しく、もっともな事である。どう考えてもこのイブルの発言は怪しすぎるし、下手だ。例え百人に同じ事を言っても来る者などただの一人もいないだろう。しかし、それでもイブルは何か策がある様で薄く笑みを浮かべている。
「そうだな、まあそう言うなら来なくてもいいと思うぜ。だけど、代わりにアンタの顔写真に個人情報、その他諸々の秘密をネットに拡散してやるよ。特にこの情報なんてバレたら大変だろうな」
『ちょっと、何を言ってる訳? 私の個人情報なんて貴方が知ってる訳ないじゃない。それ以上、私をからかわないで』
「おいおい、天才ハッカーにかかればアンタの個人情報どころか、家族全員の個人情報もバラせるんだぜ。何ならここで読み上げてやろうか? おっと、あの銀弾がこんなに可愛い名前をしてるなんて、ねえセツナ。これは驚きだなぁ?」
不意に話を振られたセツナは、咄嗟に「あ、ああ」と弱々しい返事をした。それでもイブルは、グッジョブという様に右手の親指を立てた。
ここまでのやり取りを見て、セツナは素直にイブルという人物を恐ろしいと思った。情報が大きな価値を持つこの世界で、世界中の情報をほぼ自由に扱えるイブルには交渉においては最強だろう。
そして今回も銀弾を呼び寄せるという交渉で、彼女だけでなくその家族の情報もリークさせるという力技で無理矢理にも来させようとしている。
だが、実際はイブルの画面に映し出される銀弾のプロフィールには、家族の情報どころか銀弾に関する情報も殆ど無い。つまり、イブルの言った事は全てハッタリなのだ。
つまり見破られればそれまでの交渉と言うわけで、イブルは不利だろう。しかしどういうわけかイブル本人は、満足気な表情でスマホに向かって喋り出した。
「てなわけで、こっちにはあのセツナが居るんだよ。なあセツナ、今日の夜もお前は蒲公英組の依頼を装って色々情報を聞き出してくれて助かったよ。で、その時にさ、なんか狙撃しようとしてきた奴いなかったか?」
そう言いきったイブルの表情は、ほぼ勝ちを確信したような最高に高まった笑顔だ。そして、セツナは直ぐに理解した。恐らく、イブルがいう狙撃しようとしてきた人物はこの銀弾なのだ。
そして、イブルはセツナの痕跡を消去してる時に彼女を見つけたのだ。そう、それは最早奇跡としか言いようがないほどの偶然だ。
銀弾とセツナが知らないうちに接触しており、その姿をイブルが彼女だと確信し、今こうしてセツナが彼女とコンタクトを求めているのだ。
何という偶然なのだろうか。だが、もしかしたらこれは必然で運命なのかも知れない。
『ーーちょっと、待って! もしかして貴方、私の映像持ってるわけ?』
「ああ、そうだよ。ビルの屋上でしっかりと構えて、そのまま撃たずに逃げる銀弾の姿をね。これ、見られたく無いよね? ていう事で、来て欲しい位置データはこのまま送る。到着したら連絡してくれ。じゃあまた後で」
そう言い残してイブルは、着信を切った。手口としては褒められるものでは無いが、それでも彼女に来てもらえることになりセツナは取り敢えずはよしとしようと思った。そして同時に後でしっかりと、彼女に謝ろうと思った。