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かけがえのないもの  作者: 滝元和彦
5/5

解読


 それから30分後、4人は喫茶店に集合した。お互いの表情を見て、たいした収穫がないことは想像できた。話し合う前にとりあえず腹ごしらえをすることにした。食後のデザートを平らげると、情報交換をしあった。

「あの埋められてた腕はマニキュアをしてたのか。マロン、よく覚えてたな。じゃあやっぱり、あれは平岩さんじゃないな」ビーンがそう言うと、

「その平岩さんに女装趣味があれば別だけどな」といっちゃん。

「女装趣味?ちょっと待てよ。ウッド、あのコピー持ってきた?」

「車に置いてある。今持ってくるよ」

 すぐにウッドはコピー用紙を持って戻ってきた。それをテーブルに広げる。ビーンはある社員の個人情報を指さす。

「この人なんだけど」

 栗山といっちゃんは身を乗りだす。

「この女性がどうかしたの?」いっちゃんが聞く。

「名前を見てみろ。その社員、男だよ」

「男?」名前を見ると入江徳次郎と書いてある。確かに男の名前だ。

「別の人の写真が貼ってあるとか」栗山が指摘すると、

「オレたちもそう思って、他の社員のも確認したけど、写真は間違っていない」

「となると、このおっさんオネエか」

「いっちゃんもピンときたようだな。あの20年前に裏山で埋められてた腕の持ち主はこの人なんじゃないか」

 写真は履歴書用で顔しか写っていないから、マニキュアをしてるかどうかは判断できないが、4人には妙な確信があった。

「でも、よくこの格好で写真を撮ったよな。ふだんの出勤もオネエスタイルだったのかな」ウッドはしげしげと写真を眺める。

「今でこそ彼らの存在は広く認識されてるけど、当時はまだそれほどでもなかったから、勇気があるというか向こう見ずというか」ビーンが言う。

「ここに電話番号が書いてある。ちょっとかけてみよう」ウッドは自分の携帯でその番号にかけてみた。

「だめだ、この番号は使われてないって」

「住所はここから近くだね」栗山が指摘すると、

「よし、そこに行ってみよう」いっちゃんが立ち上がった。

 4人は駅前商店街を抜けた先にある住宅街にやってきた。そこは新旧の住宅が混在する地域で、その中で一際古い一軒家があった。そこが入江徳次郎の自宅だった。玄関前にはインターフォンや呼び鈴は見当たらない。

 いっちゃんは恐る恐る玄関のドアをノックしてみた。なんの応答もない。もう一度ノックしてから、

「すみません」と呼びかけた。やはり反応はなかった。

「空き家なんじゃないか」背後からビーンが言う。

 ウッドは郵便受けの中を覗く。郵便物がいくつか入っているようだ。

「誰かは住んでるみたいだな」

 いっちゃんは試しにドアのノブを回してみた。するとノブは回りドアが開いた。少し開いたすき間から中の様子をうかがう。玄関からまっすぐに廊下が伸びていて、その廊下の左側から明かりが漏れていた。

「明かりが見える。誰かいるみたいだ」そう言って、体が入るくらいドアを開いて、物音を立てないように中に入る。

「おい、大丈夫か。変なのがいたらやばいぞ」ビーンの言葉が耳に入らなかったのか、いっちゃんは玄関に足を踏み入れる。靴を脱いで廊下に上がる。足音を立てないように明かりが漏れているところまで歩いていく。

 そこには部屋があった。部屋のドアが少し開いていた。そのすき間から中を覗く。部屋には人がいた。80代くらいの男性が座ってテレビを見ていた。

 いっちゃんはどうしようか迷ったが、声をかけてみることにした。

「あのー、すみません」

 男性はいっちゃんの言葉が聞こえなかったのか、視線はテレビに釘付けのままだ。

「すみません」今度はさっきよりも大声で言ってみた。その時、どこかから足音が聞こえた。それは階段を降りてくる足音だった。いっちゃんがその場で立っていると、階段から女性が降りてきた。

「どなたですか?」現れたのは70代後半の女性だった。

「あの、勝手に上がりこんで申し訳ありませんでした。玄関で呼びかけたんですが」

「おじいさんは耳が遠いからね。私は上にいましたし」

「私、北島という者で…」ここに来た経緯を簡潔に話した。

「そうなんですか、じゃあ立ち話もなんですから居間に行きましょう。お友達も上がるように言ってください」

 4人は居間に通された。そこにいる高齢の男性は徳次郎の父ということだった。

「それで徳次郎の何が聞きたいの?」徳次郎の母は一同が座って一息ついてから聞いた。

「息子さんはテレビ局に勤めてらしたんですよね」いっちゃんはコピー用紙をみせる。

「そうだよ」

「どうしてテレビ局を辞めてしまったんでしょうか?」

「辞めたわけじゃないよ。どっかに行っちゃったんだ」

「行方不明ということですか?」

「そうだね」

「捜索願は出したんですか?」

「私は警察が嫌いでね。彼らには任せずに自分たちで探したよ。でも見つからなかった」

「息子さんがいなくなったのはいつ頃のことか覚えてますか?」

「いつって、20年前のちょうど今頃だったかね」

「いなくなる前に、息子さんに何か変わったことなんてなかったですか?」

「変わったことって、あの子は変わってるよ。その写真をおまえさんたちも見ただろ。男なのにそんな格好をして」

 いっちゃんが質問をしている間、父親は話に全く関心がないのか、単に耳が遠いからなのか、4人の方を振り向くことはなかった。一通りの質問をした後、

「ちょっと息子さんの部屋を見てもよろしいですか?」と聞いた。

「そりゃあかまわないよ」

 徳次郎の部屋は2階にあった。ドアを開けると、20年という年月で埃っぽくなっていたが、中はきちんと整頓されていて、色調や置いてあるぬいぐるみなんかが、いかにも女性の部屋という感じだった。

「ここほんとに徳次郎って人の部屋なのか」ウッドが入るなり不快な顔をする。

「母親が言うんだからほんとだろ」そう言うビーンも入るのを一瞬ためらう。

「よし、暗号の手がかりがないか探してみよう」いっちゃんのかけ声で捜索がはじまった。

 部屋にはベッド、化粧台、丸テーブル、洋服が入っているチェスト、本棚、壁には当時のアイドルのポスター、壁時計、押入れには布団、段ボール箱、書類が無造作に置いてあった。それらを手分けして調べていく。部屋が女性っぽいので4人の男たちはどこか後ろめたい感じで作業を続けた。4人で調べたので、わずか15分で調べ終えた。

「ないみたいだな」ウッドが床に座り込みながらつぶやく。

「帰って作戦を練りなおそう」いっちゃんの一声で一同は部屋を出ていく。最後に栗山がドアに向かう。

「ちょっと待って」栗山はみんなを呼び止めた。

「どうした、マロン」ビーンが立ちどまる。栗山はドアに視線を向けている。ドアは内開きのため、ドアの内側は見えなくなっていた。

「ドアにスーツが掛けてある」栗山がそう言うと、3人が部屋に戻ってきた。栗山はそのスーツをドアから外した。年数が経っているので、ほこりだらけでかび臭かった。なるべく鼻で呼吸をしないようにしながら、そのスーツを調べる。スーツの裏側の小さなポケットに手を入れると、なにかの感触があった。それを取り出す。紙切れだった。それにはいくつかの数字が書かれてあった。いっちゃんたちも覗きこむ。

「あ、たぶんこれだ!オレが見た暗号だ」ビーンが叫んだ。

「やっとみつけたな」いっちゃんも嬉しそうだ。

 その紙に言葉は書かれていなかった。こういう数字が書いてあった。

31、19、19、8、92

5、39、8、92、53、7

1、8、52、44

「この数字に秘密があるんだな」とウッドが興奮ぎみに言う。

「目的のものはみつけたから、とりあえずここを出よう」

 いっちゃんを先頭にして部屋を出る。徳次郎の母に礼を言って家を後にした。

 そのまま駅前の喫茶店に向かった。店員は度々来店する4人に不思議そうな眼差しを向けた。4人は冷たい飲み物で水分補給をしてから暗号について話し合った。

「なんか思いついたら言ってくれ」いっちゃんは腕を組んで考え込む。

「ちょっといいかな」ウッドは首を傾げている。

「どうした、ウッド」

「これって、あのテレビ番組で出された暗号だよね。でもオレが覚えてる暗号はもっと違ったやつだった気がするんだ。なんていうか、数字じゃなくて絵文字みたいなやつ」

 ウッドの疑問に答えたのはビーンだった。

「その絵文字は第一段階の暗号だったんだよ。暗号は二段階あって、一段階はテレビでも放送されたからウッドも覚えてたんだ。で、この数字は二段階の暗号なんだろう」

「そういうことか」

 ウッドがそう言ってから、しばらく4人は暗号とにらめっこを続けた。その沈黙を破ったのはいっちゃんだった。

「ひょっとして」

「何かわかった?」栗山が聞く。

「この数字はひらがなの五十音の順番を示してるんじゃないか。たとえば、5だったら『お』とか、7だったら『き』とか」

「でも五十音だったら数字は50未満のはずだよ。ここに書いてある数字は92とか53とかあるから五十音じゃないと思うんだけど」栗山が指摘すると、

「そうだな」とあっさりと認める。

 ウッドがタバコをくわえたまま、

「この数字は道路の何号線を指してるんじゃないか。たしか31号線ってあったろ」

「でも92号線とか19号線っていうのはないぞ」いっちゃんが指摘する。

「いい考えだと思ったんだけど」

 その後、4人はこの数字の解釈をめぐって頭を悩ませた。だが、満足いく結果は得られなかった。いっちゃんが腕時計をちらと見る。夕方の5時になろうとしていた。

「よし今日はこのへんでやめよう。また明日8時にここに集合な。で、明日が最後だ。みつけられなかったら、あきらめよう」

 翌日の8時過ぎ、4人は喫茶店のいつもの席に座って朝食のオーダーをしていた。外はあいにくの雨模様で、4人の気持ちもどんよりとしていた。それでも朝食を食べて一服すると、少しはやる気が出てきた。

「じゃあ、さっそくやるか」いっちゃんが暗号の紙をテーブルに置く。またいくつかの解釈が出てきては否定された。

「思ったんだけど」とビーンが今までとは違うトーンで言った。

「どうしたビーン」他の3人が聞く。

「この暗号を考えたのって、平岩っていう人だよね。彼についてもう少し調べたらいいんじゃない。なにかのヒントがあるかもしれない」

「たしかにそうだな。オレたちが知ってるのは、彼が理科の教師だったってことくらいだもんな」いっちゃんがうなずく。その言葉を聞いていた栗山がはっとして眉を上げた。

「理科の教師…。ひょっとして」

「なにか思いついた?」

「ちょっと確かめてみないと」栗山はスマホでウェブ検索を始めた。いっちゃんたちは黙って栗山を見守る。やがて、

「やっぱりそうだ、暗号は解けたよ」

「マジか」いっちゃんたちの声で、喫茶店にいた他の客が振り返った。

「どうしてわかったんだ?」ウッドが興味津々にたずねる。

「平岩って人が理科の教師だったってことがヒントになったんだ」

「理科の教師がヒントになった?オレにはわからないな」

「教えてくれ」いっちゃんが身を乗りだす。

「これは元素の周期表の数字だったんだ」

「周期表?そういえばそんなの習ったような気がする」とビーン。

「周期表の一番目は水素、二番目はヘリウム、三番目はリチウムっていうように百以上並んでるよね。それで、それぞれの元素には記号が割り振られている。水素だったらH、ヘリウムだったらHe。この紙に書いてある数字をその周期表の記号に置き換えていくんだ」

 栗山はスマホの画面をみんなに見せる。

「31はガリウムでGa、19はカリウムでK、8は酸素でO。こうやっていくと最初の数字の列はGaKKOU」

「がっこう、学校か!」いっちゃんがまた大声を出す。

「うん。で、次の列がBYOUIN」

「病院だな」とビーンが興奮気味に言う。

「そして最後の列はHOTeRu」

「ホテルか」ウッドも感心している。

「数字の並びは学校、病院、ホテルだったんだ」

「学校っていうのはどこの学校だろう」いっちゃんがみんなに問う。

「学校っていってもこの街にはいっぱいあるからな」ビーンはF市にある学校の場所を思い浮かべる。

「出題者がすぐに思い浮かべるところなんだから、自分が勤務してた学校なんじゃないか」ウッドがそう指摘する。

 いっちゃんはコピー用紙を見る。

「彼が勤務してたのは桜ヶ丘高校だ」

「じゃあそこだろ」

「病院はいくつかあるけど、大きい病院は古川病院だな」いっちゃんはコピー用紙の余白にその名を書く。

「ホテルは駅前にあるグリーンホテルか川沿いの麻生ホテルか」ビーンが言うと、すぐにいっちゃんが、

「グリーンホテルは20年前にはなかったから麻生ホテルだろう。これでそれぞれの具体名がわかったな。で、これがなにを意味するか」

「その3か所に3分の1ずつ隠されてるんじゃないの」ビーンがそう言うと、栗山はスマホの地図アプリを起動してみんなに見せる。

「その可能性はあるけど、ちょっとこれをみて。この3か所ってだいたい正三角形になってるんだ。そしてその三角形の真ん中にあるのが船通橋。ここなんじゃないの」

 地図を見ると確かに3地点の真ん中に橋があった。

「船通橋か。昔よく遊んだとこだ」ウッドが懐かしさをにじませて言う。

「よし、今から船通橋に行くぞ」

 船通橋は昔のままの姿で、なにも変わっていなかった。橋の周囲は田んぼに囲まれていて、人のいる気配はない。車の往来もあまりなく、川の流れ以外は静かな環境だ。そこに中年の男たち4人が立っている。栗山はそれを見て20年前の光景がよみがえった。ここで無邪気に遊んでいた4人。なんの不安も心配もなかった年齢。

「じゃあ、はじめるぞ」いっちゃんが橋の横から河原に降りていく。3人も後に続く。河原には雑草が生い茂り、不法投棄されたゴミがあちこちにあった。それらを取り除きながら何か埋められていないか調べていった。それが終わると、川底を調べる。この作業は泳ぎの得意なビーンが担当した。栗山は川から離れて近くの田んぼを調べた。いっちゃんは橋の裏によじ登って死角になっているところに何かないか見ていった。ウッドはこういう汚れる作業が好きではないらしく、服を汚さない程度に地面を調べている。

 一通り調べるのに3時間かかった。なにもなかった。4人は橋の上に集まった。車に戻って一服する。みんなこの結果の理由を考えていた。

「一千万円どこにいっちゃったんだろう」ビーンがタオルで髪を乾かしながら言う。

「誰かが先に取っちゃったのかもな」ウッドは服に付いた汚れが気になるようだ。

「ぼくの考えが間違っていたのかも」栗山は落胆した声だ。

「20年前にすでに誰かが見つけちゃったのかもな」いっちゃんが一番疲れているようだった。はりきっていただけに、見つからなかった反動は大きいようだ。そのいっちゃんが腕時計を見る。夕方の4時を回っていた。いっちゃんは決心して、みんなに顔を向けた。

「よし、これでお宝探しは終了しよう。一千万円は見つけられなかったけど、みんな頑張った。マロンは今日で向こうに帰るんだったよな。駅まで送っていくよ」

 いっちゃんの運転で駅に向かった。駅に着いて時刻表を見ると、まだ少し時間があった。栗山は断ったのに、みんな電車が来るまで待っていてくれた。

「また来いよ」といっちゃん。

「元気で」とビーン。

「早く結婚しろよ」とウッド。

 ホームで見送ってくれた3人に、栗山は見えなくなるまで手を振り続けた。見慣れた田園風景を窓ごしに眺めながら、しばらくこの3日間の余韻に浸っていた。同窓会に向かう時は、みんな自分のことを覚えていてくれるか、受け入れてくれるか心配しながら車窓を眺めていた。みんな昔と変わらず優しかった。20年という月日が経っているにもかかわらず。

 今回の『宝探し』でもリーダーシップを発揮して頼もしかったいっちゃん。大人になって冗談を言う回数こそ少なかったが、いっしょにいると楽しいビーン。『宝探し』にスーツ姿で登場する見た目重視のウッド。みんなぼくの大切な友人だ。宝探しといえば一千万円は結局どこにあるんだろう。いっちゃんたちが言っていたようにすでに20年前に誰かが見つけてしまったのだろうか。それとも、ぼくの暗号解読が間違っていたのだろうか。まさかビーンが嘘をついたわけじゃないだろう。

 でも一千万円なんてどうでもいいや。もっと大切なものがあることに気づいたから。それは誰にも奪われないし、なくなったりしない。あの楽しくて、ときには辛くて、希望に満ちていた少年の頃の思い出。それこそがぼくにとって、かけがえのないもの。

 向こうに戻ったらなにをしよう。ふと野々宮のことが頭に浮かんだ。そうだ、恋でもしようか。もう何年も恋愛とは無縁だったからな。それからあれを捨てよう。もう必要ない。栗山は自宅の本棚にある一冊の本を思い浮かべた。


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